イベント報告
【イベント報告】人道援助コングレス2025東京「人道主義と多国間協調、再興の道を探る」
2025年06月04日
「人道主義と多国間協調、再興の道を探る」をテーマに多様な立場のパネリストが世界各地から登壇し、議論を交わした。
人道援助コングレス2025東京(主催:国境なき医師団、協力:赤十字国際委員会)が4月22日から3日間にわたり、オンラインと一部ハイブリッドで開かれた。6回目となる今年のテーマは「人道主義と多国間協調、再興の道を探る」。5つのセッションで、「シリア」「ワクチン接種」「国際人道法と紛争下の医療保護」「日本のユースと考える人道援助」「人道主義と多国間協調」のトピックを取り上げ、多様な立場のパネリストが世界各地から登壇し、議論を交わした。
プログラムおよび各セッションの動画
開会あいさつ

イスラエルの攻撃が3月18日に再開されたパレスチナ・ガザ地区では、1500人を超える人びとが殺害された。2023年10月以降の死者は5万人にのぼり、その3分の1近くが子どもだ。援助従事者も490人が殺害され、MSFも11人のスタッフを失った。
ガザは現在、完全に封鎖されており、食料、燃料、医薬品は1カ月以上にわたって全く入ってきていない。スーダンなどでも必要な物資を搬入できず、医療施設が攻撃を受ける状況が続いている。
一方で、ドナー諸国による援助の縮小も、人道援助に大きな影響を与えている。中嶋は「世界で最も脆弱な人びとが今後どのような状況におかれてしまうのか、大変憂慮している。状況を少しでも改善していくためには、今こそ国際社会による人道主義や多国間協調の実践を再活性化していくことが必要だ」と訴え、自身が今年の2月から3月にかけてMSFの活動に参加したシリアについて「再興の道は決して平坦ではないが、確かに『希望の光』は、そこにあった」と述べた。
そしてコングレスが今なお危機にある人びととへの支援、そして「再興へと向かう」人びととの連帯について共に考え、動き出す機会になることを願っていると述べた。
オープニング&オンラインセッション1:シリア、今そして未来へ

出身地に戻った約120万人も自宅の破壊や不発弾のリスクにさらされている。北東部や南部では衝突や暴力が起きており、民間人の死傷者も出ている。こうした人道上のリスクに対し、支援予算の圧倒的な不足が指摘されている。セッションではこうした状況についての対処が話し合われた。モデレーターは、石合力氏(朝日新聞編集委員)が努めた。
パネリストは次の5人。
・難民を助ける会(AAR Japan)中東・ヨーロッパ地域マネジャーの景平義文氏
・シリア女性の手芸品を適正価格で販売し自活を支援する団体イブラ・ワ・ハイトの共同代表で、シリアの人権問題に関するアドボカシー組織スタンド・ウィズ・シリア・ジャパン(SSJ)監事の山崎やよい氏
・シリアで国際NGO、多国籍企業への助言を行い、人道・人権分野で活動するファディ・アントワーヌ・カルドゥース弁護士
・シリア、トルコ、イエメンで人道・開発支援を行うハンド・イン・ハンド・フォー・エイド・アンド・ディベロップメントのCEO、ファディ・サハルール氏
・MSF中東・北アフリカ地域人道・外交担当代表のリーム・ムゲイス
はじめに石合氏がシリアの概況を解説した。シリア暫定政権の当面の課題は、武装勢力の武装解除と国軍の再編、国民の統合と和解、新政権への移行期間約5年の間に何ができるのか、欧米のシリアに対する制裁解除と復興支援の見通し、難民、国内避難民、そして帰還者の受け入れをどうするか、といった点だと指摘した。
景平氏はAAR JAPANが加盟するジャパンプラットフォーム(JPF)で行ってきたシリア援助の実績を紹介。シリア支援ではこれまで64億円が投じられ、受益者は120万人にのぼるという。旧政権の崩壊後は新たな緊急支援プログラムを立ち上げ、2.5億円の予算で6団体が食料支援などの活動している。景平氏は「シリアはもともと社会主義的な国家体制で、医療、福祉、教育を国家が担ってきた。これからは国家以外のアクター、特にシリア人が運営するNGOが大きな役割を果たすことになる」と語った。
