シリア:旧政権崩壊から8カ月──14年近い内戦が残した“医療の空白”と“深刻な人道危機”

2025年08月05日
避難民キャンプのテントで料理していた際、誤って右脚に重いやけどを負った女性(左)。国境なき医師団(MSF)の看護師が包帯を交換している=シリア北西部イドリブ県アトメのやけど治療病院で2025年3月11日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF
避難民キャンプのテントで料理していた際、誤って右脚に重いやけどを負った女性(左)。国境なき医師団(MSF)の看護師が包帯を交換している=シリア北西部イドリブ県アトメのやけど治療病院で2025年3月11日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF

2024年12月8日、シリアで前政権が崩壊した。14年近くにわたる内戦に揺れたシリアにとって大きな転機となった。

国境なき医師団(MSF)は、旧政権時代には活動が許されなかった地域に入った。そこで深刻な人道危機をあらためて目の当たりにしている。人びとは故郷に帰れても、多くの地域で医療が機能していない。インフラも破壊されており、住まいや水といった生活基盤を整えることすらままならない状況だ。

シリア国内では1650万人が支援を必要としており、その人数はいまなお増え続けている。MSFは活動地域をさらに拡大。保健省とも連携しながら、医療や衛生環境、人材育成など幅広い分野で人びとの命を守る援助を続けている。 

崩壊した医療

「シリアではいま、深刻な医療ニーズが生じています」

ブライアン・モラー MSFの現地活動責任者

MSFの現地活動責任者・ブライアン・モラーは、シリアの現状についてこう語る。

より広範囲の人びとに援助を届けるため、MSFの活動地域を全14県のうち11県へと拡大した。

シリアでは10年以上にわたり、十分に治療を受けられない状態が放置されてきた。内戦中に病院などが相次いで壊されたことで、地方を中心に多くの地域で医療体制が崩壊したためだ。 

シリア南部ダマスカス郊外県のムハンマド・イッサさん(右)は交通事故で右脚に深い傷を負った。十分な治療を受けられず症状は悪化したが、現在はMSFの移動診療で定期的なケアを受けられている=2025年5月7日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF
シリア南部ダマスカス郊外県のムハンマド・イッサさん(右)は交通事故で右脚に深い傷を負った。十分な治療を受けられず症状は悪化したが、現在はMSFの移動診療で定期的なケアを受けられている=2025年5月7日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF


かろうじて破壊を免れた医療施設でさえ、人手不足などの理由から機能していない。一部は完全に閉鎖した。何とか稼働する施設でも、紛争によってますます求められる医療の需要に対応しきれていない。

例えば、慢性疾患の患者は本来の治療を受けられていない。長年の経済危機によって国民の9割が貧困に陥るなか、薬があっても高すぎて手を出せないことが背景にある。

国際援助の削減も追い打ちをかけている。医療分野を含め、多くの団体が急きょ支援を打ち切らざるを得なくなった。一部の医療施設は活動を縮小するか、完全に閉鎖するかという苦渋の選択を迫られている。

帰った故郷で待っていたもの

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2024年11月下旬~2025月7月に、シリアでは150万人以上の国内避難民が元々住んでいた場所へ帰還。また2024年12月初旬から現在までに、64万1000人以上のシリア難民が周辺国から戻ってきたという。

しかし、故郷では別の困難が待ち受けていた。

シリア北西部アレッポ市にあるアンジャーラ村。崩れ落ちた建物や人けのない風景が内戦の爪痕を表している=2025年5月7日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF
シリア北西部アレッポ市にあるアンジャーラ村。崩れ落ちた建物や人けのない風景が内戦の爪痕を表している=2025年5月7日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF


まずシリアの多くの地域で、家屋や電力網、水源といった生活インフラが深刻な被害を受けている。 多くの人は損壊した崩れかけの建物に住むことを強いられ、下敷きになる危険と隣り合わせで生きている。

内戦の遺物も残されたままだ。不発弾や地雷が住宅や農地の至るところに散乱しており、暮らしの再建を大きく妨げている。 

劣悪な水と衛生環境

水の問題もある。人びとの戻ってきた居住地や避難民キャンプでは、電力不足や干ばつ、インフラの崩壊により、清潔な水を手に入れることが難しい。

その結果、多くの人びとが給水車に頼らざるを得ない。ただ、保管や運搬の管理が不十分な場合もあり、水が汚染されている危険性もある。

下水やごみ処理の仕組みも一部だけ機能しているか、地域によっては完全に止まったままだ。 

シリア北東部ハサカ県で飲み水をくむため、NGOが設置した大型タンクの前に並ぶ女性と子どもたち=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
シリア北東部ハサカ県で飲み水をくむため、NGOが設置した大型タンクの前に並ぶ女性と子どもたち=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF

劣悪な水と衛生環境が、人びとの健康に深刻な影響を及ぼすのではないかと懸念しています。

キャロライン・チェスナット 現地MSFの水・衛生事業統括

そう説明するのは、シリアでMSFの水・衛生事業を統括するキャロライン・チェスナット。現地では過酷な環境の下、皮膚に生じる感染症や、水を介して広がる急性・慢性の下痢症などへの病気の危険性が高まっているという。

命を守る援助、これからも

こうした中、MSFは各地で医療援助を続けている。

北西部イドリブ県では、2012年からアトメで唯一のやけど治療に特化した病院を運営している。2017年からは同県サルキンでも保健当局と病院を共同で稼働している。

他に、東部デリゾール県で救急医療、北東部ラッカ県で栄養治療、南部ダラ県で産科ケアに取り組むなど、複数の病院で活動を続けている。 

イドリブ県サルキン病院にある新生児の集中治療室。MSFは2017年からこの病院を県保健局と共同運営している=2025年5月4日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF
イドリブ県サルキン病院にある新生児の集中治療室。MSFは2017年からこの病院を県保健局と共同運営している=2025年5月4日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF


人材育成にも取り組んでおり、各地の医療施設で大勢のけが人を想定した対応訓練を実施。国内の病院5カ所ではやけど治療の部門を支援しながら、保健省と協力して体制の拡充も進めている。

また、国内15カ所の1次医療施設や診療所でも活動している。外来診療のほか、慢性疾患の治療、リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)、心のケアなどを提供している。

イドリブ、アレッポ、ダマスカス郊外などにある医療が届きにくい地域では、移動診療を通じて1次医療を届けられるようにしている。 

さらに、MSFは居住地と避難民キャンプの両方で、水と衛生環境の改善活動をしている。井戸の修復を進めながら、住民に安全な飲み水を届けている。

「この長引く紛争のなかで活動を続けられたのは、シリア人の尽力があってこそ」と現地スタッフに感謝するモラー。

今後の活動について、こう決意を新たにした。 
MSFがダマスカス郊外県の東グータ地域に展開する移動診療。<br> スタッフ(中央)が来院者に正しい手洗いの方法を教えている<br> =2025年5月7日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF
MSFがダマスカス郊外県の東グータ地域に展開する移動診療。
スタッフ(中央)が来院者に正しい手洗いの方法を教えている
=2025年5月7日 Ⓒ AbdelRahman Sadeq/MSF

MSFはこれからも、最も緊急性の高い援助や、医療へのアクセスを妨げる本質的な問題に対して声を上げ続けていきます。

ブライアン・モラー MSFの現地活動責任者

MSFが支援するシリア北東部ラッカ県の入院型治療センターで、栄養失調の子どもたちに付き添う母親たち=2024年11月6日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
MSFが支援するシリア北東部ラッカ県の入院型治療センターで、栄養失調の子どもたちに付き添う母親たち=2024年11月6日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF

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