赤とオレンジが並ぶ「命のうでわ」──チャドをむしばむ“見えない危機”
2026年01月13日
アフリカ大陸の中央部にある国チャドでは、隣国スーダンの内戦から人びとが逃れてくる東部の難民キャンプに国際的な関心が集まる一方で、もう一つの危機が進行している。それが、チャドの人びとの栄養失調だ。
現在、チャドでは570万人が栄養失調に直面しており、そのうち360万人は深刻な食料不安の状態にある。紛争や避難、気候変動、経済状況の悪化が重なり、事態はさらに厳しくなっている。
国境なき医師団(MSF)は各地の医療施設や地域社会と連携し、急性栄養失調の治療と重症化の予防に取り組んでいる。
色が告げる子どもの危機
チャド西部ハジェル・ラミ州のブラ・クーカ村。乾燥した風景の中、木と布で作られた簡易避難所の下で、約20人の女性が子どもの栄養状態の検査を待っている。子どもたちの腕には、同じような色のテープが巻かれていた。
これは、子どもの腕の太さを測り、栄養状態を判定する「命のうでわ(上腕周囲径測定帯) 」だ。うでわがオレンジを指せば中等度の急性栄養失調、赤を指せば重度の急性栄養失調を示している。
地域で訓練を受けた2人の「命のうでわママ」が、子ども一人一人の腕の太さを測っている。生後9カ月の男の子、アダム・ムーサちゃんのバンドは赤色だった。
母親のザラ・アダムさんはこう話す。
以前もプログラムに参加しました。子どものアダムは首都から3時間離れたマサクーリで入院しました。でも退院後、また体調を崩してしまい、改めて検査を受ける必要がありました。実は、私にはほかにも4人の子どもがいて、そのうち年上の2人も栄養失調でした。
栄養失調の乳児の母親 ザラ・アダムさん
アダムちゃんは診察を受け、栄養治療用の食品を摂取した後、地域を拠点としたケアプログラム(ICCM+)に参加した。
このプログラムは、保健省、MSF、地域社会が共同で実施している。マサクーリ地区のICCM+拠点21カ所を通じて、生後6〜59カ月の子ども、妊娠中・授乳中の女性が適切な治療を受けられる仕組みだ。
多岐にわたる要因
栄養失調の患者数は慢性的に多いが、その数がさらに急増する時期もある。雨季、食糧収穫前の端境期、マラリアをはじめとする病気の流行期など、要因は多岐にわたる。
チャド東部のアム・ティマン病院では、2025年8月のピーク時にMSFが緊急対応を始めた。
病室では、健康教育を担うヘルスプロモーターが啓発用の絵本を使い、母親のカディジャ・ムハンマド・ゼーンさんに説明している。彼女は娘のユスラ・アダムちゃん(1)を腕に抱いている。
カディジャさんは病院に来た経緯をこう振り返る。
雨期の初めに子どもが体調を崩したとき、家族を説得して保健センターに連れて行かなければなりませんでした。そこで「対応できない状態だ」と言われ、アム・ティマン病院に紹介されたのです。
栄養失調の幼児の母親 カディジャ・ムハンマド・ゼーンさん
患者が急増したことで、病院はベッドを追加せざるを得なかった。MSF看護チームのリーダー、ハルー・ハブ・ラハマトゥは「9〜10月には病床稼働率が108%にまで達した」と説明する。
栄養失調の患者は免疫力が低下していることが多く、感染症にかかりやすく、結果として入院期間も長引く傾向にある。
このようにチャドは食料不足と栄養失調に陥りやすい国だったが、国際援助の削減が状況にさらなる追い打ちをかけている。
端境期(6〜9月)には、世界食糧計画(WFP)による食料支援が大幅に縮小。2024年に100万人以上が支援を受けられていたのに対し、2025年にはその数がカネム州、バール・エル・ガゼル州、ワダイ州の3州で11万8000人にまで落ち込んだ。
地域に根差した医療連携
栄養失調を減らすには、地域レベルでの連携が不可欠だ。早期検査と治療、そして容体が重篤化する前に食料と基礎サービスにつなげられるよう、さまざまな関係者による協力が求められる。
また、重症例に対応できる十分な医薬品を確保すること、訓練を受けた医療人材を医療施設に配置することも不可欠だ。さらに、回復後であっても引き続き経過観察する必要がある。
これらの拠点は、MSFと保健省によって訓練を受け、地域で採用された保健担当者が運営している。この仕組みによってマラリア、栄養失調、呼吸器感染症、予防接種といった基礎医療へのアクセスが確保され、必要に応じて病院を紹介することもできる。
また、地域が医療を担うことで、MSFが撤退した後も(物資供給が確保されれば)活動を継続することが可能になる。
“回復後”も続くケア
また、栄養失調は、回復して終わる問題ではない。特に子どもは身体的・認知的な後遺症が長期にわたって残ることがある。
首都ヌジャメナ郊外のトゥクラ病院では、MSF財団による実験プログラムを通じて、都市部における栄養失調の長期的影響を軽減しようと努めている。
このプログラムでは、チャド人の理学療法士3人を採用し、小児リハビリ専門家が研修をして、患者自身が精神運動機能の後遺症に対処できるよう支援している。
MSF財団の小児リハビリ臨床専門家、ルーシー・サン=ルイはこう紹介する。
これらの患者に対する理学療法の目的は、早くに体を動かせるようにし、将来的な整形外科的・機能的合併症を防ぐことです。動かない状態が続くと、歩けなくなり、腕も使えなくなり、周囲の環境で生活する能力そのものを失ってしまいます。
MSF財団の小児リハビリ臨床専門家 ルーシー・サン=ルイ
実際、数回のセッションを経ただけで、再び動こうとする意欲を取り戻し、発達の遅れを取り戻す子どももいる。
「根本原因への対処を」
チャドにおける栄養失調は、一度きりの緊急事態ではない。数十年にわたる闘いであり、貧困、生計手段の欠如、食料へのアクセス不足といった全体的な構造のぜい弱性を表している。干ばつや降雨の遅れによる不作が、状況をさらに悪化させている。
医療ケアだけでは、この悪循環を断ち切ることはできない。チャド政府は人道・開発組織と連携して根本原因に対処し、長期的な視点で栄養失調、食料不安と闘うことが急務だ。
そのためには、気候変動に強い農業の推進や、水へのアクセス改善、地域主体の水管理、そして地域レベルでの食料備蓄体制の強化が欠かせない。