山崎氏は、旧政権による人権侵害のサバイバーの権利擁護に力を入れるSSJの活動について話した。2月10日〜3月3日に現地を訪れた際の写真を示し、アサド政権の負の遺産として
・市民生活の基盤インフラの崩壊
・国内外の避難民・難民の帰還困難とその原因
・強制失踪(旧政権による拘束)のサバイバーや消息不明者の家族
・国際社会の圧力と経済制裁、暫定政権への根強いプロパガンダ攻撃
の4点をさまざまな実例とともに挙げた。
今後は、帰還者や強制失踪サバイバーへの支援、失踪者家族へのサポートのほか、加害者責任追及のための証言記録の収集にも取り組むと述べた。
MSFのムゲイスは医療・人道援助の現状と問題点を中心に報告した。
シリアでは、14年の内戦中に各地で起きた医療施設への破壊で、病院の62%、診療所の39%しかフルに稼働していない。患者は医薬品や診察にかかる交通費などを自己負担しなければならず医療は手に届きにくい「ぜいたく品」となっている。また、衛生環境の悪化でコレラ、はしか、インフルエンザなどの感染症がまん延し、心のケアのニーズも急増している。
軍事衝突や暴力が再燃している地域もあり、2024年11月以降60万人を超える人びとが避難を余儀なくされ、北東部では少なくとも10万人が緊急避難所におり、避難所は収容能力を大幅に超え、水や電気の供給に乏しい。また、不発弾による死傷者が相次いでおり、特にデリゾール県多くの被害が出ている。
3月5日以降シリアの沿岸地域では武力衝突の再燃により6つの病院も攻撃を受け、アレッポやマンビジュ、その周辺地域でも医療施設や救急車が攻撃を受けており、人びとの人道・医療アクセスの妨げとなっている。
また、ムゲイスは「何万人もの女性や子どもが収容されている北東部のアル・ホールキャンプは人道危機を超えたモラル危機の状況にある」と指摘し、「国際社会はアル・ホールキャンプを忘れてはならない」と訴えた。最後に、シリア全体特に北東部での援助の拡大、医療施設の再建・インフラ支援のための援助資金の増加、安全な復興に向けた体系的な不発弾除去の優先順位付けの必要性を訴えた。
カルドゥース氏は、多宗教・多民族社会であるシリアは今後、市民権を含む人権の尊重、そして宗派や民族を問わず、法の下に平等な社会を目指すべきだと話した。人びとは社会の安定とシリア再建に向けた明確な道筋を求めていると指摘。また、過去に対する説明責任を果たし、多様な政治的・社会的グループを国家統治のためのネットワークに組み込み、新憲法起草に向けた国民的な対話を開始することが重要であると述べた。
さらに、暫定政権がシリアの多様性を実際に体現し、旧政権下では存在しなかった自由で公正な選挙の準備を進めるための包括的な移行期間を設けることが重要だとした。
また、破壊されたインフラの再建には国際的な支援が必要だが、旧政権時代に始まった欧米の経済制裁や銀行による送金規制がそれを妨げている。国際NGOやシリアのNGOが活動を拡大できるよう、暫定政権や地方行政機関がNGO登録プロセスをよりフレキシブルなものにするなど活動規制を緩和する必要があると語った(編注:米国のトランプ大統領は、このセッション後の5月13日、シリア制裁の解除を発表。欧米は解除に向けて動き出した)。
サハルール氏も、経済制裁が人道支援の大きな障壁になっていると指摘した。そして、シリアの人びとが、以前暮らしていた場所に戻れるようにする必要であり、そのためには医療、インフラ、水、電力、安全、教育といった人間的な生活を送るため基本的条件の整備が欠かせない、と述べた、そして、日本が戦後復興の経験を生かし、シリア復興に向けて協働してほしいと訴えた。
討論では米国の国際開発局(USAID)解体の影響についても話し合われた。景平氏は「AARは米国からの資金提供を受けていないので直接の影響はない」としたうえで、「複数の団体が活動停止に追い込まれていると聞く。その中で、日本からの支援の重要性が相対的に上がっている状況だ」と述べた。
さらに、日本からの支援拡大を求めるとともに、宗派や民族を超えて一つのシリアしての復興を国際社会が支えていくこと、国際NGOが長期的、継続的にシリア国内の市民社会セクターを支援していく必要があるということが確認された。
