シリア:北東部で続く“静かな危機”──最低15ドルの月収、9割が受診断念……国境なき医師団調査

2025年11月11日
国境なき医師団(MSF)が支援する入院栄養治療センターで、治療を受ける栄養失調の子ども(左)にミルクを与える母親=シリア北部ラッカ県で2024年11月6日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
国境なき医師団(MSF)が支援する入院栄養治療センターで、治療を受ける栄養失調の子ども(左)にミルクを与える母親=シリア北部ラッカ県で2024年11月6日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF

14年近くにわたる内戦の終結から間もなく1年を迎えるシリア。その北東部でいまも医療、水、食料へのアクセスが極めて限られていることが、国境なき医師団(MSF)の調査で浮き彫りとなった。

シリア北東端ハサカ県で今年、地域住民と国内避難民を合わせた150世帯以上に聞き取りをした結果、人びとは高い医療費や施設不足、水資源の枯渇、貧困に伴う栄養失調などに苦しんでいた。

MSFは、基本的な生活インフラの崩壊が人道危機を深めているとして、国際社会や当局に対し、支援の拡大と連携強化を呼びかけている。

届かない医療──高額な費用、施設不足が壁に

戻りたくても、戻る場所がありません。帰られるような援助も、住まいも、頼れるあてもない。支援がなければ、帰還は困難ではなく“不可能”なのです。

ハサカ県北部出身の避難民 アラアさん(仮名)

2024年12月、シリアで前政権が崩壊して14年近くに及ぶ内戦が終結。しかし国内避難民の多くは、いまだに「故郷に戻ることはできない」と訴えている。

その原因は、不安定な治安や失われた住居、帰還者への支援の欠如などさまざまだ。

MSFが6月に実施した調査では、人びとは生活基盤さえ厳しい状況にあることが確認された。

MSFが支援する非感染性疾患(NCD)のクリニックを後にする母子=シリア北東端ハサカ県で2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
MSFが支援する非感染性疾患(NCD)のクリニックを後にする母子=シリア北東端ハサカ県で2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF


まず、医療を十分に受けられていない。

85%の世帯では、少なくとも1人が糖尿病や高血圧などの非感染性疾患(NCD)を抱えていた。

にもかかわらず、回答者のうち90%は「受診を先延ばししたり諦めたりした」と話した。その理由として「診療費や薬代の高さ」「近くに医療施設がない、または機能していない」「交通費の負担」などを挙げていた。

ハサカ県に住むフーラさん(仮名)は、支払える医療費がなかったことで慢性疾患を持つ父親を亡くした。

父の慢性疾患の薬を4カ月以上手に入れられず、病状が悪化して手術が必要になりました。必死にお金をかき集めましたが、間に合いませんでした。父は亡くなってしまったのです。

父を亡くしたハサカ県の住民 フーラさん(仮名)

MSFが支援するハサカ県のNCDクリニックで薬を受け取る患者=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
MSFが支援するハサカ県のNCDクリニックで薬を受け取る患者=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF

水資源の枯渇──女性が直面する過酷な現実

また、北東部の水不足が大きな課題となっている。

背景には、気候変動や水資源の兵器化、長期化する干ばつ、地下水の過剰なくみ上げなどが重なったことがある。そのうえ、現地の主要な給水施設が繰り返し損壊し、状況は一層悪化している。

ハサカ県にある村の上空から撮影された川の流域。干ばつによる水不足で川床に深いひび割れが生じている=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
ハサカ県にある村の上空から撮影された川の流域。干ばつによる水不足で川床に深いひび割れが生じている=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF


2019年以降、約100万人の地域住民にとって安全な水源だったアルーク浄水場が断続的に停止。多くの家庭が汚染された水に頼らざるを得ない状況となっている。

MSFの調査では、「十分な水を安定して確保できている」と答えた世帯は37%にとどまった。

ラッカ県北西部にある村近郊のユーフラテス川岸に、ボートとディーゼルエンジンが並んでいる。川の水位が大幅に低下していることがわかる=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
ラッカ県北西部にある村近郊のユーフラテス川岸に、ボートとディーゼルエンジンが並んでいる。川の水位が大幅に低下していることがわかる=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF


