帰還を恐れるロヒンギャ難民 不安を抱えて難民生活も長期化

2018年12月10日掲載

記者報告会の様子 © MSF記者報告会の様子 © MSF

ミャンマーでの迫害を逃れてイスラム系少数民族「ロヒンギャ」の人びとが避難生活を送るバングラデシュの難民キャンプ。世界最大の難民キャンプとも言われ、今も90万以上の人びとが大変な環境下での生活を強いられている。その現地で約3ヵ月間活動した国境なき医師団(MSF)の平井亜由子医師が12月7日、「ロヒンギャ難民の危機—長期化する避難生活と『帰還』の課題—」と題してMSF事務局で記者報告会を開いた。 

現地での活動を報告する平井医師 © MSF現地での活動を報告する平井医師 © MSF

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援助活動を続けるMSF

竹とビニールシートで出来た仮設の家が並ぶ難民キャンプ © Daphne Tolis/MSF竹とビニールシートで出来た仮設の家が並ぶ難民キャンプ © Daphne Tolis/MSF

MSFは2009年からバングラデシュ南東部のコックスバザールでロヒンギャ難民の援助活動を行ってきたが、2017年8月以降、難民の数が急増したことを受けて、活動の規模を拡大してきた。現地では、感染症などを防ぐ観点から、井戸の水を塩素消毒する設備などを整えたり、衛生面に気を配ったトイレを設置するなどしたりと、給排水・衛生活動にも力を入れてきた。 

難民キャンプ内の給水網の整備をするMSFのスタッフら(2018年4月撮影)  © Dean Irvine難民キャンプ内の給水網の整備をするMSFのスタッフら(2018年4月撮影)  © Dean Irvine

医療活動については、MSFはキャンプ内に入院施設を備えた病院を含む18の医療施設を設置。外来では、糖尿病や高血圧などの慢性疾患、精神疾患などの治療にも対応しており、この1年あまりで84万人以上の外来患者と、1万5000人以上の入院患者を診療してきた(2018年9月末現在)。

特に、2017年末に発生したジフテリアの流行に対しては、治療センターを急遽設置して、キャンプにおける流行収束に貢献した。またキャンプ内で、病気の予防や衛生に関する啓発活動や、予防接種の呼びかけなどをするチームを派遣。またスタッフがロヒンギャの各世帯を訪問し、健康状態を調査するサーベイランスも実施している。 

移動の自由がないロヒンギャ難民

患者の搬送時に活躍するMSFの救急車両。だが、難民の移動制限のために止められることもしばしばある © Patrick Rohr患者の搬送時に活躍するMSFの救急車両。だが、難民の移動制限のために止められることもしばしばある © Patrick Rohr

長期化する避難生活の中、課題も浮かび上がってきている。キャンプ内にはMSF以外の援助団体も含めると200近くの医療施設があるが、平井医師によると「外科治療ができる施設は非常に限られている」という。そのため、キャンプ内の医療施設での対応が難しい病気などの時は、車で1時間半かけて、キャンプ外の病院に搬送することがあるが、ロヒンギャの人びとの行動は厳しく制限されている。

「ロヒンギャの人びとは、夜間の外出は禁止されていた。そのため夜間に病院に来ることができない。また自由にキャンプ外に出ることもできない状況が続いている。搬送の時に救急車が止められてしまうこともあり、患者さんの治療対応に遅れが出ていた」

さらに夜間の外出禁止によって、病院に行くのを朝まで待つ患者もいたが、「病院に来た時には、重症化したケースもあった」と振り返る。 

難民キャンプ内のMSFの病院で治療を受けるロヒンギャ難民(左) © Dean Irvine/MSF難民キャンプ内のMSFの病院で治療を受けるロヒンギャ難民(左) © Dean Irvine/MSF

「慢性疾患にも対応を」

また平井医師は、「緊急援助の時は見逃されがちだが、長期化する難民生活の中では、慢性疾患についての対応が重要だ」とも訴えた。

心理・精神治療についても、「さまざまな団体が活動しているが、包括的な対応はとられていない。発作やパニックの抑制など緊急対応はできるが、長期的な対応には課題が残る。長期化する避難生活では、心のケアもますます重要になってくる」とした。

