スーダンから隣国チャドへ──戦火を逃れた8万人、過密キャンプで続く苦難

2025年07月11日
内戦で左手を失ったスーダン難民のマハナットさん(中央)。チャド東部ティナにあるMSFの簡易診療所で医師の診察を受けた=2025年6月11日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
内戦で左手を失ったスーダン難民のマハナットさん(中央)。チャド東部ティナにあるMSFの簡易診療所で医師の診察を受けた=2025年6月11日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

アフリカ中部のチャド。内戦が続く隣国スーダンから逃れてくる難民が急増し、受け入れ態勢が限界を迎えている。

チャド東部でスーダン難民を受け入れるキャンプ2カ所では、食料や水、医療の提供が不十分で、人びとは厳しい生活を余儀なくされている。

国境なき医師団(MSF)はキャンプの支援を強化しているが、現地のニーズには到底足りない状況だ。担当者は「これからは雨季が始まり、環境はさらに悪化する。他の援助団体との連携も含めた大規模な支援が急務だ」と警鐘を鳴らす。

父を亡くし、左手を失った男の子

チャド東部ティネの一時滞在キャンプにある、MSFの簡易診療所。黒いマットレスのベッドに、一人の男児(11)が腰を掛けていた。男児は左手を失っていた。

「マハナットの左手は爆弾の破片で吹き飛ばされました」

付き添う母親は当時の状況をこう振り返った。

4月11日、準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」がスーダン・北ダルフール州の国内避難民キャンプ「ザムザム・キャンプ」に大規模な地上攻撃を始めた。国連によると、4月だけで数百人が犠牲になり、このキャンプからは誰もいなくなったという。

当時、キャンプの自宅にいたマハナットさんは爆撃で左手を失い、右目には破片が刺さった。一緒にいた父親は死亡。母親はマハナットさんを連れて脱出し、数週間前にティネへ命からがら逃れてきた。 

診療所で検査すると、放置されていた左手の傷口の状態は悪く、 顔面にも金属片とみられる異物が埋まっていることが分かった。スーダンで左手の切断手術は受けたが、本来は取り除かれるべき骨が残されたままで、傷が治りにくい状態になっていた。
MSFのアバメ・マハマット医師は左手を失ったマハナットさんの<br> 治療について同僚に電話で意見を求めた=2025年6月11日<br>  Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
MSFのアバメ・マハマット医師は左手を失ったマハナットさんの
治療について同僚に電話で意見を求めた=2025年6月11日
 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

当初、マハナットさんは激しい体の痛みとトラウマから治療を拒んだ。だが、医師や看護師が時間をかけてマハナットさんと信頼関係を築くことで、徐々に受け入れ始めた。

マハナットさんはいま、より高度な治療ができる医療機関での受け入れを待っているところだ。

内戦で左手を失ったスーダン難民のマハナットさん。別の病院で治療を受けられる日を待っている=2025年6月14日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
内戦で左手を失ったスーダン難民のマハナットさん。別の病院で治療を受けられる日を待っている=2025年6月14日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

10日間の過酷な旅路

およそ8万人──。これは4月末以降、スーダンの北ダルフール州から国境を越え、チャド東部のワジ・フィラ州と東エネディ州に到着、または通過したと推計される人数だ。

その多くは女性と子どもが占め、RSFが攻撃した州都エル・ファシールと周辺のキャンプから逃れてきた。

夜明けに国境を越えてチャドへやってきたスーダン難民の女性や子どもたち。難民の登録を終えると、キャンプへと順に移される=2025年6月16日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
夜明けに国境を越えてチャドへやってきたスーダン難民の女性や子どもたち。難民の登録を終えると、キャンプへと順に移される=2025年6月16日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF


難民にとって、エル・ファシールからチャドまでは命がけの逃避行だ。10日間ほどかかるその旅路は、暴力と苦難の連続だった。

いずれのキャンプの難民も、北ダルフール州や道中で体験した凄惨な出来事を証言している。

男性や少年の多くは殴られ、傷つき、殺された人もいた。女性や少女の多くは性暴力を受けていた。中には水を得られず脱水症状で、命を落とした人もいたという。

人でいっぱいのキャンプ

チャド東部でスーダン難民を受け入れているティネとウレ・カッソーニのキャンプ。MSFは130キロ離れたこの2カ所で、必要とされる医療が少しでも届くよう支援を拡充している。

