米国発の資金削減の連鎖で人道危機が深刻化──世界各地で広がる援助の空白
2026年01月23日
世界の人道援助体制は今、大きな後退局面にある。
米国は2025年2月、米国際開発局(USAID)や米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)などを通じて行ってきた多くのグローバルヘルスおよび人道援助プログラムへの支援を凍結し、国際援助への支出を大幅に削減するとともに、これらの活動を解体しスタッフの多くを解雇した。さらに、英国やフランスをはじめとする複数の欧州諸国も、相次いで国際援助の削減を発表または実施したからだ。
国境なき医師団(MSF)は、こうした国際援助の削減が、支援を必要とする人びとや地域社会に深刻な影響をもたらしていることを目の当たりにしてきた。
多くの人道援助団体は活動の縮小や撤退を余儀なくされ、各国の保健省も物資や技術支援へのアクセスを失いつつある。
その結果、MSFへのニーズはさらに増大しているが、現場では物資の供給不足、物価高騰によるコストの上昇、搬送システムの断絶、パートナー団体との技術協力や情報共有の減少といった厳しい状況に直面しており、サービス提供にかかる負荷は一段と高まっている。
MSFの活動地では今、具体的にどのような影響が出ているのか。現状とMSFの取り組みを報告する。
各国からの報告:援助削減が招く“多重の医療危機”
南スーダン:広がるコレラ、縮小する産科医療
USAIDを含む主要ドナーの撤退により、一部の医療施設は閉鎖に追い込まれ、避難民キャンプなど最も弱い立場にある人びとの暮らす地域では、水と衛生、基礎医療といった不可欠なサービスが縮小された。
2025年10月時点で、コレラの疑い例・確定例は9万3000件を超え、死者は1500人以上に上る。MSFはこれまでに3万5000人以上を治療しており、現在はE型肝炎の対応にも当たっている。
医療体制は急激な資金削減によって深刻な打撃を受けており、多くの医療従事者が給与を受け取れない状況が続いている。例えばレンク市民病院では、54人の医療スタッフに資金援助を行っていた団体が、2025年6月に突然支援を停止せざるを得なくなり、産科部門に大きな人員不足が生じた。
同病院でMSFが運営する小児病棟では、新生児の重篤な症例が増加している。その多くは、不十分な産前ケア、妊産婦ケアの質の低下、そして介助者不在の分娩により低体重で生まれた新生児だ。これらを改善するため、MSFは2025年9月から産科の支援を始め、人件費の補助と物資の提供を行っている。
ケニア:基本的なサービスが縮小 栄養失調も拡大
長年にわたりMSFが活動を続けるダガレイ・キャンプでは、他の医療団体による支援継続が難しくなっている影響を受け、隣接するキャンプや周辺の地域からも多くの患者が押し寄せている。
食料支援は減少する一方、急性栄養失調の割合は約7%から9%へと上昇した。こうした状況を受け、MSFはこれまで別の組織が担っていた役割を引き継ぐ形で、専門的な医療が必要な患者を月に15~20人、ケニア国内の病院へ紹介する活動を始めている。
バングラデシュ:相次ぐ診療所閉鎖と感染症拡大
ウキア地区のキャンプ14と15で活動するMSFは、2025年第2四半期にデング熱をはじめ発熱症状のある患者が異常な勢いで増加したことを受け、その対応に当たった。キャンプ14の救急外来には通常の2倍の患者が押し寄せ、外来部門は最大収容能力に達したため、緊急度の高い患者を優先せざるを得ない状況となった。
MSFは今後、キャンプで暮らす人びとにとって、簡易診療所や石けんなどの衛生用品、水と衛生のインフラなど不可欠なサービスがさらに縮小されることを懸念している。
ソマリア:急増する子どもの栄養失調 食料支援も大幅減
2024年と2025年の最初の9カ月を比較すると、患者数は以下のように大きく増加している。
・ムドゥグ地域の入院栄養治療サービス:767人→1684人
・バイドアのベイ地域病院にある入院栄養治療センター:1169人→1950人
・バイドアの外来栄養治療サービス:8743人→1万2593人
ニーズは今後さらに拡大する見込みだ。
加えて、ソマリアの医療体制を支えている英国の主要支援は2026年3月までに終了する予定で、世界銀行の保健分野の予算も減少している。さらに、WFPは2025年11月から現金での支援を停止し、食料支援の対象者も約390万人から約35万人に限定する見通しだ。
ナイジェリア:増え続ける栄養失調児
MSFは2025年の最初の9カ月間だけで、7つの州において25万8000人以上の急性栄養失調の子どもを治療した。
エチオピア:高まる医療負担とマラリアの流行
水と衛生のサービス、医療、食料支援、栄養失調治療などを提供してきた多くの団体が、活動の一部停止や撤退を余儀なくされ、人びとはどこで必要なケアを受けられるのか分からない状態に陥っている。地元の病院では、これまで無償だった医療サービスの有料化が進んでいる。
こうした医療の空白を埋めるため、MSFは基礎医療、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、性暴力やジェンダーに基づく暴力の被害者支援、顧みられない熱帯病の治療など、最も緊急性の高い分野を優先し、対応を続けている。
ガンベラ州のクレ難民キャンプでは、他の援助団体が相次いで撤退する中、MSFは急増する患者に対応するため長時間勤務を続けている。特にマラリアの症例は大幅に増えており、MSFは2025年7月から10月の3カ月間に3万4800人以上を治療した。これは前年同期と比べて30%以上の増加にあたる。
