米国の「大統領エイズ救済緊急計画」の資金援助凍結をめぐり世界が混乱──数百万人ものHIV/エイズ患者の命に影響
2025年02月19日
米国政府が、米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)への資金拠出を一時凍結すると発表したことで、世界各地のHIV感染者にすぐに影響を与えたと、国境なき医師団(MSF)はみている。政府はその後、いくつかの治療プログラムを少なくとも4月までは続けるとしたものの、他の重要な活動は凍結されたままであることを、MSFは懸念している。
HIV対策に不可欠な活動が凍結に
PEPFARは、2003年に発足した米国政府による世界規模のHIV対策プログラム。米国務省の発表では2022年9月現在、世界で2000万人を超える人びとが、このプログラム下で抗レトロウイルス薬(ARV)の投薬治療を受けた。母子感染予防も併せ、国務省は「これまでに2500万人以上の命を守ってきた」としている。
「米国政府がPEPFARの資金を凍結してから3週間以上が過ぎました。多くの人びとにとって非常に重要な生命線ですが、これが断たれてしまったのかどうか、今も混乱と不安が広がっています」と、MSF米国の事務局長アブリル・ブノワは話す。
「一部の活動には限定的な凍結免除措置が与えられているものの、MSFが活動する多くの国で、人びとがすでに命を守る医療へのアクセスを失ったり、治療がいつまで続けられるかわからなかったりという状況を目にしています」
「一部の活動には限定的な凍結免除措置が与えられているものの、MSFが活動する多くの国で、人びとがすでに命を守る医療へのアクセスを失ったり、治療がいつまで続けられるかわからなかったりという状況を目にしています」
MSFは米国政府に対し、他の重要な医療・人道援助活動と同様、 PEPFARの全事業をただちに再開するよう求めています。
MSF米国 事務局長アブリル・ブノワ
1週間以上続いた混乱と活動凍結後の2月1日、米国政府はHIVに関する特定の指針を定めた限定的な凍結免除を発表し、一部のプログラムの再開を許可した。しかし、その指針は不明瞭で、また、各国の現場で活動するPEPFARの各チームにすぐには伝わらなかった。
MSFがつながりを持つ各地の組織から情報を集めたところ、この限定的な免除によって活動を再開できた組織は1つもなかった。そして2月6日、米国政府はHIVのケアと治療、母子感染予防(PMTCT)プログラムに関する新たな指針を発表した。
しかし、MSFはこの追加された指針に、HIVの予防、治療、ケア、支援に関する重要な分野が含まれていないことに懸念を抱いている。その分野とは、例えば、LGBTQの人びとや性労働者を含むすべての感染リスクにさらされやすいグループを対象とした曝露前予防(PrEP)、感染率の高い国における思春期の少女や若い女性への働きかけ、コミュニティ主導のモニタリング・プログラムなどで、これらのサービスはHIVの流行に適切に対応するために不可欠だ。

MSFの活動にも各地で影響が出ている
MSFは米国政府からの資金援助を受けておらず、PEPFARの予算削減や凍結による直接的な影響は受けないが、MSFの活動の多くは中断されたプログラムに関連している。一部の地域では、活動の調整や変更を余儀なくされており、この凍結によって、すでに世界各地のプロジェクトに間接的な影響が出ている。
MSFがHIV/エイズおよび関連の保健プログラムを複数実施しているサハラ以南のアフリカでは、すでに患者への影響が出始めている。南アフリカ共和国では、PEPFARの資金援助を受けた団体を通じて検査、治療、PrEPなどHIV関連のサービスを提供してきた多くの診療所が閉鎖され、人びとは必要な薬をどこで入手できるのか分からず、困惑し、不安を抱えている。
モザンビークでは、包括的なHIVサービスを提供していたMSFの主要パートナー団体が、活動を完全に停止せざるを得なくなった。ジンバブエでも、ほとんどの団体が活動を停止しており、特に若い女性の新規HIV感染を減らすことを目的とした「DREAMSプログラム」に支障が出ている。
「いかなるHIVのサービスや治療の中断も人びとにとって非常に大きな苦難であり、治療停止にいたっては緊急事態と言えます」と、MSF南アフリカの医療ユニット・ディレクターであるトム・エルマンは語る。
「いかなるHIVのサービスや治療の中断も人びとにとって非常に大きな苦難であり、治療停止にいたっては緊急事態と言えます」と、MSF南アフリカの医療ユニット・ディレクターであるトム・エルマンは語る。
