うつ、苦悩、恐怖感…絶望を抱えて暮らす人びとに心のケアを

2018年08月16日

ナイジェリア北東部、グウォザの避難民キャンプで暮らす母子ナイジェリア北東部、グウォザの避難民キャンプで暮らす母子

チャドナイジェリアニジェールカメルーンにまたがるチャド湖周辺地域では、約1700万人が反政府武装勢力と政府軍の激しい戦闘に巻き込まれている。自宅を追われ、今も家に帰ることができない人は230万人以上。紛争は、暴力の中で暮らしている人の心をむしばんでいる。国境なき医師団(MSF)は、紛争勃発当初から心理ケアのニーズが増えている状況を目にしてきた。暴力行為自体は減っていたとしても、強いられた避難、先が見えない閉塞感や絶望は、人びとの生活に悪影響を及ぼし続け、心の傷が慢性化する恐れもある。

援助で命をつなぐ避難民

チャド湖周辺地域の紛争に巻き込まれた人の苦悩を和らげることは、MSFにとって重要な活動だ。国内避難民、難民、地元住民など、それぞれの状況は違っても、多くの人は暴力を体験し、残虐行為を目撃し、家族や家財を失っており、心理ケアを必要としている。

ナイジェリア北東部、グウォザの避難民キャンプで暮らす少年ナイジェリア北東部、グウォザの避難民キャンプで暮らす少年

この紛争で大きな影響を受けたナイジェリアでは、北東部に暮らす800万弱の人びとが援助でようやく命をつないでいる。このうち160万人はナイジェリアの国内避難民だ。

MSFは、北東部プルカとグウォザの一時滞在キャンプで活動し、新たに到着した人びとに心理的な応急処置を提供している。患者の多くは夫が行方不明になってしまった女性だ。彼女たちは、身の安全と人道援助を求め、子どもを連れて家を出るしかなかった。夫は殺されてしまったか、武装勢力に入れられたか、あるいは、まさに今戦闘に出ている最中かもしれない。子どもと若者の患者も増えており、将来、心理面で合併症が出るのを防ぐため、心理ケアは特に重要となってくる。

罪悪感と孤独が心をむしばむ

ニジェールのディファ県、避難民キャンプで暮らす女性ニジェールのディファ県、避難民キャンプで暮らす女性

国境のニジェール側に位置するディファ県では、MSFは2015年7月から心理ケアを担っている。ここでも状況は同じだ。紛争と窮迫した生活環境のため、人びとは常に情勢不安にさらされながら、心の痛みを抱えて暮らしている。多くの患者が、うつ、不安、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状を訴えている。成人は罪悪感や孤独感を抱えて自尊感情が低下し、子どもは時に退行行動が現れる。そして若者は、薬物やアルコールの乱用など、危険な行動をとるようになる。

ディファ県で活動しているMSFの心理療法士、ヤクバ・ハルーナは、「避難を強いられて新しい環境に住まなければならず、どれくらいの間そこに留まるのかも分からないのは、すごく不安なことです」と語る。「避難民の身になると、物理的、社会的、物質的に頼れるものを全て失ってしまいます。一から生活を立て直し、全てを、何もないところから覚えていかなければなりません」。それは大変な苦労で、心理・社会面の支援が必要となる。
 

心理療法士ヤクバ・ハルーナは、隣国のナイジェリア出身心理療法士ヤクバ・ハルーナは、隣国のナイジェリア出身

ディファ県には、かつてチャド湖に浮かぶ島で漁業や牧畜を営んでいた人びとが多く避難している。彼らは以前、社会的・政治的影響力を持ち経済を率いるリーダーだった。だが避難民となった今は、小さな商いで生計を立て、子どもたちにも働くよう頼んで、家族が食事抜きにならないよう、何とか生きる方法を見つけなくてはならない。

MSFの心理療法士チームリーダー、アナ=マリア・ティヘリノは、「人びとは移動している間にも、適切な心の対処メカニズムを見出して、自分の人生の日常を取り戻し始めます」と語る。「完璧ではないし、元通りでもありませんが、これこそ、こうした状況下でMSFが期待することです」と話す。
 

心理ケアは特に子どもや若者にとって重要となる心理ケアは特に子どもや若者にとって重要となる

ディファ県の活動では、MSFは地域に密着したアプローチを取り入れて、心理ケアが必要な人びとのなかでも特に若者のニーズをより適確に見つけ出し、取り組んでいる。心理ケアのアウトリーチ活動(※)担当者は、国内避難民キャンプや水場、学校などを定期的に訪問し、ケアが必要な子どもや若者を見つけ出している。

患者は、年齢と心の状態に応じて、さまざまなセッションを受けられる。絵画、ダンス、物語を話すほかに、家族と一緒に診療を受けたり、グループ・セッションで話したりすることで、心に刺激を促すことができる。また、保護者や他の教育者、地域の指導者向けの講座を開催して、若者に心配な症状が現れたときは、すぐに分かる判断力を養おうとしている。

※医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動。
 

母親の心の回復が子どもにも影響

カメルーン北部のモラで栄養失調の治療を受ける子どもカメルーン北部のモラで栄養失調の治療を受ける子ども

カメルーン北部では、MSFは負傷患者と栄養失調患者に心理ケアをしている。母親が精神疾患を抱えていると子どもが栄養失調になりやすいかは、はっきりわかっていない。ただ、保護者に必要な心理ケアが満たされると、子どもがより早く回復に向かうことは確認されている。MSFの心理ケアチームは保護者と子どもの絆を深め、栄養失調がもたらす発達の遅れを取り戻すよう、心の刺激を促すセッションを勧めている。

保護者の多くは紛争の被害者でもあるため、心配事や症状について、安心して話せる場所も用意している。カメルーン北部モラで、MSFの心理療法士が女性たちの話を聞いた。いく晩も森の中で子どもと一緒に寝泊りし、夜に襲われないよう隠れていたので、建物の中で寝るのが怖いという。また、物音をたてず身動きもしないで夜を過ごしてきたため、灯りを点けるのが怖いという女性もいる。こうした心理面のサポートは、母親が子どもたちと関係を築いていく上で、直接、結果につながっていく。
 

MSFはナイジェリアで紛争が起きた2009年から、チャド湖周辺地域で活動。2014年にこの紛争が隣国に広がったのを受け、活動を広げている。2017年、チャド湖周辺地域で25のプロジェクトを運営し、医師、看護師、心理療法士、カウンセラーなどを含めた150人余りの外国人派遣スタッフと2000人余りの現地スタッフが活動した。この地域の外来診療実績は、ナイジェリア北東部40万件、ニジェールのディファ県30万件、カメルーン北部8万2000件。多くの人が安全でない一時しのぎの場所で暮らしている。ナイジェリアのキャンプはその1例で、移動することも、状況に順応することもできずにいる。また、治安の問題から、MSFが立ち入りできない地域もある。 

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