イベント報告

【イベント報告】映画『LOST LAND』藤元監督×いとうせいこうさん×国境なき医師団 クロストーク

2026年05月21日
上映後トークイベントに登壇した(左から)藤元明緒監督、いとうせいこうさん、国境なき医師団(MSF)助産師の小笠美咲<br> =キノシネマ新宿で2026年5月19日 Ⓒ ミラクルヴォイス
上映後トークイベントに登壇した(左から)藤元明緒監督、いとうせいこうさん、国境なき医師団(MSF)助産師の小笠美咲
=キノシネマ新宿で2026年5月19日 Ⓒ ミラクルヴォイス

国境なき医師団(MSF)は5月19日、東京・キノシネマ新宿にて、ロヒンギャの人びとの現状とその思いを描いた映画『LOST LAND/ロストランド』の上映後、藤元明緒監督、作家・クリエイターのいとうせいこうさん、MSF助産師小笠美咲によるトークイベントを開催しました。

この作品は、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで暮らす4歳のシャフィと9歳の姉ソミーラが、家族との再会を願い、仲間たちとともに国境を越えていく命がけの旅路を描いたものです。2025年ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門で、日本人監督初の審査員特別賞を受賞するなど、国内外で大きな反響を呼んでいます。

ロヒンギャの人びとへの医療・人道援助を続けてきたMSFとして、この映画でロヒンギャの問題に関心を持った人びとの理解をさらに深め、支援の輪を広げることを目指して、イベントを企画しました。

世界には200万人以上のロヒンギャの人びとがいます。仏教徒が多数を占めるミャンマーで暮らしてた、イスラム系少数民族です。しかし、国籍を認められず、家を焼かれたり、家族を殺されるなどの激しい迫害を受け、多くがバングラデシュにある世界最大の難民キャンプに逃れています。

イベントでは、フェンスに囲まれ過酷な生活を強いられている、バングラデシュ・コックスバザールにある難民キャンプの中の映像も上映し、改めてロヒンギャの人びとが置かれた現状について考えました。

シャフィ君が、小さな背中で届けたかったもの

映画を通じて届けたかったメッセージについて、藤元監督は次のように話しました。

「幼いシャフィ君がいろいろな人の手によって運ばれていく連帯性、『命のバトン』が、この映画のコンセプトとなっています。姉のソミーラやまわりの大人たちにおんぶされてばかりだったシャフィ君が、最後には自分の足で歩いていく。その小さな背中で届けたかったものは何か。それを皆さんに受け取ってほしい」

「これはロヒンギャの人たちだけではなくて、誰であっても参加可能なことだと信じています」

公開後、ここまで大きな反響があるとは思っていなかったとのことです。

「皆さんがシャフィとソミーラの名前を呼んでくれることを、とても嬉しく思っています。2人は実際に本当の姉弟で、他の登場人物もロヒンギャの人びとに演じてもらっているのですが、そのリアルさに映画と現実がごちゃごちゃになる方も多く、シャフィとソミーラのその後を案じる質問をよくいただきます」

「2人は元気にしていますが、一方で国籍は取得できず、フライトに乗ることもできません。映画の台詞にもあったように、いつか自由になったら、今日のように日本で皆さんと一緒に、舞台挨拶を行いたいと思います」

© ミラクルヴォイス
© ミラクルヴォイス

「難民キャンプの中で一生を過ごす、その意味がわかりますか?」

2024年にコックスバザール難民キャンプを訪れて以降、国内外でロヒンギャの人びとへの取材を重ねてきた、いとうせいこうさん。ようやく難民キャンプにたどりついても、平穏を得られず、ギャングなどによる脅しや暴力、感染症やさまざまな不安におびえる人びとの訴えに耳を傾けてきました。
彼らの過酷な体験は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こすことも多く、メンタルヘルスケアの重要性を感じたといいます。

また、日本国内で取材したロヒンギャ難民の方に言われた、忘れられないできごとがあったそうです。
ミャンマーから父親と逃げて来ざるを得なかった女性が、難民キャンプに登録しなかった理由について尋ねると、彼女はこのように答えました。

「私はキャンプには行きたくなかったから、難民キャンプには登録せず、お父さんと一緒に違うところに逃げました。
一度登録してしまうと、ずっと一生そこにいることになるんです。キャンプの中で、一生を過ごすんです。そんな人生は嫌です」

ロヒンギャの人びとのために、私たちができることについて、いとうさんは、こう話しました。

「この映画の出演者やスタッフのように、自分たちにとってのチャレンジをしているロヒンギャの人たちがいる。
本当につらい人生にならざるを得ない人びとに、監督のように映画を通して、彼らに言葉を与えていくことは本当に素晴らしいことだと思う。自分の取材に協力してくれた方々も、自分たちの存在を知ってほしい、世界に伝えてほしいと言って、過酷な体験を話してくれます」