内戦中にハサカ県へと避難してきたハリドさん(仮名、26歳)はこう嘆く。

いまは5日に1回しか体を洗えません。清潔さを取るか、水分補給を取るか、私たちはどちらかを選ばなければならないのです。

ハサカ県へ避難してきた住民 ハリドさん(仮名)

さらに、別の問題も生じている。

現地では、水の確保は主に女性の役割とされている。女性が長距離を移動するなかで身体的な疲労を感じているほか、時には嫌がらせや性被害の危険にもさらされているのだ。

ハサカ市でNGOが設置した大型の赤い給水タンクから水をくむ女性たち=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
ハサカ市でNGOが設置した大型の赤い給水タンクから水をくむ女性たち=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF


ハサカ県に住む女性のファティマさん(仮名、27歳)は自身の体験をこう証言する。

給水タンクに水を取りに行った時、配水を管理している男性が「手伝ってあげる」と言いながら私に触れてきました。私は恐ろしくなって水も取らずにすぐ帰りました。それ以来、1人では行けなくなってしまったのです。

ハサカ県の住民 ファティマさん(仮名)

中には、水の提供と引き換えに性行為を要求する業者も報告されており、現地の深刻な状況を表している。

深まる貧困と栄養失調

また、貧困による食料不足の問題も根深い。

多くの家庭は地元の市場で食料を買っているが、収入が極めて少なく、最低限のものすら手に入らない。

4人の子どもを育てる母親、ハディージャさん(仮名)はうなだれる。

母親として、子どもたちが一番大切です。自分は食事を抜いてでも、子どもたちには食べさせます。それでも彼らにとって十分ではなく、食べ物を欲しがるのにあげられないときの絶望は言葉になりません。

4人の子どもの母親 ハディージャさん(仮名)

ハサカ市で、給水タンクからくんだ水を小型の手押し車に載せて運ぶ女性。現地では深刻な飲料水不足が続いている=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
ハサカ市で、給水タンクからくんだ水を小型の手押し車に載せて運ぶ女性。現地では深刻な飲料水不足が続いている=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF


世帯収入の中央値は月150米ドルと報告され、額は最低で15ドル、最高でも200ドルの範囲にとどまった。

収入の低い家庭では、食料がもはや手の届かないものとなっており、77%の世帯が「月に複数回、食料が不足している」と訴えた。

MSFシリア北東部の活動プログラム責任者、バーバラ・ヘッセルはこう指摘する。

北東部の危機は、単なる内戦の問題ではありません。人びとが尊厳をもって生きる力が、日々削り取られているのです。

MSFシリア北東部の活動プログラム責任者 バーバラ・ヘッセル

「今こそ支援の拡大を」

MSFはこうした課題に対応するため、ハサカとラッカの両県で現地保健当局と協力し、NCD治療を専門とするクリニックを支援している。

MSFが支援するラッカ県のNCDクリニックを訪れる患者ら=2024年11月7日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
MSFが支援するラッカ県のNCDクリニックを訪れる患者ら=2024年11月7日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF


また、最近はハサカ県内で井戸12カ所を修理し、主要な配水施設2カ所の復旧も支援した。

地域住民に安全な水を届けるとともに、アルーク浄水場が再稼働したときに円滑に配水できるよう備えている。

ラッカ県北西部の村近郊で、ユーフラテス川から水を引くために設置されたプラスチックパイプ。その間で羊の群れが草を食べ、川岸の至るところには水位の低下で穴があいている=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF
ラッカ県北西部の村近郊で、ユーフラテス川から水を引くために設置されたプラスチックパイプ。その間で羊の群れが草を食べ、川岸の至るところには水位の低下で穴があいている=2024年11月4日 Ⓒ Gihad Darwish/MSF


さらに、ラッカ県では入院、外来のどちらにも対応した栄養治療の施設を運営しており、栄養失調の子どもたちを受け入れている。

MSFは、支援者、人道援助機関に対し、さらなる資金と連携体制の強化を求めている。また、すべての紛争当事者に対し、国際人道法に基づいて、水処理施設などの民間インフラを保護する義務を守るよう呼びかけている。

ヘッセルはこう強調する。

住民たちは食料を買うか、薬を買うか、水を確保するかの“不可能な選択”を迫られています。いますぐに支援をし、政治的な決断をしなければ、多くの人びとが防げるはずの苦しみに直面し続けるでしょう。

MSFシリア北東部の活動プログラム責任者 バーバラ・ヘッセル

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