オープニング&オンラインセッション1の動画はこちら
(1時間52分)
オンラインセッション2:人道危機下のワクチン接種
—特に脆弱な人びとを取り残さないために—

パネリストは次の4人。
・南スーダン保健省予防医療サービス・緊急対応担当局長のケディエンデ・マプオル・アケク・チョン氏
・国立国際医療研究センター・国際感染症センターの氏家無限氏
・MSFスペイン・医療アドボカシーアドバイザーのドリュー・エイケン
・スーダンで活動中のMSF疫学者・吉井啓太
2023年、世界57カ国で麻しん(はしか)のアウトブレイクが起き、症例数は全世界で1030万件を記録、前年から20%増加した。10万人以上が死亡、その多くは5歳未満の子どもだった。
エイケンは「麻しんの場合、集団免疫をつけるには2回の接種で95%の接種率が必要だが、2023年は、世界で初回が83%、2回目が74%にすぎない。百日咳、ジフテリア、破傷風などとの混合ワクチンについては、接種ゼロの子どもも1450万人おり、その6割が10カ国に偏在している」と報告した。
また、「スーダンやパレスチナ・ガザなどの紛争地ではワクチンの低温輸送(コールドチェーン)ができず、供給や定期接種が困難になっている。定期接種を受けなかった5歳以上の子どもへのキャッチアップも課題だ」とした。接種の拡大には、このほかにも紛争などさまざまな要因による地域的アクセスの難しさ、交渉の困難さ、資金的制約などさまざまな課題があると指摘。人道的空間の拡大、複雑な状況に合わせた柔軟な対応などを通じ、接種さえできれば防げる感染や死を予防する必要があると訴えた。
吉井は活動地のスーダン・西ダルフール州から報告した。
スーダンでは2023年から内戦が続き、国連推定(2023年)で2480万人が人道援助を必要している。西ダルフール州では麻しんのアウトブレイクが起きている。
フォロ・バランガ地区では子どものワクチン接種率の低さなどで麻しんの感染が拡大している。フォロ・バランガ病院では隔離病床を設け、麻しんで肺炎などを併発した患者を隔離している。20床あるが、ベッド占有率は時に100%を超え、インフラと人的リソースが不足している。麻しん患者のうちワクチンを受けたことのある人は1割に満たないことから、全体の接種率も低いと推定される。接種拡大は感染防止に急務だが、人道援助アクターが少ないことやコールドチェーン不足などが壁となっているという。
ケディエンデ氏は南スーダンのワクチン接種データを示した。乳幼児が受ける5種混合ワクチンや麻しんワクチンの接種率は州によるばらつきが大きく、2025年第一四半期は前年よりも落ちた州が多い。洪水や紛争などが影響しているという。
同国では2024年9月にコレラのアウトブレイクが発生。感染者は6カ月で5万人近くに達した。国際支援により約750万人分のワクチン供給のプレッジを受け、予防接種を展開。対象地域の88%で経口投与し、新規感染者数は減少傾向にあるという。
そのうえで、国内資金の不足、データ管理システムの弱さ、医療・保健スタッフの育成不足、交通・物流インフラとインターネットなどのコミュニケーション手段の欠如など、さまざまな課題がある南スーダンの現状を語った。
氏家氏はまず、「人道危機下で医療へのアクセスに制約がある場合、ワクチンによる予防が、命を救うためにも、さらに重要になる」と指摘した。
また、世界的に懸念の広がっているエムポックス(旧称サル痘)では、新たな変異株の出現により2023年以降、従来成人男性を中心としていた感染が女性や子どもにも広がっているとし、ワクチンの緊急支援が必要だと述べた。こうした状況に、日本政府もコンゴ民主共和国への日本製ワクチンの提供などの協力に動いているという。
さらに、COVID19のパンデミック後、欧米や日本などにも広がるワクチン忌避の動きについても、「グローバルヘルスの脅威」と位置づけ、接種する側とされる側の信頼関係の構築や教育の重要性を訴えた。
