【動画】10年ぶりに訪れたシリアで見た内戦の爪痕──「支援はこれからが本番」国境なき医師団日本事務局長
2025年12月08日「第二次世界大戦後、最悪の人道危機」と言われ、14年近くに及んだシリアでの内戦が2024年12月に終わって1年。現地の人びとの状況は今、どうなっているのか。復興は始まったのか。
かつて内戦中にシリア北西部で医療・人道援助に従事した国境なき医師団(MSF)日本事務局長の村田慎二郎が今年8月、10年ぶりにシリアを訪問した。MSFが活動する各地を訪れ、シリアの医療・人道状況を調べた。
村田はその結果をもとに訴える。「シリアの復興はまだ始まっていない。支援の本番は、これからです」
10年ぶりのシリア訪問──村田の報告
政権崩壊で初めて訪れることができた首都ダマスカス
私は2012年から15年までシリア北西部のアレッポで、活動責任者として医療・人道援助活動に従事していました。政権軍の攻撃下で、傷ついたり病気になったりした人びとへの医療を維持することが、主な任務でした。
しかし当時、首都ダマスカスに行くことはできませんでした。当時のシリアで、MSFは反体制派が実効支配する地域だけでしか活動できなかったのです。ダマスカスなどアサド政権の支配地域では、政権側がMSFの活動を認めなかったからです。
当時の私にとって「前線の向こう側」にあるダマスカスは、行きたくても行くことができない場所だったのです。
そのダマスカスに入ると、本当に最近まで戦争していたのか不思議に思うくらい平穏で、街は賑わい、明かりもこうこうとついていて、店もレストランもお客さんであふれていました。
言葉を失う破壊
しかし郊外の東グータという地域に行くと、言葉を失いました。
ダマスカスの都心から車で1時間もかからない近郊なのに、ふとあたりを見回すと、見渡す限り全ての建物が骨組みだけになり、中が吹き飛んでいるのです。内戦中に反体制派地域だった東グータはアサド政権軍による激しい攻撃を受け、「この世の地獄」とまで言われた地区です。「人間というのは、ここまで残酷になれるのか」と思うほど、徹底した破壊がくっきりと残っていました。今のパレスチナ・ガザ地区に近い状況です。
東グータには、がれきの中でありあわせの建材やテントでつくった仮住まいでしのぐ人びとがいます。
MSFは内戦の間、映画『ザ・ケーブ』の舞台にもなった地下病院などに医療物資の提供をしていましたが、旧政権の崩壊後、この地で再び直接活動できるようになりました。移動診療チームも派遣し、人びとの医療ニーズに応えようとしています。
しかし、大規模な住民の帰還は、まだ始まっていません。
戻るに戻れないー国民の7割に人道ニーズ
東グータでは、水や電気といったインフラが破壊されたままです。このままでは、避難していた人びとが戻ってきても、生活は極めて困難です。東グータに限らず、シリア各地が同様の状況のため、国内外に避難した人びとの帰還は進んでいません。生活環境が整わなければ、戻る意味がないからです。
内戦の終結は、直ちに人びとの暮らしが立て直されることを意味しません。まずインフラや医療、教育など生活の基盤になるものを復興させないと、その地での生活は成り立たないのです。
今、シリア国民の7割が人道援助を必要としています。
北西部イドリブの避難民キャンプでは、ほとんど何の家財もないまま、私が訪れた8月には40度を超える気温の中でテント暮らしをしている大勢の人びとがいました。暑くて、何もなくて、そこにいるだけでも厳しいという環境です。それでも私たちの姿を見ると、「どうぞ」と招き入れ、お茶を出そうとするのです。
お茶は丁重に辞退しましたが、客人を大切にするシリア社会の伝統は、こんな状況でも保たれているのかと思いました。その人たちにも自宅に戻らないのかと尋ねると、「とても暮らせる状況ではないので、ここに残っています」とのことでした。さらに、別のNGOが運営していた近くの診療所が資金不足で活動停止となり、とても困っていました。
巨大なニーズ、しかし届かない援助
ダマスカスではシリア暫定政府のアルアリ保健相にお会いしました。保健相からは、救急車やMRI、CTなどを何とか調達してほしい、と言われました。内戦でほとんどの医療器材が使い物にならなくなっている、というのです。中部のシリア第3の都市ホムスなど、訪れた各地で地元保健当局の人に同じようなことを言われました。
戦闘は基本的に終わり、本来であれば国を再建するフェーズに入るはずですが、暫定政府にお金がない。税収の仕組みができていない。だから保健省が医療スタッフに給料を払えない。薬も機材もない。そういう状況です。 南部ダルアーの病院を視察した際、X線の撮影機はボロボロでグラグラしており、本当に診療に使えるのか不思議なほどでした。
こうした国家レベルの大規模なニーズは、MSFのようなNGO単独では対処できません。各国政府による政府間援助や、国連機関などで大きな予算を付けて取り組むべきことです。
しかし、シリアにはまだ、各国からの援助は届いていません。内戦中にダマスカスから退避した日本大使館も、まだ戻ってきていません。そこに世界的な人道援助予算の削減の流れが重なり、シリア内外の避難民キャンプで、MSF以外のNGOや国連機関が活動停止に追い込まれています。
シリアでのMSFの役割は
医療・人道援助団体であるMSFは、最も弱い立場に置かれた人びと、最も支援の手から遠い人びとに援助の手を差し伸べることが活動の基本です。シリアは内戦が終わったとはいえ、北東部や南部などに緊張が残っています。社会が壊れやすい状況であることは間違いなく、緊急対応能力を残しておかなければなりません。
いまMSFが各地で運営する基礎診療所で多いのは、下痢や疥癬(かいせん)などの皮膚感染症です。清潔な環境がなく、安全な水へのアクセスが難しいからです。こうした、水と衛生の改善にも取り組む必要があります。やらなくてはいけないことは非常に多いです。
イドリブ県にあるMSFが運営するやけど専門の病院を訪れた時、女性の患者さんが「レバノンから来た」と話していました。彼女はレバノンで難民生活を送っていたましたが、レバノンにそのような施設がないため、わざわざここまで来たと聞き、驚きました。MSFの取り組みが人づてに伝わり、隣国でやけどを負った人が治療を求めてわざわざMSFの病院を訪れる。その事実はとても印象的でした。
MSFは欧米諸国による国際援助の削減の影響は受けていません。米国政府などから資金を受けていないからです。しかし、同じ地域で活動する他のNGOや国際機関が活動停止に追い込まれ、MSFへの期待と負担が、急激に高まっています。
シリア支援は、これからが本番です。日本からの支援は包帯の一巻きとなり、縫合の一針になり、ワクチンの一接種となって現地で医療が緊急に必要な人たちに確実に私たちが届けます。
どうか、皆さまの力をお貸しください。




