「性暴力被害を埋もれさせない」──ウクライナ派遣の日本人スタッフが語る支援の現場、全面侵攻4年
2026年02月24日
ロシアがウクライナに全面的に侵攻してから、2月24日で4年。いまだに終わらない戦争が社会に暗い影を落とすなか、ウクライナでは前線から離れた地域でも人びとに心理的負担が積み重なっている。
国境なき医師団(MSF)は、ウクライナ中部の都市ビンニツァで複雑性の心的外傷後ストレス障害(PTSD)のケアをしている。家族の死、暴力の目撃、生活不安、そして家庭内暴力(DV)など、戦争をめぐる体験は心身の不調を引き起こす。
MSFの専門プログラム活動マネジャー、村上千佳は2025年11月まで約半年にわたってビンニツァに派遣された。
助産師として豊富な経験を持ち、今回は性暴力被害者のケアに特化して活動した村上。現地で支援が届きにくい文化的背景や、そのなかで生まれていた連帯の動きについて語った。
村上千佳(むらかみ・ちか)
千葉県出身、助産師・看護師。県内の病院の新生児集中治療室(NICU)に勤務後、青年海外協力隊に参加した。その後も県内の病院で小児科、産婦人科で勤務し、2005年よりMSFの医療援助活動に参加。これまでに南スーダン、ハイチ、イラク、コンゴ民主共和国などで活動した。鍼灸(しんきゅう)師の免許も持っている。
戦時下の心のケア
──活動地のビンニツァは、どんな医療ニーズがある場所でしたか。
私は2025年4~11月に現地へ派遣されました。戦闘の前線から地理的には離れていましたが、市内には国内避難民も多く住んでいました。長引く戦争により、人びとには心理的負担が蓄積していました。
特に、複雑性のPTSDのニーズが大きい地域です。戦闘そのものだけでなく、家族を失った経験、暴力を目撃した経験、生活不安、家庭内暴力(DV)など、複合的な背景で心身の不調を抱える人が来ていました。
──今回、活動したプロジェクトは具体的にどのような内容でしたか。
戦時下に生じるさまざまな心の不調に苦しむ人びとを支援するため、MSFが数年前に心のケアセンターを開いて始めた複雑性PTSDのプロジェクトです。
患者数は、新規が月20~25人、フォローアップを含めると月130人程度に対応しました。待機している患者さんの名簿もあり、需要は明確にありました。患者さんの約7割は女性でした。
──患者さんが抱える背景は、どのようなものが多かったですか。
申告されたうち、約7割が「戦争に関する体験」でした。その他に家族の死亡、暴力の目撃、お金の問題、DVなどが挙がり、重なり合っているケースも多いです。
「被害者」ではなく「サバイバー」
──今回は性暴力被害者の支援に特化して活動をしましたね。
性暴力については、そもそも被害の実態や支援への理解が社会に十分浸透していない面があります。
一方で、戦闘が続く地域では暴力のリスクが高まり、被害が表面化しにくいまま支援ニーズが拡大することが見込まれます。軍人・民間人を問わず、ロシアに拘束された人への性的虐待も指摘されています。
重要なのは「支援を整えること」だけでなく、被害を不可視化しないための「啓発と意識づけを進めること」でした。
──性暴力被害の支援をするなかで、実際にはどんな難しさがありましたか。
被害者は話しにくさを感じています。自分の受けた被害を家族にさえ打ち明けられないことが多く、一人で苦しんでいるのが現状です。
当事者は被害を言えないから実態が明るみにならず、周りの人たちも性暴力があったことを知らないので理解できない。誰も信じられないし、誰も被害を信じてくれない……。現地ではサポートを届けられないもどかしさがありました。
性暴力に特化した支援団体は他にもありますが、コミュニティ側の理解が追い付かないときもあるのが現状だと思います。
──性暴力に遭った男性は、特に支援や情報が可視化されにくい存在です。
事前に動画などで調べても、ウクライナでは男性の被害に関する情報がほとんど見つかりませんでした。
現地では「男は強くなくてはいけない」「男は泣いちゃいけない」という考え方がいまも残っています。被害を口にしづらくする要因になっているのではないか、と感じました。DVの背景とも無関係ではないかもしれません。
この分野については、私たちもまだまだ学ぶ必要があります。
──その一方で、回復や連帯の動きもあったそうですね。
少数ですが、男女ともにピアサポート(当事者同士の支え合い)をしている人たちがいます。「当事者が立ち直り、つながり合えば状況は変えられる」という強い連帯の熱量があって、すごいと思いました。MSFは外側から支援する立場ですが、だからこそ、そこの動きを支えたいと強く感じました。
彼らは自分のことを「被害者」とは言わず、「サバイバー」と呼びます。哀れみの対象ではない、被害から立ち直って生きている、という意味が込められています。もちろん、被害者からサバイバーへと捉え直していく過程は人それぞれで、一般化して語るべきではない点も意識して活動しました。
終わった後も続くケア
──治安や生活面は、他の活動地と比べてどうでしたか。
ビンニツァでは、外出は比較的自由です。クリニックにはシェルターもありましたが、私は使わずに済みました。警報が鳴ったら屋根のある場所へ避難する程度です。
ただ、戦死者の霊きゅう車が通るたびに人びとがひざまずいたり敬礼したり、毎朝9時に鐘が鳴って車を止めて黙とうしたりする光景を見ると、その瞬間は強く「戦争中」を感じました。
──米国政府が国際援助資金を削減したことの影響はありましたか。
現地で他団体から「予算を確保できず、この分野は減らした」「プロジェクトを閉じた」という声を聞きました。いますぐにではないのですが、いつかMSFが活動を終えて地元の他団体に業務を引き継ぐ際、今後どうなるのか気になりました。
──支援者の方々に伝えたいメッセージを教えてください。
心のケアはとても大事です。紛争が終わったら終わり、ではありません。日本でも第二次世界大戦から80年たってなお語られるように、心への影響は長期にわたって残ります。どうやって回復してきたのか、DVやアルコール依存など、社会的な課題も多かったはずです。
ウクライナでは、戦争開始後にDV件数が増えたという警察の報告もあると聞きました。現地の人たちはすでにそのことに気づいていて、心のケアや性被害への対応を始めています。
捕虜の人たちも戻ってきている中で、むしろこれからが、支援を必要とする状況になると思います。
命を救う活動を、どうぞご支援ください。
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