【国際女性デー】「母子医療の底上げを」──助産師・菊池理紗が語る、初回派遣のイエメンで見た現実と新たな目標

2026年03月08日
国境なき医師団(MSF)の助産師として、イエメンでの初回派遣を終えて帰国した菊池理紗=東京都内で2026年2月2日 © MSF
国境なき医師団(MSF)の助産師として、イエメンでの初回派遣を終えて帰国した菊池理紗=東京都内で2026年2月2日 © MSF

3月8日は国際女性デー。世界には、人道危機に置かれた医療現場に携わる多くの女性たちがいる。

国境なき医師団(MSF)助産師の菊池理紗も、その一人だ。MSFのスタッフとして初めての海外派遣を終え、今年2月に帰国したばかり。2025年8月から半年間、イエメンの病院で現地女性の出産を支えた菊池に話を聴いた。

世界の医療格差の現実、データを残して支援をつなげた手応え、現場を動かす女性リーダーとの出会い──。

子どものころから目指していたMSFでの活動を初めて終えた菊池には、新しい一つの目標ができたという。

助産師としてイエメンへ

──自己紹介と、イエメンでの活動内容を教えてください。

私は助産師の菊池理紗です。イエメンでの初回派遣を終えたばかりです。

イエメンでは北部のハイダンという街で半年間、助産師活動マネジャーとして活動しました。地元保健省が運営する病院の産科・婦人科を、現地の助産師や看護師と一緒にサポートしました。

イエメンでの初回派遣から帰国したばかりの菊池=成田空港で2026年2月1日 © MSF
イエメンでの初回派遣から帰国したばかりの菊池=成田空港で2026年2月1日 © MSF
──なぜMSFに参加しようと思ったのですか。

子どものころ、紛争下で暮らすアフリカの子どもたちをテレビのニュースで見て、「この子たちを助けたい」と思うようになりました。それからMSFで活動することを目標に助産師として日本で経験を積んできました。

──イエメンでの活動中、印象的だったことはなんですか。

驚いたことが一つあります。それは赤ちゃんが亡くなっても、お母さんも家族も泣かないんです。仕方ないことだと受け入れているのか、つらいけどよく目の当たりにすることだから泣けないのか……。心の内はわからないです。

ただ、その光景を見て日本、イエメン、アフリカとの医療水準の差をものすごく感じました。

イエメンでの半年間の活動を振り返る菊池=成田空港で2026年2月1日 © MSF
イエメンでの半年間の活動を振り返る菊池=成田空港で2026年2月1日 © MSF
──活動を通じて得られた手応えはありましたか。

私は今回の活動中、お母さんの栄養状態の指標となる数値と、子どもの出生時の体重を集めて統計・分析していました。

「妊婦さんの十分ではない栄養状態が、低出生体重児(出生時に体重2500グラム未満)が多く生まれる原因になっている」という仮説をイエメンのデータで証明できれば、現地で中断されていた産前・産後のお母さんへの栄養食料の配給を再開してもらえるのではないか、と考えたからです。

その結果、見立て通りに仮説を証明することができ、配給が中断された以降の妊婦さんの栄養状態が悪化していることを示せました。さらに、これらのレポートを提出したところ、お母さんの栄養状態の指標が現地のMSFのデータベースに加わり、私が帰国した後も引き続き経過を見てもらえることになりました。

私一人でできることってすごく限られていますが、このような形でMSFとしてサポートを続けていけたら、少しでも力になれるんじゃないかと思っています。

イエメンでの活動中、反省の多かった症例について母子の状態や自身の判断、同僚スタッフとの連携を振り返り、どうしたら繰り返さないか菊池がまとめていたメモ帳(手前)=東京都内で2026年2月2日 © MSF
イエメンでの活動中、反省の多かった症例について母子の状態や自身の判断、同僚スタッフとの連携を振り返り、どうしたら繰り返さないか菊池がまとめていたメモ帳(手前)=東京都内で2026年2月2日 © MSF

