米国の国際援助削減の決定から100日が経過──世界中で拡大するグローバルヘルスと人道援助の危機
2025年05月12日
世界中で、患者がどう治療を続けていくか模索し、医療従事者もサービスの維持に苦慮している。また、人道援助団体はすでに緊急事態に陥っている国々でニーズが急増していると警鐘を鳴らしている。
援助の打ち切りは「人為的災害」
「トランプ政権による突然の援助打ち切りは、戦争、病気の流行をはじめ緊急事態の中で生き延びようとしている多くの人びとにとって、人為的な災害です」と国境なき医師団(MSF)の米国事務局長、アブリル・ブノワは話す。
これまでMSFはさまざまな緊急対応を行ってきましたが、グローバルヘルスおよび人道援助プログラムにこれほどの大規模な混乱をもたらした事態は、見たことがありません。
アブリル・ブノワ MSF米国事務局長
それだけ大きな存在だった援助が、突然打ち切りになったことは、栄養失調や感染症のリスクにさらされている人びと、人道危機に陥っている人びとなど、援助に頼っている世界中の人びとに、壊滅的な影響を与えている。
また、こうした援助資金や人員の大幅な削減は、迫害や差別を受けて医療へのアクセスが既に制限されている人びと、例えば、難民や移民、紛争に巻き込まれた民間人、LGBTQI+の人びと、妊娠し得るすべての人びとなどに影響を及ぼす可能性がある、全体の政策の一部なのだ。

MSFは活動地内外のさまざまな保健組織や人道援助機関と緊密に連携して人命にかかわるサービスを提供してきており、私たちの活動にかかわる多くのプログラムも、資金削減によって中断された。
各国の保健省が影響を受け、地域コミュニティのパートナーも全体的に減少している状況では、医療の提供はさらに困難となり、コストも大幅に増加するだろう。また、私たちが患者を搬送していた専門的なケアができる医療機関の減少や、サプライチェーンの混乱による物資の不足や在庫切れも予想される。
世界中で危ぶまれる活動の継続
長年の紛争と複合的な危機により、イエメンでは推定1950万人、実に人口の半分以上にあたる人びとが援助に頼っている。紛争に巻き込まれた民間人を見捨てるという決定は、人道援助の原則を損なうものだ。
この危険な状況を常態化してはなりません。私たちは米国政府と議会に対し、グローバルヘルスと人道援助へのコミットメントを維持するよう、強く求めます。
アブリル・ブノワ MSF米国事務局長

米国の援助削減による影響
米国の資金削減は、世界にどのような影響を与えているのか。栄養失調、HIV、感染症の流行など9つのトピックについて現状を報告する。
栄養失調

HIV
南アフリカのHIV/エイズ対策改革に貢献した先駆的な活動団体「Treatment Action Campaign(TAC)」は、治療を継続する人びとを支えるコミュニティ主導のモニタリング体制を大幅に縮小せざるを得なくなった。現在、モニタリングは診療所で小規模にしか行われていない。
感染症の流行
米国の資金削減により、セーブ・ザ・チルドレンを含む複数の援助団体が、南スーダンのアコボ郡での移動診療を一時停止した。セーブ・ザ・チルドレンは4月初め、南スーダンの同地域で、暑い中、治療を求めて長距離を移動している間に、少なくとも5人の子どもと3人の大人が死亡したと報告している。
これらの団体の撤退により、現地の保健省はコレラ流行の対応能力に大きな制限が課されている。MSFは、他団体の移動診療の停止や予防接種の支援減少により、予防可能なはずの死亡件数が増加し、感染力の強いコレラが引き続きまん延する危険性があると警告している。

リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)
MSFは、これまで緊急の患者の搬送、物資の供給や技術上の連携を行ってきた他団体・機関のリプロダクティブ・ヘルスケアのプログラムが、20カ国以上で中断または停止していることを懸念している。これには、すでに妊産婦と乳児の死亡率が高い地域も含まれている。
世界最大級の難民キャンプがあるバングラデシュのコックスバザールでは、他の援助団体が緊急出産キットや避妊薬などの物資を供給できない状況にある。中絶後のケアなど救急患者の搬送も中断されており、性と生殖に関するケアの緊急ニーズが高まっている。

移民
米国の移民政策の変更により、女性や子どものための避難所、法的援助、暴力被害者への支援などの重要な保護サービスの閉鎖や大幅な削減が相次いでいる。
ホンジュラスのダンリやサンペドロスーラ市、メキシコのタパチュラやメキシコシティなどの地域では、患者とMSFをつなぐ紹介ネットワークがほぼ消滅した。その結果、多くの移民が安全な住居や食料へのアクセス、法的・心理社会的支援を受けられなくなっている。
清潔な水へのアクセス
米国が援助凍結を開始してから数週間、MSFはスーダンのダルフール地方、エチオピアのティグレ地方、ハイチの首都ポルトープランスなど、紛争の影響を受けた地域で、複数の援助団体が避難民への飲料水の配給を停止するのを目の当りにした。
ポルトープランスでは、武装勢力と警察との激しい衝突により地域住民が避難を強いられた。MSFは3月、避難先となった4つのキャンプで暮らす1万3000人以上の人びとに向け、タンクローリーによる給水システムの運営を開始した。この活動は、暴力による被害者をケアするというMSFの通常の医療サービスに追加して実施したもの。清潔な飲料水の確保は、健康を維持し、コレラなどの水系感染症のまん延を防ぐために不可欠だ。
予防接種
MSFが使用するワクチンの半分以上は、現地の保健省からGaviを通じて調達されている。例えば、MSFが最も多くの子どもたちにワクチンを接種してきたコンゴ民主共和国では、2023年だけでも200万人以上にはしかやコレラなどの予防接種を行っており、この決定は大きな打撃を与えるだろう。

心のケア
南スーダンから逃れてきた人びとが生活しているエチオピアのクレ難民キャンプでは、MSFのチームが5万人以上の難民を対象に診療所を運営している。
このキャンプ内で、米国から資金援助を受けていた援助団体が突然、性暴力の被害者に提供していた心のケアと社会サービスを中止し、スタッフを撤退させた。MSFは医療の提供を続けているが、心のケアおよび社会サービスはカバーできない状態となっている。
非感染性疾患
米国の資金削減により、ジンバブエでは、子宮頸がんのスクリーニングを促すアウトリーチ活動を行っていた現地の団体が、活動の中止を余儀なくされた。
子宮頸がんは予防可能な病気にもかかわらず、ジンバブエにおけるがん関連の最大の死因となっている。特に農村部では、多くの女性や少女が診断や治療を受ける余裕がない、あるいはその機会がないため、アウトリーチ活動やスクリーニング、予防活動が極めて重要となっている。