“ゴーストタウン”と化した州都のいま──国境なき医師団が1年半ぶりに目にした内戦の爪痕

2026年02月04日
北ダルフール州の州都エル・ファシールにある病院。攻撃を受けて患者や医療スタッフの死傷が相次いだ=2024年12月13日 © MSF
北ダルフール州の州都エル・ファシールにある病院。攻撃を受けて患者や医療スタッフの死傷が相次いだ=2024年12月13日 © MSF

内戦が続くスーダンで、国境なき医師団(MSF)は1月中旬、北ダルフール州の州都エル・ファシールに立ち入り、民間人と医療施設の現在の状況を確認した。

今回の立ち入りは、内戦の当事者である準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」から許可を得て実現した。エル・ファシールは2025年10月下旬、RSFによって1年5カ月にわたって包囲され、攻撃を受けた末に制圧された。

監視下の4時間で見た現実

かつて北ダルフール州の中心として栄えた州都は、街の至るところが破壊され、人の気配はほとんどなくなっていた──。

MSFは1月15日、治安担当者による厳しい監視の下、エル・ファシールに4時間だけ入ることができた。訪れたのは避難民が身を寄せる2カ所。そこにいたのは主に女性、子ども、高齢者だった。

医療施設では、負傷した男性患者が約20人いるのを確認した。手術が必要な場合には、外科対応が可能なMSFのプロジェクトにつなぐ用意があることを患者たちに繰り返し伝えた。

一致する避難民たちの証言

今回の視察では、独立した調査を十分にできたわけではない。しかし、現在のエル・ファシールはかつてのにぎわいと異なり、わずかな民間人が残っているか、戻っただけの「ゴーストタウン」のような状態だった。そのため、都市全体に広がる、大規模で差し迫った医療ニーズがあるとまでは確認できなかった。

MSFがエル・ファシールに立ち入れたのは、2024年8月にこの都市で活動を止めて以来、1年5カ月ぶりだ。ただし、滞在時間や行動はRSFによって大きく制限され、実態を把握するにはあまりに短いものだった。

戦闘の激化により避難する北ダルフール州の人びと=2024年6月10日 © MSF
戦闘の激化により避難する北ダルフール州の人びと=2024年6月10日 © MSF


それでも、私たちが目にした光景は、エル・ファシールで起きた破壊の規模がいかに壊滅的であったか、そして多くの住民たちが離れざるを得ないほど深刻な状況だったという現実を改めて突き付けている。

そしてその光景は、エル・ファシールと避難の道中で起きたという大量殺害、拷問、誘拐、その他の暴力の証言とも合致する。この証言は数カ月間、エル・ファシールから西に約60キロ離れたタウィラで、避難民らがMSFに対して語ってきたものだ。

さらに強まった懸念

10月下旬にRSFがエル・ファシールを制圧して以降、MSFはダルフール地方の各地と、国境を接する隣国チャドの東部で、支援を必要とする生存者を探してできる限りの援助を届けてきた。

内戦で左手を失ったスーダン難民の少年。隣国チャドの東部にある、国境なき医師団の簡易診療所で医師の診察を受けた=2025年6月11日 © Julie David de Lossy/MSF
内戦で左手を失ったスーダン難民の少年。隣国チャドの東部にある、国境なき医師団の簡易診療所で医師の診察を受けた=2025年6月11日 © Julie David de Lossy/MSF


しかし、エル・ファシールにいた住民の多くが見当たらないという状況は、RSFが街を制圧した時点で生きていた人びとが殺されたか、故郷を追われたのではないかという、私たちの懸念をいっそう強めている。

MSFは現在、北ダルフール州では主にタウィラ、コルマ、ゲルネの3カ所で医療人道援助活動を続けている。また、ダルフール地方全体では、ニヤラ、ザリンゲイ、ジェネイナなど複数の地域で活動を展開している。

北ダルフール州の州都エル・ファシールにある病院。攻撃を受けて患者や医療スタッフの死傷が相次いだ=2024年12月13日 © MSF
北ダルフール州の州都エル・ファシールにある病院。攻撃を受けて患者や医療スタッフの死傷が相次いだ=2024年12月13日 © MSF

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