看護師長との出会い

──3月8日は国際女性デーです。MSFでは多くの女性スタッフが世界各地で活動しています。イエメンでは印象的な女性に出会いましたか。

はい、フランス出身の看護師長カミーユです。彼女とは1週間ほどしか一緒に過ごしていませんが、その短い期間で彼女のことを心から尊敬し、大好きになりました。

イエメンで一緒に活動した女性の国際スタッフたちと。左上がカミーユ、右端が菊池=2026年1月 © MSF
イエメンで一緒に活動した女性の国際スタッフたちと。左上がカミーユ、右端が菊池=2026年1月 © MSF
──それはなぜでしょうか。

私が活動を終えようとしていたころ、彼女は国際スタッフとして赴任してきました。

ゲストハウス(国際スタッフの宿舎)に到着した当日から、とっても気配りのできる人だなという印象がありました。働き始めた初日にも、どんな小さなことでも周りのみんなに感謝の気持ちを伝えていました。

また、看護師長は産科・婦人科以外の全ての看護師、清掃スタッフ、外来のマネジメントや、患者、家族に提供する食事など、幅広い範囲の責任を任されているポジションなのですが、そんな忙しいなかでもオフィスに来た人たちの話を丁寧に聞いていました。

──印象的な出来事はありましたか。

一度、病院にある資材のやりくりを巡って、婦人科、小児科、薬局の3部門での話し合いが必要になりました。

私はカミーユに、忙しいことを承知のうえで「話し合いに一緒に同席してほしい」と提案しました。私たちがその場に参加しないことで、伝言ゲームのように認識の違いを作りたくなかったためです。カミーユは快く「私もそれが良いと思う」と賛同してくれました。

さらに、その話し合いで「現地スタッフの異なる立場の言い分に合意点は見いだせないんじゃないか」と議論が行き詰まった時も、彼女がいずれの意見にも納得したうえで、3部門とも実現可能な策を提案してくれたのです。

そのうえで「みんなで協力していまを乗り切ろう!」とスタッフたちを励まし、雰囲気はとても前向きになりました。彼女の傾聴力、場を一気にポジティブに変える人間力に強く感動しました。

活動から3カ月目のころ、イエメンに派遣された国際スタッフたちとゲストハウスで交流する菊池(左端)=2025年11月 © MSF
活動から3カ月目のころ、イエメンに派遣された国際スタッフたちとゲストハウスで交流する菊池(左端)=2025年11月 © MSF
──カミーユからはどのような影響を受けましたか。

カミーユは、私と一緒に働いたイエメンが3回目の派遣だったようで、非常に経験豊富でした。彼女の方が私より後にプロジェクト入りしていて、年齢も若いのに、私ともう1人の初回派遣の国際スタッフが求めているタイミングで、適切な体験談やアドバイスをさらっと話して助けてくれる人でした。

カミーユの気配り、傾聴力、みんなのことを受け入れて小さなことにも感謝の気持ちを忘れず、その場で案を出す対応力、強く主張しないのにいつも気づけば支えてくれている安心感、そして仕事外の時間でのチャーミングな一面……。

どこをとっても尊敬するし、こんな風にこの世界で働いていける人になりたいと思いました。

イエメンでの活動をつづった日記を読み返す菊池=東京都内で2026年2月2日 © MSF
イエメンでの活動をつづった日記を読み返す菊池=東京都内で2026年2月2日 © MSF

「世界のママと赤ちゃんへ」

──初回派遣を終えたいま、今後の抱負を教えてください。

今回の派遣を経て、新しい目標ができました。それは「世界中のママと赤ちゃんが同じ水準の医療を受けられるよう、医療水準を底上げすること」です。

世界中のママたちが赤ちゃんと家族と幸せな生活をしていけるようにサポートできること。私自身もそんな家庭を築けること。笑顔で赤ちゃんを抱くママたちを見られるようにがむしゃらに働いて、家に帰ったら笑顔で私を待っていてくれる人たちがいれば幸せだなと思います。

これからは、できるだけたくさんの国・地域に派遣で訪れて、その先々で「長期的にサポートできる何か」を見つけて取り組んでいきたいです。

MSFの活動には、世界中から集まった多くの女性スタッフたちが携わっている © MSF
MSFの活動には、世界中から集まった多くの女性スタッフたちが携わっている © MSF

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