キャンプでは銃撃や爆弾、地雷によって傷ついた人びとを治療する。手足を失った患者には、痛みを和らげる治療や、傷口を清潔に保つ処置を通じて感染を防ぐ支援を続けている。最近ではティネの現場に心のケア支援も加え、患者の回復を後押ししている。

2025年4月にエル・ファシールの自宅で爆撃に遭い、右足と左足の一部を失ったイサークさん(17) 。MSFの診療所で包帯を交換した=同6月13日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
2025年4月にエル・ファシールの自宅で爆撃に遭い、右足と左足の一部を失ったイサークさん(17) 。MSFの診療所で包帯を交換した=同6月13日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF


両キャンプともに今のところは安全だ。だがキャンプは人でいっぱいで、最低限の医療すら満足に受けられない課題が生じている。

MSFは4月にティネにおける活動を拡充。それでもなお、あまりに多くの人びとが助けを必要としていて状況は変わっていない。

「食料、住まい、衛生、医療、そして心のケア・・・・・・。人びとに必要な支援は山ほどあります。現在の対応では全く足りていません」

MSFのスーダン緊急対応コーディネーター、クレア・サン・フィリポはこう強調する。

その上で、「国連や資金の拠出者・組織、人道援助団体の皆さんに、今こそ本格的な支援の開始と拡充を強く求めます」と訴える。

4月以降、ティネの診療所では7700件を超える診察をしてきた。しかし5歳未満の子どもたちの栄養状態は特に深刻で、約5人に1人が栄養不良、このうち3%は命に関わる重度の状態だった。

はしかの感染拡大を防ぐため、これまで5755人の子どもに予防接種もした。
ウレ・カッソーニのキャンプには大勢の女性と子どもが<br> 身を寄せている=2025年6月12日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
ウレ・カッソーニのキャンプには大勢の女性と子どもが
身を寄せている=2025年6月12日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

妊娠中の女性や性暴力の被害を受けた人たちも、ティネの診療所でケアを受けている。
 
4月以降、性に関する相談は1300件以上に達し、直近4週間で16人の性暴力被害者が診療所を訪れた。重傷の患者には地元の病院を紹介している。

衛生環境の改善にも取り組んでおり、MSFはティネの一時滞在キャンプに緊急用トイレ40基を設置した。

また、水問題も深刻だ。これまでは最低限の水は確保できていたが、避難民は急増するばかりで必要量は膨れ上がっている。このキャンプで水を供給する団体はMSFだけで、対応が追い付いていない。
ウレ・カッソーニのキャンプで泥水をくむ女性。<br> 現地では安全な水が不足している=2025年6月12日<br>  Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
ウレ・カッソーニのキャンプで泥水をくむ女性。
現地では安全な水が不足している=2025年6月12日
 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

援助団体の連携強化を

ウレ・カッソーニのキャンプでは、急増する人びとのニーズを緊急調査した。

現在は給水車で配給しているが、今後は難民の増加分に見合った代替手段が求められる。

また、最低限の生活設備も不十分だ。元々は5万6000人が暮らすキャンプだったが、4月に4万人が新たに押し寄せた。避難民らはありあわせの物だけで暮らしており、住まいは粗末な仮設の小屋で、トイレなども不足している。
MSFはウレ・カッソーニのキャンプで難民たちが何を必要と<br> しているのか調査した=2025年6月12日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
MSFはウレ・カッソーニのキャンプで難民たちが何を必要と
しているのか調査した=2025年6月12日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

サン・フィリポは「国境からは今後も数週間にわたって大勢の人びとが押し寄せる見通しです。これから雨季が始まると状況はさらに悪化し、感染症の拡大や食料不足、衛生環境の崩壊に拍車をかける恐れがあります」と指摘し、こう呼びかけた。

ティネとウレ・カッソーニの両キャンプの過酷な状況に、私たちは強い危機感を抱いています。このままだと事態はますます悪くなる一方です。一刻も早い大規模な人道援助が求められています。

クレア・サン・フィリポ MSFのスーダン緊急対応コーディネーター

ティネの一時滞在キャンプで夕暮れ、集まってバレーボールをする子どもたち。現地の日中の気温は日陰でも46度に達する=2025年6月11日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
ティネの一時滞在キャンプで夕暮れ、集まってバレーボールをする子どもたち。現地の日中の気温は日陰でも46度に達する=2025年6月11日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