HIVの薬は毎日服用しなければ、耐性ができてしまったり、命にかかわる合併症を引き起こしたりするといった危険性があります。
MSF南アフリカ 医療ユニット・ディレクター トム・エルマン
コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)では、援助の凍結により、首都キンシャサで実施されてきたARVの配布で最も成功したモデル事業に、すでに影響が及んでいる。そのモデルとは、地域社会の運営による薬の無料配布と、地元で「PODIs」として知られるピアサポートだ。
HIV感染者に対する偏見が根強く、貧困が治療を受ける上での障壁となっているコンゴにおいて、PODIsは治療の遅れや中断に対処するために、医学的に必要なアプローチであることが証明されている。
HIV感染者に対する偏見が根強く、貧困が治療を受ける上での障壁となっているコンゴにおいて、PODIsは治療の遅れや中断に対処するために、医学的に必要なアプローチであることが証明されている。
しかし、PEPFARが支援している治療の拠点が閉鎖され、他の活動も凍結されたことで、多くの人びとが支援を受けられなくなり、HIVの重症化のリスクが高まっている。MSFはキンシャサで重症患者の治療を支援しているが、混乱が続けば、増大する需要に対応しきれなくなる可能性もある。

南スーダンでは、HIV感染者のうち自身の感染状態を認識しているのは約51%で、治療を受けているのは47%にすぎない。このプログラムが中止されれば、何千人もの人びととそのコミュニティに壊滅的な影響が及ぶだろう。MSFはPEPFARと協力しながら治療を提供し、このプログラムによって多くの命が守られている様子を目の当たりにしてきた。南スーダンにおいてPEPFARは人びとの生命線なのだ。
PEPFARは命綱 直ちに活動の再開を
PEPFARが支援するプログラムは、米国の対外援助システムの他の構成要素、具体的にはUSAIDによる実施支援や米国疾病対策センター(CDC)による技術支援、その他の支援と密接に関連している。
対外援助の凍結や停止命令がこれら他機関に影響を与え続けていること、また、これらの機関のスタッフが即時休職や召喚を命じられていることを考えると、現在認められている限定的な活動でさえ、いつ、どのように再開できるかは不明確だ。
「このような活動の停止は命を奪い、HIVに対する長年の進歩を台無しにすることになるでしょう」とブノワは話す。
PEPFARが命綱である何百万人もの人びとにとって、一日一日が過ぎていくごとに緊急事態となるのです。
MSF米国 事務局長アブリル・ブノワ
PEPFARが支援するプログラムは、過去20年以上にわたり、パートナー国の幅広い医療体制の主要分野に深く組み込まれてきた。ゆえに、これらの混乱の影響は広範囲に及ぶ。影響を受けたサービスは、HIVの治療と予防にとどまらない。例えばウガンダでは、エボラウイルスを含む感染症の監視と対応のうち、PEPFARの資金援助を受けていた活動が停止されている。
「25年前、MSFが南アフリカで初めてHIV/エイズ患者の治療を始めたとき、薬局にARVは置かれておらず、すべての診断が死刑宣告のように感じられ、地域社会はウイルスのまん延を食い止めようと必死でした」とエルマンは語る。
それ以来、PEPFARの支援は2500万人以上の命を守り、HIVとの闘いが真に世界的なものとなるよう後押ししてきた。しかし、予防サービスや治療、特定の人びとを対象としたプログラム、ジェンダーに基づく暴力に関連するプログラム、その他の重要な分野を含むHIV関連のあらゆるプログラム、サービス、物資への継続的なアクセスがなければ、今後の成功は望めないとMSFは訴える。
そして、医療に従事する団体として、MSFはこのプログラムの混乱を深く憂慮している。
「PEPFARの主要部分が一時的に中断するだけでも、HIV感染のリスクにさらされている人びとやHIVとともに生きる人びとに悪影響を及ぼします」とブノワは言う。
そして、医療に従事する団体として、MSFはこのプログラムの混乱を深く憂慮している。
「PEPFARの主要部分が一時的に中断するだけでも、HIV感染のリスクにさらされている人びとやHIVとともに生きる人びとに悪影響を及ぼします」とブノワは言う。
私たちは米国政府に対し、PEPFARの活動全般を含む、重要な人道支援および保健医療援助への資金拠出を直ちに再開するよう強く要請します。
MSF米国 事務局長アブリル・ブノワ
