【動画】「この子はどうなるか分からない。女の子だから」──世界で続く、妊産婦を脅かす“命の危機”とは
2026年01月30日世界の遠隔地で生きる女性たちの話を聴くと、見えてくるものがある。それは「出産が命の危険と隣り合わせである」という現実だ。
しかしその多くは本来、防ぐことができる。大陸を越え、住む場所はまったく違っていても、「妊娠」したことで直面する苦難や危険は驚くほど共通している。
ここでは、国境なき医師団(MSF)が世界の活動地で支援する出産全体のうち、15%を占める中央アフリカ共和国(以下、中央アフリカ)、ナイジェリア、バングラデシュの3カ国で暮らす女性たちの声を紹介したい。
医療アクセスの障壁
「朝5時に歩き始めて、着いたのは9時でした」
こう話すのは、産んで間もない赤ちゃんを色鮮やかな毛布に包み、胸に抱いた母親のヘルミナ・ナンドデさん。
ここは、中央アフリカ北部でMSFの支援を受けるバタンガフォ病院。この地域では、妊娠中の医療を受けるために100キロ以上を移動しなければならない女性も珍しくない。
ヘルミナさんはうなだれる。
ここまで一人で来るしかなかったんです。両親が着いたのは翌日でした。夫も一緒に来たがっていましたが、自転車が壊れてしまって……。
中央アフリカ北部で子どもを出産したばかりの母親 ヘルミナ・ナンドデさん
女性たちが語る体験は、国・地域が違っても、とても似ている。それは、彼女たちを診察する医療者も同じ意見だ。
バタンガフォで活動するMSFの医療チームリーダー、ナディーン・カレンジはこう語る。
問題は、そもそも医療施設が足りず、産科医療までたどり着かないことから始まります。村と診療所の距離は遠く、移動手段もありません。治安も悪く、交通費も高い。そうした障壁がいくつも重なっているのです。
バタンガフォのMSF医療チームリーダー ナディーン・カレンジ
実際、午後早くには診療を終えてしまう医療施設がある。治安の悪化により、必要な訓練を受けた医療スタッフや、投与すべき薬を確保できていないことも多い。
金銭と女性の意思決定の課題
ナイジェリア北部では、MSFの支援を受けるシンカフィ総合病院で、妊婦のムルジャナトゥさんが紹介先病院への搬送を待っている。重い貧血の治療のためだ。
ムルジャナトゥさんは嘆く。
お金がなければ、妊婦健診にも行けません。支払えなければ、誰も診てくれないんです。
ナイジェリアで貧血に苦しむ妊婦 ムルジャナトゥさん
さらに、女性たちが直面する最も根深い障壁がある。
バングラデシュ南東部コックスバザール県のロヒンギャ難民で、6人目の出産を目前に控えたサベラさんはこう打ち明ける。
病院に行くことを許す夫もいれば、許さない夫もいるんです。
バングラデシュで暮らすロヒンギャン難民の妊婦 サベラさん
シンカフィで活動するMSFの助産師チームリーダー、ペイシェンス・オツェは補足する。
女性が家で出血していたり、深刻な合併症に直面したりして苦しんでいても、夫の許可がなければ病院に行けないことがあるのです。夫が家にいない場合は、戻ってくるまで家で待たされることもあります。
シンカフィのMSF助産師チームリーダー ペイシェンス・オツェ
「家で産む女性は強い」という価値観
バタンガフォ病院の隣にMSFが設けたビニョラの妊婦待機施設では、妊婦のフィオソナ・アリダさんが3人目となる子どもの出産を待っている。ここは、妊娠中にリスクがあると確認された女性が、適切な出産の時期を逃さず、医療につながれるようにするための施設だ。
問題は医療だけじゃない、とフィオソナさんは語る。
待機施設に来る女性をからかったり、排除したりする人もいるのです。でも、私の健康の方がずっと大切です。周りがどう思うかなんて、関係ありません。
中央アフリカで3人目の子どもを妊娠している女性 フィオソナ・アリダさん
こうした社会的な偏見(スティグマ)は、妊婦にとって大きな心理的負担になる。オツェはこう説明する。
自宅で出産すれば「強い女性」と見なされ、病院で産むと「そうではない」と思われてしまう文化が、いまも根強く残っているところがあるのです。
シンカフィのMSF助産師チームリーダー ペイシェンス・オツェ
さらに、妊産婦の死亡には重要で、見過ごされがちな原因がある。それは、「安全ではない中絶」だ。
MSFの助産師でリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の専門家、ラケル・ビベスはこのように指摘する。
私たちの多くの現場では、不衛生な環境で、本人や訓練を受けていない人によって中絶された後に、命に関わる重篤な合併症を起こした女性を日常的に治療しています。命を落とさずに済んだ場合でも、不妊や慢性的な痛みといった長期的な影響を残すのです。私たちが活動するさまざまな国・地域で、制限的な法律、強いスティグマ、避妊へのアクセス不足が、女性たちを危険な中絶へと追い込んでいます。
MSFの助産師でリプロダクティブ・ヘルスの専門家 ラケル・ビベス
言葉の壁も
さらに、言語が通じないことも、女性たちを医療から遠ざける障害の一つになる。
バタンガフォ病院の助産師、エマニュエル・バモンゴによると、この地域で主に使われる「サンゴ語」を話せないことでからかわれるのを恐れ、妊婦の待機施設に来ることをためらう女性が多い。
ビニョラの待機施設で1カ月以上を過ごしている、妊婦のオノリーヌ・ディリョさんもその一人だった。オノリーヌさんはこれまでに10回妊娠したが、いまも生きている子どもは6人だけ。オノリーヌさんは今回、病院で初めて出産することになる。