討論ではエイケン氏、吉井氏が、平時からのワクチンの生産、輸送ライン、在庫の確保の必要性に言及した。また、ケディエンデ氏は海外からの人道支援は持続性に課題があるとし、地元政府、地域社会が主体となった柔軟性のあるシステムの構築が必要だとした。
オンラインセッション3: 医療は攻撃対象ではない
国際人道法と紛争下の医療保護の最前線

パネリストは次の4人。
・慶応義塾大学SFC研究所上席所員の小宮山功一朗氏
・世界保健機関(WHO)「医療への攻撃」イニシアチブリーダーのキム・ヒョジョン氏
・赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表の榛澤祥子氏
・MSF法務ディレクターのクロード・マオン
議論は、別府氏から出された3つの柱、①なぜ医療への攻撃が起きているのか、②どのような法的課題があるのか、③どうしたら攻撃を止められるのか、に沿って進められた。
①なぜ医療への攻撃が起きているのか?
「MSFが支援するクンドゥーズ病院が米・アフガン連合軍機から攻撃を受け、42人が殺害された。ここは地域で最も大きい病院であり、たくさんの女性、小児の患者だけでなく、負傷したアフガン軍兵士やタリバン兵、元戦闘員などさまざまな立場の人が治療を受けていた」と説明。シリアやパレスチナ・ガザなどでも紛争当事者の高官を病院に隠しているのではないかという理由で、病院が意図的に標的にされるケースがあると話した。
キム氏はWHOの緊急事態モニターの結果、2018年以降にこの問題は継続して起こっており、22カ国で8284の医療施設への攻撃があり、意図的にターゲットにされていること、そして病院を攻撃することでその社会を壊し、二次的被害を引き起こしていること、そして紛争が増えると医療施設への攻撃も増加する傾向があることを報告した。
榛澤氏は、今年3月30日、ガザでパレスチナ赤新月社の医療従事者8人が犠牲になったことに触れ、「この紛争において、多くの医療関係者が職務中に命を落としているのは痛ましい。IHLが守られていないこと、遵守に向けての働きかけが不足していることが原因ではないか」と述べた。
小宮山氏は「多くの国や情報機関が自らサイバー攻撃を仕掛けられる力を蓄えており、他国の重要インフラにサイバー攻撃を行っている。その一環で病院へのサイバー攻撃があり、医療データが盗まれたり、医療行為が遅延したりしている。重大な被害が起きているが、目に見えない分、軽視されがちだ」と話した。
②どのような法的課題があるのか?
榛澤氏はIHLにおいて、医療施設が保護を失う条件は「敵に有害な行為を行うために利用されること」「そのような行為を止めるよう発せられた合理的な期限を定めた警告が無視されたこと」とした。
逆に医療施設を軍事目標として扱うためには「対立勢力の軍事活動に干渉するために使用され、敵に被害を与えること」「その時点の状況において、攻撃する側に具体的かつ明らかな軍事的な利益があること」が必要だと指摘。
ICRCは紛争当事者と非公開の対話を実施しているが、「全体的な状況に鑑みて、病院への攻撃を実施したという主張に反論するのは困難だ」と述べ、ICRCは平時にIHLの理解促進に向け軍や当局の人びとと対話行っており、このような活動を継続していくことが重要と述べた。
クロードは「少なくとも病院には事前に警告を出す必要があるが、実施されていない。医療施設に対する法的保護は人道法の中でも最優先項目として存在するが、紛争当事者が法を履行する政治的意思が欠けている」「攻撃を行った紛争当事者による説明責任が果たされてない状況が起こると、他の国・紛争当事者も同様のことを行う」と指摘した。また、病院への攻撃の妥当性を主張されたときも、医療施設として機能していることを、我々がしっかり説明できるように準備しておく必要もあると述べた。
小宮山氏はサイバー攻撃に関してIHLが適用されるかは、国際的なコンセンサスがないと指摘した。
キム氏はWHOはより広い定義で医療への攻撃をとらえており、どのような攻撃であっても、行為であっても予防措置を取らなければならないと述べた。
③どうしたら攻撃を止められるか?