HIV感染者への対応も課題だ。MSFが把握しているだけで、約200人がHIVの陽性反応が出ている。難民の中には、HIVであることを示すカードを持参して継続した治療を求めてくる人もいるが、「バングラデシュでは、ミャンマーよりもHIVの感染率が低いため対応が遅れている。当初は明るみにならなかった事実が、少し状況が落ち着いてきた中で、浮き上がってきている」という。

一方で、キャンプ内で活動する多くの人道援助団体の活動の縮小や撤退が心配されている。特に、2019年はその大きな節目にあたると言われている。例えば、24時間対応の外科治療ができる他の国際団体の病院は、今月末の閉鎖が決まっている。

「病院が閉鎖後、夜間に帝王切開など緊急対応が必要となった場合の対応など課題は多い。さらに、ロヒンギャの人びとには移動制限があるため、患者の搬送についてもどうしていくべきかの議論が必要」と考えを述べた。 

現地で活動する平井医師(左) © Ayuko Hirai/MSF現地で活動する平井医師(左) © Ayuko Hirai/MSF

「帰りたいけれど帰れない」複雑なロヒンギャ難民の胸中

早朝からキャンプ内のMSFクリニックで診察を待つロヒンギャの人びと。© Patrick Rohr
早朝からキャンプ内のMSFクリニックで診察を待つロヒンギャの人びと。© Patrick Rohr

11月15日、ミャンマー政府とバングラデシュ政府の合意の下、ロヒンギャ難民の帰還が始まるとされていたが、実際には計画は予定通り進まなかった。当時、現地にいた平井医師は「キャンプ内での反応や状況は異なっていたものだった」と印象を語った。

帰還を巡っては、約2000人が帰還者リストとして名前が上がっていた。今回対象となったのは、一部の難民キャンプに住んでいた人びとだが、平井医師は「同じキャンプ内の医療施設では外来患者の数が約50%減ったという現象が起きた」と指摘。病気であっても病院にこなくなったこの現象は、かなり問題視されたという。

「患者が減った原因は、診療の時に、患者自身の名前と家を聞かれることにあった。患者らは、それを元に自分の名前が帰還者リストに載せられることを恐れていた」

平井医師によると、リストに載せられたのは、南側のキャンプの人たちだったが、南側から北側のキャンプに逃亡する難民もいたという。「精神科の外来では、帰還に関する不安を訴える患者が増えた。帰還者リストに名前が載るようであれば、自殺すると訴える患者もいて、帰還がかなりストレスになっていた。自発的な帰還という話だったが、状況を見ていると、リスト自体に疑問を持たざるを得ない」

帰還が進まない背景として平井医師は、「ミャンマー側では迫害が続いている。人びとは、戻った先での生活環境が不透明で、もっと生活が悪くなるのではないのか、戻った先でもまた暴力がまた起きるのではないのか、との不安を持っている人もいる。元々、ミャンマーにいた頃から、彼らの人権は認められていなかった。そういうことが解決されなければ、納得できる帰還にならないのでは」との見方も示した。

MSFは今も、ミャンマー・ラカイン州北部での医療活動の許可が取り消されたままだ。平井医師は「早く活動ができるようにしてほしい」と改めて訴えた。 

ひらい・あゆこ

山梨医科大学医学部卒業後、兵庫県内の病院や大学病院で内科医及び、呼吸器科医として勤務。2011年からMSFの医療援助活動に参加している。今回が5回目の派遣。 

ロヒンギャ難民への援助活動概況

ロヒンギャ難民を巡っては2017年8月11日、ミャンマー・ラカイン州で、ミャンマー政府軍によるロヒンギャの人びとを狙った「掃討作戦」が起こった。暴力行為が広がり、70万人を超えるロヒンギャの人びとがやむなく隣国バングラデシュへ脱出。それ以前からバングラデシュに逃れていた約20万人を加えると、コックスバザール県に身を寄せるロヒンギャ難民は、90万人以上となる。北部に難民キャンプが集中しているが、南部にもキャンプが点在している。ほとんどの人が難民認定を受けられず、法的には不法入国者という扱いが1年以上も続いている。

一方でMSFは、掃討作戦が始まる2週間前に、ラカイン州北部における医療行為活動の許可がとり消された。以来MSFはミャンマー政府に対し活動再開の許可を繰り返し求めてきたが、今も認められていない。 

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