受診を決めたのは、過去の妊娠で合併症を経験したこと、そして村の近くで活動する地域保健担当者に背中を押されたことが大きかったという。
私たちの村には、ほとんどお金がありません。病院に行くには自分と赤ちゃんの服が必要ですが、それすら買えませんでした。サンゴ語も話せない。恥ずかしい思いをするので、病院で出産したことがありませんでした。でも、安全に出産するための知識をここで教えてもらったので、いまは違います。もしまた妊娠したら、何があっても病院に行きます。赤ちゃんと一緒に、元気なまま家に帰りたいからです。
ビニョラの待機施設で出産を待つ妊婦 オノリーヌ・ディリョさん
MSFスタッフのルース・ムベルコヨは、ビニョラの待機施設ができる前の状況をこう振り返る。
以前は、遠くの医療施設に向かう途中で赤ちゃんを亡くす女性がたくさんいました。母親自身が命を落とすこともありました。例えば、バタンガフォから60キロ離れたカボの町の女性は、最初の3回の妊娠ではいずれも子どもを失いました。4回目に初めて病院に来て、無事に出産することができたのです。
MSFスタッフ ルース・ムベルコヨ
2分に1人が亡くなる現実
国連によると、世界では2分間に1人のペースで、女性は妊娠や出産の合併症によって命を落としているという。
その上、ビベスは妊産婦が亡くなる事例の多くは表面化していないと指摘する。
適切なタイミングで医療を届ければ、ほとんどは防げる悲劇です。重要なことは、可能な限り多くの女性が、しっかりとした技術を持つ助産師などがいる医療施設で出産できることです。しかし、私たちが活動する多くの地域では、通常の出産でさえスタッフや物資の不足から十分に対応しきれないことがあります。しかも、今後さらに人道援助の資金が削減されれば、この危機は一層深まり、何千人もの女性と新生児をより大きな危険にさらすでしょう。
MSFの助産師でリプロダクティブ・ヘルスの専門家 ラケル・ビベス
妊娠中の女性の命を脅かす合併症の多くは、防ぐことができる。
最も一般的な原因としては、出血、長引く出産、感染症が挙げられる。さらに、高血圧が見逃されると、命に関わるけいれん発作である子癇(しかん)を引き起こすこともある。
だが、シンカフィ総合病院の助産師マディナ・サリトゥは、状況は複雑だと訴える。
高血圧は、治安の悪化のなかでの不安や恐怖と関係することもあります。しかし多くの女性は妊婦健診を受けられず、血圧をしっかりと測っていません。また、妊婦を90人受け入れたら、70人が貧血ということも珍しくありません。そうなると、輸血が必要になる事例が一気に増えるのです。
シンカフィ総合病院の助産師 マディナ・サリトゥ
分娩室の外で守られる命
2024年、MSFのチームは世界各地で1日1000件以上、年間で計36万9000件の出産を支援した。そのうち15%はナイジェリア、中央アフリカ、バングラデシュだ。
ただし、MSFの活動は分娩(ぶんべん)室の中だけにとどまらない。妊婦の命を危険にさらすのは、合併症そのものだけでなく、医療にたどり着くまでの遅れや障壁も含まれるためだ。
オツェは言う。
私たちは医療を1カ所に集めるのではなく、地域に分散させています。私たちの支援がすべての女性に直接届くとは限りません。だから、昔から地域で活動している助産師らと分娩を支えつつ、合併症があれば基礎診療所やこのシンカフィ総合病院を紹介することにしています。
シンカフィのMSF助産師チームリーダー ペイシェンス・オツェ
合併症が起きたときは一刻を争うが、それを事前に診断して見抜けるとは限らない。マディナはMSFの対応について、こう説明する。
ここではMSFが食料や薬、必要に応じて手術まで、幅広い形で対応しています。病院への移動だけでなく、治療の後に地域へ戻れる交通手段も確保しているのです。
シンカフィ総合病院の助産師 マディナ・サリトゥ
MSFは、点在する簡易診療所を可能な限り支援し、合併症のある妊婦を紹介できる体制を整えるとともに、遠隔地の悪路を走れるようなバイク搬送の仕組みも運営している。
出産後も終わらぬ不安
コックスバザール県のMSFゴヤルマラ母子病院で働く助産師、ディナトゥネサは言う。
妊婦健診の場で、家族計画についての啓発活動もしています。妊娠の間隔を空けることの利点や方法を説明していますが、夫の理解を得られない女性も少なくありません。
MSFゴヤルマラ母子病院の助産師 ディナトゥネサ
また、ビベスは妊産婦の死亡が示しているのは「医療の問題だけではない」と強調する。
妊産婦死亡は、女性の健康と権利を脅かす多くの要因を浮き彫りにしています。しかも、それらは見えないところで積み重なっています。母親が亡くなれば、子どもの命に直接関わるだけではありません。より危険な環境で成長せざるを得なくなり、同じリスクがその次の世代にも引き継がれるのです。ジェンダーの不平等は、こうした連鎖を断ち切れないまま、さらに深刻なものにしていきます。女性は、適切で安全な医療に間に合うための自由や資源、そして意思決定できる力を持てないことが多いのです。
MSFの助産師でリプロダクティブ・ヘルスの専門家 ラケル・ビベス
ビニョラの施設で3週間を過ごしたヘルミナさん。無事に女の子を出産することができ、頬を緩めた。しかし、その表情はすぐに曇る。
彼女は静かにつぶやいた。
この子が、この先どうなるのか分かりません。女の子に生まれたのですから。
中央アフリカ北部で子どもを出産したばかりの母親 ヘルミナ・ナンドデさん