国連安全保障理事会は再三、医療関係者や病院への攻撃を禁止する決議、紛争下での医療への攻撃を非難し、保護を求める決議を採択している。
キム氏は「紛争当事国はもちろん、それ以外のステークホルダー諸国も政治的意思を高め、国連決議やIHLを遵守する行動を取らなければならない。それを実行に移すには、市民社会を含め、政治に影響を与えることのできる全ての人びとからのアクションが必要な時期である。そして、医療保護を実践していくために、軍の人びとや医療に従事する人びとに対する教育や訓練が必要だ」と話した。
クロード氏は「病院の破壊は多くの人びとに長期にわたって悪影響をもたらす。IHLに違反した側が、少なくとも説明責任を果たすべきだ」と述べた。加えて、「IHLは第二次世界大戦後を経て、ほぼすべての国連加盟国が批准した奇跡的な国際法だ。こういった民間人を守る法的手段を、世界中の国々が尊重すべきだ」と話した。
榛澤氏はICRCとして「ジュネーブ諸条約の尊重、IHL順守に向けた国際的なイニシアチブを進めていく。IHLにおける医療施設の保護を掘り下げ共通理解を形成することを目指す」とした。
小宮山氏は「サイバー空間においても医療機関は守られるべきだと思うが、病院と軍隊のサイバー上のシステムの見分けがつかないという問題がある。医療機関のシステムに特別な電子的証明書をつけるなど対応を議論したい」と述べた。
ハイブリッドセッション1:
日本のユースと考える人道援助の現在地とこれから

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また「学生が人道支援に参加する裾野をどう広げるか」についても議論が交わされた。
上杉氏は「現在の学生が一番求めているのは就職活動につながること」とした上で、「人道支援に携わると就活にメリットがあるとすると、広がるのではないか。例えば、面接でほかの学生たちと全く違う経験を話すことができるし、支援の過程で企業と交流することもできる」と提案。
園田は「世界から集まる人道援助従事者と一つの目標に向かって活動する中で、課題の解決力が鍛えられる。チーム・ビルディング、リスク回避、柔軟性の力が身につき、社会に十分還元できる」と応じた。
締めくくりに今井氏は「学生団体の活動の課題が明確になった。地盤を固めつつ共感の輪を広げていきたい」、佐藤氏は「自分のキャリア観も含め、全ての学生にとって意義のある議論になった。支援の輪を広げるために頑張っていきたい」と抱負を述べた。
ハイブリッドセッション2&クロージング:
人道主義と多国間協調、再興の道を探る

また、質疑応答の中で、現在世界中でポピュリズムが進む中で、人びとの分断が進まないよう、さまざまな形で対話の機会を提供していくことが重要であると述べた。

佐藤氏の講演の後に行われたパネルディスカッションでは、阿部氏はこれまで、イラクやアフガニスタンでの支援に関わってきており、「パレスチナではイスラエル軍が女性と子どもたちを狙って殺している状況があると私は感じる」とし、人道支援の強化や、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への支援早期再開を政府に求めてきたと話した。
「紛争から復興しようとする国では、原爆投下から立ち上がったというストーリーが、日本の支援を自分たちと地続きであると受け止める素地になっている。それは日本のアドバンテージだ」と話した。
内海氏はUSAID凍結の影響で、イラクでのシリア難民と国内避難民の生計支援の事業を含む計年4億円規模の3つの事業が止まったことを紹介した。突然の資金停止決定により、支援を受けて自立しようとしていた人びとの予定が大きく狂い、佐藤氏が指摘したように現地のスタッフやパートナー、業者も職を失うことになった。
また、パレスチナ・ガザ地区で食料、水、医療の全てが危機に陥り、物資や燃料も底を尽きかけ、ガザ地区の広い範囲が立ち入り禁止となっている状況に対し、日本政府は自国ファーストになっている他国に追従せず、国際協調の重要性を訴えてほしい、と求めた。
