医療サービスの中断、感染症のまん延──米国の援助削減が招いている世界的な人道危機
2025年06月05日
米国政府は国際援助から次々と手を引き、グローバルヘルスおよび人道援助プログラムへの資金削減を進めている。その影響はすでに世界中に及んでおり、特に紛争下やもともと医療体制がぜい弱だった国や地域において、さらに深刻な事態を引き起こしている。
米国の援助削減によって影響を受けている主な国・地域の現状と、この状況下における国境なき医師団(MSF)の活動を紹介する。
米国の援助削減によって影響を受けている主な国・地域の現状と、この状況下における国境なき医師団(MSF)の活動を紹介する。
エチオピア:性暴力の被害者へのケアが突如中止に
5万人以上の人びとが暮らし、MSFも診療所を運営しているエチオピアのクレにある難民キャンプ。ここで、性暴力の被害を受けた人びとに心理社会的支援を行っていた援助団体が、米国の資金削減により、サービスの中止とスタッフの撤退を余儀なくされた。
この団体は、性別やジェンダーに基づく暴力を受けた人びとへのディグニティキット (女性が尊厳を保ち、衛生的に生活するために必要な日用品のセット)の配布、女性や少女たちのための安全なスペースの設置、青少年のためのアウトリーチ活動(こちらから出向いて、援助を必要としている人びとを積極的に見つけ出し、サービスを提供すること)などを行っていた。
女性たちは、このようなサービスが突如として失われることで特に厳しい状況に置かれると語っている。
女性たちは、このようなサービスが突如として失われることで特に厳しい状況に置かれると語っている。
MSFはこのキャンプで医療と心のケアを提供してきたが、こうした性暴力の被害を受けた女性に特化した心のケアや社会的支援のニーズまで代わりに対応することは現時点ではできていない。
また、ティグレ州では、米国の資金援助を受けていた団体が、紛争によるトラウマを抱える人びとへの心のケアを停止せざるを得なくなった。MSFはこの団体の活動を引き継いだが、これによりシェラロで行っている心のケアの患者数がほぼ2倍に増えている。

ハイチ:脅かされる水と衛生のサービス
今年2月と3月にハイチのポルトープランスで発生した暴力により、多くの人びとが避難を強いられ、複数の避難所に滞在している。その避難所で、水と衛生に関する援助活動を行っていた団体「Solidarités International」がサービスの停止を余儀なくされ、MSFがこれを引き継いだ。
Solidarités Internationalはその後、活動を再開したが、避難民が増加しているため、依然として多くのニーズが満たされていない。

メキシコ/中米:移民に対するケアが大幅に縮小
米国の国際援助の削減、そして、移民政策の大幅かつ急な方針転換は、メキシコおよび中米の移民の移動ルートでも人びとに深刻な影響を与えている。女性や子ども向けのシェルター、法的支援、暴力を受けた被害者への支援など、不可欠なサービスが閉鎖されたり、大幅に縮小されたりしている。
ホンジュラスのダンリやサンペドロスーラ市、メキシコのタパチュラとメキシコ市では、患者とMSFをつなぐ紹介ネットワークがほぼ消滅し、多くの移民が安全に眠れる場所、食料、法的・心理社会的支援を利用できなくなっている。
ホンジュラスのダンリやサンペドロスーラ市、メキシコのタパチュラとメキシコ市では、患者とMSFをつなぐ紹介ネットワークがほぼ消滅し、多くの移民が安全に眠れる場所、食料、法的・心理社会的支援を利用できなくなっている。
また、グアテマラのテクン・ウマンでは、女性や子どもなどぜい弱な人びとのために設けられていた「カサ・ビオレタ」などの施設が閉鎖され、それに代わるサービスも整っていない。
ホンジュラスのサンペドロスーラ市でMSFが行っているHIVのプログラムでは、1月から3月に曝露前予防(PrEP)の薬剤の提供量が前四半期に比べ70%増加した。これは、米国際開発局(USAID)の資金削減によって他のHIV予防サービスの提供が減り、需要が高まっていることを浮き彫りにしている。

ソマリア:医療や栄養失調のプログラムがひっ迫
米国の資金削減は、慢性的な干ばつ、食料不安、紛争による避難の問題に苦しむソマリアの人びとにも甚大な影響を与えている。バイドアとムドゥグ地域では、米国の資金援助の削減と人道援助の全般的な不足により、援助団体の活動規模が縮小され、医療や栄養支援プログラムがさらにひっ迫している。
例えば、バイドアの母子診療所と栄養治療センターが閉鎖され、何百人もの栄養不良の子どもが毎月のケアを受けられなくなった。MSFがバイドアで行っている栄養治療プログラムでは、資金削減以降、重度の急性栄養失調で入院する患者が増加している。
また、MSFが支援するベイ地域病院には、他の施設の閉鎖を受け、120マイル(約190キロメートル)も離れた場所から患者が治療を求めて訪れている。
また、MSFが支援するベイ地域病院には、他の施設の閉鎖を受け、120マイル(約190キロメートル)も離れた場所から患者が治療を求めて訪れている。

南スーダン:コレラが急増 緊急対応がさらに困難に
南スーダンでは首都ジュバをはじめ、ベンティウ、ランキエン、オールド・ファンガク、マラカル、ウランなど複数の地域でコレラの流行が広がっている。暴力の激化、大規模な避難、そして、多くの国際機関が資金削減や治安の悪化を理由に人道援助活動を縮小する中、感染者は急増している。
暴力による甚大な被害を受けた地域では、米国政府などから外部資金を受けていた援助団体が移動診療や安全な水の供給を行っていたが、今は停止されている。これにより、緊急事態への対応における長年の課題がより深刻化し、すでにぜい弱だった医療アクセスがさらに悪化している。
MSFは国内全域でコレラの緊急対応を強化している。2024年11月以降、MSFは1万200人以上に対しコレラの治療を行った。他の援助団体が撤退した地域においても、MSFは深刻な物流や運営上の課題がある中、命にかかわる治療活動、地域コミュニティに根差した調査活動、地元保健当局に対する支援を継続している。
外部資金と人道援助の縮小は、これまでも慢性的に限られていた対応能力に、さらに深刻な影響を及ぼしている。現地の医療体制は限界に達しており、特に遠隔地にあるコミュニティでは、治療へのアクセスが遅れ、予防可能な病気での死亡やさらなる感染症拡大のリスクが高まっている。
MSFは、特にリスクが高い地域や医療サービスが行き届いていない地域において、持続的かつ柔軟な資金援助と活動の拡大が緊急に必要だと強く訴えている。
