プレスリリース

WTOで交渉再開──コロナワクチン、治療薬、検査も含め知財保護免除で早期合意を

2022年02月22日
南アフリカ共和国の新型コロナ治療施設。同国はインドとともにTRIPS免除案をWTOに提出した © Chris Allan/MSF
南アフリカ共和国の新型コロナ治療施設。同国はインドとともにTRIPS免除案をWTOに提出した © Chris Allan/MSF

世界貿易機関(WTO)は今週、新型コロナウイルス感染症に関連する医薬品や医療ツールの知財保護義務を一時的に免除する提案について、公式会合での交渉を再開する。この「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」の免除案が通れば、知的財産権の独占を解消することにつながる。

国境なき医師団(MSF)は、100カ国以上の低・中所得国が支持するこの画期的な免除案を速やかに採択するよう、欧州連合(EU)、英国、スイスに要請した。また、米国に対しては、交渉を加速させる確かなリーダーシップを発揮し、支持の対象をワクチンだけでなく治療薬や診断検査まで認めるよう求めている。

世界各地でジェネリック薬の見通しが立たず

「約2年のコロナ禍で600万人近くの命が失われました。ワクチンを大量に確保した富裕国が、今度は新たな治療薬を買い占めようとしています。その一方で、MSFの活動する多くの低・中所得国では関連する医薬品が行き渡らず、あまりの不公平さに胸が痛みます。EUと英国、スイスは、低・中所得国の声に耳を傾け、普及と現地生産の拡大、自立につながるこの免除案を支持しなければなりません」。MSFアクセス・キャンペーンの上席法律・政策顧問ユアンチョン・フーは、そう訴える。

新型コロナワクチンの供給で格差が続くなか、治療薬へのアクセスも依然として課題となっている。世界保健機関(WHO)が推奨した飲み薬「バリシチニブ」は、50カ国以上で特許が取得済みで、大半の低・中所得国では手が届かない価格が付けられている。こうした国々では、2029年まで特許の有効期限が続き、その後もジェネリック薬(後発薬)の製造や供給ができない可能性がある。バリシチニブのジェネリック薬は、インドとバングラデシュで入手が可能で、価格は14日間の治療で7米ドル(約805円)未満。特許権者の米製薬イーライリリーが米国内で設定した1109米ドル(約12万7535円)という法外な価格より、はるかに安い。だが、同社がインドのジェネリック医薬品メーカーに与えた製造・販売許諾の制限により、インド国外への供給は禁じられている。バリチシニブの事例を見ても、製薬会社の価格設定や供給計画に各国が翻弄されないためには、今回の免除案の採択は急務である。

ブラジル・リオで新型コロナの症状を抱えた少年を診察するMSFスタッフ © Mariana Abdalla/MSF <br>  
ブラジル・リオで新型コロナの症状を抱えた少年を診察するMSFスタッフ © Mariana Abdalla/MSF
 

ラテンアメリカ地域には、不公平な状況を表すまた別の事例がある。製薬会社による特許の壁と製造・販売許諾契約の制限が一因となって、この地域の大半の国でコロナ治療の新薬の調達が困難となっている。例えば、ファイザーが低・中所得国への医薬品共有を進める国際組織「医薬品特許プール (MPP)」と治療薬「ニルマトレルビル/リトナビル」(※)において締結したライセンス契約では、ラテンアメリカ諸国の大部分が対象外とされた。つまり、これらの国々では同契約の下で生産されるジェネリック薬を購入できないことになる。また、この薬はラテンアメリカの広い範囲で特許が申請されており、認められた場合には、多くの国で2041年まで特許が有効になる。それらの国ではファイザーの決める供給計画と価格に従うほかなくなる。ラテンアメリカ諸国でニルマトレルビル/リトナビルのジェネリック薬を現地生産・供給するには、主要な知財権の障壁を取り払う支援が必要であり、TRIPS協定の義務免除案の採択はそれを可能にするものだ。

※ファイザーが開発した新型コロナウイルス感染症に用いる経口薬。日本国内での販売名は「パキロビッドパック」。


「今回のパンデミック(世界的大流行)は、ブラジルボリビアコロンビアペルーといった多くの中南米諸国に大打撃を与えました。非常に多くの人が亡くなり、コロナ治療に携わる者は限られた医療用酸素や集中治療施設で、重症患者を懸命に支えてきたのです。ラテンアメリカの国々は、これまでの予防手段では対抗できない新たな変異株の出現を恐れていて、バリシチニブやニルマトレルビル/リトナビルなどのジェネリック薬を利用できるか否かは、特にハイリスクの人びとや重症化した患者の治療の鍵となるでしょう。可能な限り多くの国で、これらの医薬品のジェネリック生産や供給を促すために、TRIPS 免除案に反対してきた国々も今こそ支持に回る時です」。MSFラテンアメリカでアクセス・キャンペーン・コーディネーターを務めるフェリペ・カルバーリョはそう提言する。

新型コロナ対応に必要な全ての製品を免除対象に

各国でワクチンや治療薬の現地生産と供給を実現する上で、知的財産権が障壁の一つとなりうることを示す根拠も増えている。例えば、モデルナは南アフリカ共和国でmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン技術に関する特許を幅広く取得しているため、同社のワクチンを生産し市場投入しようとするメーカーに法的リスクを負わせている。

MSFは、TRIPSの免除案において最終的に採択されるべき規定として、2つの点を主張している。まず、新型コロナのワクチン、治療薬、診断検査の普及に明らかな格差が続く現状をふまえ、必須の医療技術の全てを対象にすべきだということ。そして、主要な原料や成分も含め、新型コロナ関連医薬品の製造と供給を準備し、規模を拡大し、多元化や持続を可能にするために十分な期間として、免除期間を5年以上に設定することである。

フーはこう指摘する。「MSFは世界各地で公衆衛生上の緊急事態や困難な状況に対応する活動をしてきました。その経験からも、感染症拡大の防止と緩和、そして何より命を救うには、診断と治療が欠かせないことは明らかです。TRIPSの免除が、ワクチンだけに焦点を当て、他の新型コロナ医療ツールを除外するのであれば、誤りを犯すことになるでしょう」

2月23日~24日のWTO一般理事会開催に向け、日本ではMSFと他団体で構成する「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会が、2月21日に日本政府に要望書を提出。新型コロナ対応に必要な医療ツールへの公平なアクセスの実現を日本政府が積極的に後押しし、TRIPSの免除案の採択を支持することを、改めて求めた。

◆2月21日付け要望書本文はこちらから

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