(写真右)レヘナ・ベガムさん(25)は、2017年にミャンマーから避難した。早朝に生後半年の子どもを含む家族7人で村を出て、豪雨の中ジャングルを夜通し歩き続け、ボートで川を渡り、そこからさらに2日間歩いて難民キャンプにたどり着いた © Saikat Mojumder/MSF
(写真右)レヘナ・ベガムさん(25)は、2017年にミャンマーから避難した。早朝に生後半年の子どもを含む家族7人で村を出て、豪雨の中ジャングルを夜通し歩き続け、ボートで川を渡り、そこからさらに2日間歩いて難民キャンプにたどり着いた © Saikat Mojumder/MSF

劣悪な環境での出産、性暴力、頻発する火災——危険にさらされる母子ら

2022年にコックスバザールの難民キャンプでMSFの助産師として活動した小笠美咲は、活動内容やロヒンギャの人びとの実際の暮らしについて話しました。

「主な活動は、新人助産師のトレーニング、性暴力被害を受けた方へのケアの充実、そして妊婦健診や診療所での出産の大切さを伝える啓発活動です。難民キャンプでは、さまざまな課題があります。その中でも、私たちMSFは『お母さんが安全に出産できること』『赤ちゃんが無事に生まれてくること』、そして『女性たちが安全に生活できること』を最優先に活動していました。

映画の冒頭では、シャフィとソミーラがかくれんぼをしている場面がありました。あのシーンに出てきたような、竹を薄く割って編んだ壁と、ビニールと、トタン屋根でできた小屋で、多くの人びとが生活しています。強い風が吹けば飛ばされてしまう、とても簡素な住居です。

ロヒンギャの女性たちは、病院ではなく、このような自宅で出産することもあります。この写真は明るく見えるかもしれませんが、実際の室内はほとんど真っ暗です。壁の隙間から入るわずかな光や、懐中電灯の明かりだけで生活しています。

トイレや水道は共同です。女性たちは、『一人で外を歩かないほうがいい』と言われていました。特にトイレ周辺は、性犯罪が起こる危険があるため、安全な場所ではないと言われています。」

「寄付以外にもできることがある。興味関心を持ち続けることが、社会を大きく動かす力になる。映画を観たこと、イベントで感じたことを、ご家族や友人に共有してみてください。それが社会を変える力になると信じています」

(写真左)ロヒンギャの人びとの住居。室内は実際は暗く、自宅で出産することもある<br> (写真右)難民キャンプの台所。広さは4畳ほどで、配給されるガスボンベを使いながら、キャンプのような形で調理をする。<br> 建物の多くが竹でできているため、乾燥する時期になると大規模な火災が多発する © Misaki Ogasa/MSF
(写真左)ロヒンギャの人びとの住居。室内は実際は暗く、自宅で出産することもある
(写真右)難民キャンプの台所。広さは4畳ほどで、配給されるガスボンベを使いながら、キャンプのような形で調理をする。
建物の多くが竹でできているため、乾燥する時期になると大規模な火災が多発する © Misaki Ogasa/MSF
(写真左)暴力や性暴力の被害を受けた女性たちを診察し、相談を受けるための診察室 © Misaki Ogasa/MSF<br> (写真右)MSFの病院では、文字が読めない方でも、「ここに来れば助産師から適切なケアを受けられる」と分かるように、壁に花のマークを掲示している。被害者が何も言わずに安全な診療所にたどりつけるようにし、二次被害を防ぐ © Seiko Ito
(写真左)暴力や性暴力の被害を受けた女性たちを診察し、相談を受けるための診察室 © Misaki Ogasa/MSF
(写真右)MSFの病院では、文字が読めない方でも、「ここに来れば助産師から適切なケアを受けられる」と分かるように、壁に花のマークを掲示している。被害者が何も言わずに安全な診療所にたどりつけるようにし、二次被害を防ぐ © Seiko Ito

参加者全員で届けた、「シュクリア!(=ありがとう)」の声

多くの方に足を運んでいただき、平日にもかかわらず、300席近い会場は満席となりました。
最後に藤元監督の呼びかけで、来場者から、ロヒンギャの皆さんへのメッセージを届けました。

「今日は皆さんにひとつ、覚えてほしいロヒンギャ語があります。ロヒンギャ語で、ありがとうを『シュクリア』と言います。ぜひ皆さんの声を、出演したロヒンギャの人びとに伝えたいと思います」

長年存在がタブー視され、語られることなく苦難を強いられてきたロヒンギャの人びとに、日本から沢山の人たちが注目し、応援している気持ちを伝えることも、意義ある支援のかたちのひとつになります。