栄養プログラム:需要急増で緊急調達を拡大
こうした状況を受け、MSFは2025年、国連による供給が滞った少なくとも9カ国(チャド、マリ、ニジェール、ナイジェリア、南スーダン、イエメン、アフガニスタン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国)で、栄養治療食や治療用ミルクの緊急発注を増やした。
また、イエメンとニジェールのMSFプロジェクトでは、世界的な資金削減の影響により、栄養プログラムに関連する計画外の支出がそれぞれ50万ユーロ(約9263万円)を超えている。
性暴力:脅かされる被害者へのケア
ハイチでは、避妊、HIVの曝露前予防薬(PrEP)、HIVピア・エデュケーターによる支援など、リプロダクティブ・ヘルスのサービスを担ってきた地元組織が、米国からの資金援助を失った。
コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)では、USAIDの撤退に伴い、レイプ被害者のためのケアキット10万セットの発注がキャンセルされた。このキットにはHIVやその他の性感染症の予防薬が含まれており、複数の援助団体に配布される予定だった。これらの団体も資金不足に陥っており、治療の継続が脅かされている。
コンゴでは性暴力の発生件数が非常に高く、MSFだけでも2025年上半期に3万3000人の被害者を治療した。また、北キブ州でのケア不足に対応するため、MSFはHIVの曝露後予防薬(PEP)を追加購入した。
国際援助の削減が、サービスの需要増大を引き起こしているという明確な証拠がない場合もある。しかし、MSFはこれらの地域を含むさまざまな状況下で、リプロダクティブ・ヘルスのニーズが極めて高く、増加傾向にある現状に対応している。
ワクチン:資金難で未接種拡大の懸念
低中所得国の子どもたちへの予防接種率向上を目的として設立された「Gaviワクチンアライアンス(Gavi)」も資金不足に陥っており、今後数年間で接種率の低下や、それに伴う感染症の流行が懸念されている。
こうした影響は、アクセスが困難な地域や紛争下にある人びとに、特に深刻に及ぶと見られる。これらの地域には、これまで一度もワクチンを接種したことがない子どもが多く含まれているためだ(※)。
MSFはGaviから直接の資金提供を受けていないものの、MSFのプロジェクトで使用するワクチンの半数以上は各国の保健省から供給されており、その調達にはGaviが関わっている。そのため、Gaviの資金不足はMSFの集団予防接種にも影響を及ぼす可能性がある。
- ※WHOは「世界の乳児の4分の1は、ぜい弱で紛争や人道危機の影響を受ける26カ国に暮らしているが、彼らは世界のワクチン未接種児の半数を占めている」と指摘している。
医療アクセス:移動手段の危機 直面する新たな負担
MSFはこれまでアフガニスタン、ブルキナファソ、南スーダン、チャドなど十数カ国の遠隔地で、スタッフや医療搬送が必要な患者の移動手段として国連人道支援航空サービス(UNHAS)を利用してきた。UNHASは世界食糧計画(WFP)が運航するサービスで、大手の航空会社が乗り入れないような遠隔地を空路で結び、国連やNGOの職員の輸送や援助物資の運搬などを行ってきた。
しかし現在、資金削減の影響で人員削減やサービス縮小を余儀なくされており、今後数カ月でさらに大規模な削減が見込まれている。
こうした変化がMSFの活動や支出にどの程度影響するかはまだ明確ではないものの、すでに現場では負担が生じ始めている。その一例として、チャド東部シラ地域では、雨季に特に重要となるスタッフや患者の移動経路を確保するため、MSFが30万ユーロ(約5546万円)以上をかけて滑走路の整備を進めている。こうしたインフラ維持は、これまではUNHASが担っていた。
主要な医療分野で高まるリスク 求められる先手の対応策
とりわけ、「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」への資金削減が続く中、MSFはケアを必要とする人びとへの医療サービスがどのような影響を受けるのか、そしてそれがMSF施設への患者紹介にどう影響するかを分析している。また、世界的な調達の減少に伴い、特定の医療物資が入手困難になる可能性についても評価を進めている。
援助の空白を埋めるために──戦略的な取り組みが不可欠
スーダンのハルツームでは、米国の資金提供を受けていた援助団体が撤退した後、MSFはデング熱の流行に対応している病院への支援を開始した。また西ダルフール州では、米国のNGOが資金削減により支援計画を中止したため、現地のNGO団体「スーダン家族計画協会(Sudanese Family Planning Association)」と連携し、病院の産科プログラムの運営を引き継いだ。
コンゴでは予期せぬ供給不足を受け、マラリア治療薬を緊急調達した。さらにハイチでは、資金削減の影響を受けた、性暴力の被害者を支援する地元団体との連携を検討している。
今後の不確実性がさらに高まる中、MSFは増大するニーズに関する情報収集を続けるとともに、対応の是非や方法について戦略的な選択を進めている。こうした取り組みは、MSFの各プロジェクトや医療施設、オペレーション部門、そして部門横断的な仕組みに至るまで、組織全体のあらゆる場で継続的に行われている。