竹下氏は、「自国第一主義」がメディア空間にも広がり、「なぜ国内が大変なのに海外支援なのか」といった意見も強まっていると憂慮を示した。一方で、グローバルヘルスや人道問題を中心に報じている『with Planet』のサイトを訪れるユーザーには若い世代が多く、こうした世代に開発課題や人道支援への理解を促すことができるのが、「少しの希望」だと語った。
「メディアとして一緒に解決策を探し、訴えていくムーブメントをつくりたい」と述べた。そのためにも、取材した背景や記者の思いも発信し、共感を生み出していきたいと語った。
竹下氏とともにユースセッションにも登壇した鈴木氏は、「SNSの発達で、人道危機をリアルタイムで知ることができるようになったが、違う世界のことと捉えがちだ」と指摘し、人道援助や国際問題を自分ごととして共感できるかたちで考えてもらえる機会が大切になると語った。
また、人道援助に携わることを夢とすることへの不安もある、と語った。人道援助への予算の削減や人道援助スタッフへの攻撃も起きる中で「もう少し安定した道を」という言葉を聞くのも事実だという。しかし、今回のコングレスを通じて、人道援助にもさまざまなアプローチがあることを実感でき、自分たちにできることを探し、一歩一歩進んでいきたいと話した。
2024年にアフガニスタンでMSFの活動責任者を務めていた末藤は、アフガニスタンの状況を語った。
アフガニスタンは、タリバンが政権を掌握する2021年以前、国家予算の75%を国際援助が占めており、「国際社会が作り上げた援助依存型の国家モデル」だった。しかしタリバンの復権で援助が次々と止まったことで、教育、食料、医療といった基礎的な社会サービスが急激に縮小、危機的状況を迎えている。
医療分野では167の医療施設が封鎖され、さらに220が封鎖の危機にあるという。「政権不承認や経済制裁の陰に苦しむ一般市民を、私たちはどう守れるのか」と問いかけた。
また、2023年に6カ月間派遣されたスーダンでは、東京の人口に匹敵する1300万人が家を追われ、2460万人が食料不安に苦しむ状況であるにもかかわらず、病院や援助スタッフ、一般市民への攻撃が止まらない状況にあるが、国際社会の注目・支援は全く足りていない。
「市民の犠牲を防ぐためには人道援助の拡充が必要であり、国連や各国政府による人道アクセスを拡大していくための働きかけが必要である」と訴えた。
「自国第一主義」を主張する声が大きくなっている現状に関し、佐藤氏は「日本の生活が外国と切り離して成り立たなくなっていることに気づいていない人が多い」と指摘し、遠くの人が飢えている現状も、国内の人が飢えている現状と同じように自身に関わることだと捉えられるよう発信を続けていくことが必要だと語った。

ガザについては、人道援助が可能な状況が持続的に確保されることが極めて重要であり、そのような環境が確保されるよう外交努力を行っていく」と述べた。また、日本として政府、企業、市民社会が一体となって人道危機に取り組んでいくことが重要だと指摘した。
閉会あいさつ

「人道援助が大変難しい状況にある中、コングレスが対応策をともに探求する一助となったならうれしい。米国をはじめとする援助削減に多くの団体が直面している。そうした中で、日本の人道援助、人道外交に対する期待は高く、その重要性・必要性が相対的に高まっていると感じた。
ただし、政府の援助が実行されるには国民意識の高まりが必要だ。どのように人道危機に関心を持ってもらうのかという宿題を我々が持ち帰り、考え続けたい。MSFとしては、国際人道法が尊重され、援助団体が支援を必要とする人びとにアクセスでき、必要な支援が届けられるように、国際社会にさらなるコミットメントを求めていきたい。各国政府が人道主義と多国間協調を実践していくよう、我々も積極的に声を上げ、働きかけていくことが大切だと改めて感じた」