平日にもかかわらず、300席近い会場は満席となった =キノシネマ新宿で2026年5月19日 Ⓒ MSF
平日にもかかわらず、300席近い会場は満席となった =キノシネマ新宿で2026年5月19日 Ⓒ MSF

参加したみなさんから、さまざまなメッセージをいただきました。 

この映画を見て、私は「ロヒンギャ」という人たちがいることを初めて知りました。難民問題については少し知っているつもりでしたが、詳しくはわかっていませんでした。難民キャンプの人口密度の高さや、キャンプ人口が年4万人も増えていること、さらにキャンプの中でも安心して暮らせない様々な問題があること。そうした現状から、命をかけてでも逃げたいという難民の人たちの気持ちがリアルに伝わってきました。この映画は、私たちが目をそらしてはいけない問題について考えさせてくれました。

10代・高校生

映画を観ながら、これが現実なんだと、あまりにリアルに突きつけられ、胸が苦しくなりました。壮絶な現場を何度もくぐり抜け、危険と隣り合わせの中で、やっと命がつながっていくこと。そして、つながった先にもなお続いていく苦難があること。直視するのが苦しい現実が、他の誰かの日常なのだと思うと、言葉になりません。

この作品を観ただけで、わかった気になってはいけない、とも感じました。もっと知らなければいけないし、自分にできることを考え続けたい。そんな気持ちが芽生える作品です。多くの人に届いて欲しいです。

40代・会社員

子ども二人だけになってしまった旅の途中でも、大人たちが手を差し伸べることで、姉弟の命のリレーは途切れずに繋がっていった。姉が弟に渡したバトンは確かに次へと繋がっていた。藤元監督の話を聞いて、「命のリレー」が繋がれていく物語なのだと改めて感じた。

「自分にできることはどんどんやっていこう」と思った。なぜなら、目の前に人がいて、自分にできることがあって、助けになれるから。映画の中で大人たちが姉弟を助けたのも、きっとそうだったのだろう。「助けるべきだから」ではなく「目の前にいて、自分にできるから」。それが連鎖して、命のリレーになっていく。理由を積み上げる前に、能力と行動を直接繋ぐ感覚だ。

そして最後に助産師の方が語っていた「関心を持ち続けること」という言葉が、強く心に残っている。関心こそが、世界を少しずつ変えていく原動力なのかもしれない。自分も命のリレーの一端に、加わっていきたい。そのために、関心を持ち続けたい。

30代・トレーナー

バングラデシュ・コックスバザール難民キャンプ内の映像 (2分21秒。音声は1分16秒から) © MSF

登壇者プロフィール

藤元明緒(映画監督)

1988年、大阪府生まれ。ビジュアルアーツ専門学校大阪で映画制作を学ぶ。在日ミャンマー人家族を描く初長編『僕の帰る場所』(2018年)が第30回東京国際映画祭アジアの未来部門 作品賞&国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞。2021年、ベトナム人技能実習生を描く長編第二作『海辺の彼女たち(日本ベトナム国際共同製作)』を公開。同作品はPFF第3回「大島渚賞」、2021年度「新藤兼人賞」金賞、第13回TAMA映画賞最優秀新進監督賞、第31回日本映画批評家大賞・新人監督賞などを受賞。主にミャンマーなどアジアを舞台に合作映画を制作し続けている。

いとうせいこう(作家・クリエイター)

1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエイターとして、活字・映像・音楽・舞台など多方面で活躍。2016年以降、アジアやアフリカ、中東などのMSF活動地を訪れ、多くのスタッフや患者に話を聞き、捉えた現実や抱いた思いを著書やイベントなどで発信し続けている。2024年6月にはバングラデシュ・コックスバザールのロヒンギャ難民キャンプを訪れ、同地で活動するMSFを取材した。関連著書に、『「国境なき医師団」を見に行く(講談社2017年)』、『「国境なき医師団」になろう!(講談社現代新書2019年)』、『ガザ、西岸地区、アンマン「国境なき医師団」を見に行く(講談社2021年)』『「国境なき医師団」をそれでも見に行く 戦争とバングラデシュ編(講談社 2025年)』がある。

小笠美咲(MSF助産師)

小学生の頃、アメリカ同時多発テロ事件をきっかけに始まったアフガニスタンへの攻撃のニュースを見て、自分と同じような子どもたちが家族を亡くしたり、怪我をしたりしている様子に衝撃を受ける。赤ちゃんの生まれる場所で働きたいという思いから助産師を目指し、国内で助産師として勤務。休日に世界を旅する中で、過酷な状況で出産をする女性たちがいることを知り、母子の力になりたいと、英語やフランス語の勉強を始め、2021年に国境なき医師団に参加。2021年、2022年にバングラデシュ・コックスバザールのロヒンギャ難民キャンプで活動。

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