シリア:前政権崩壊で解放された人びと──いまなお苦しむ拘束と虐待のトラウマ
2025年08月28日
14年近く続いた内戦が2024年末に終結したシリア。崩壊したアサド前政権下では、正当な司法手続きを通さないまま市民を拘束することが横行していた。
多くの人びとが刑務所などで長期間にわたって拘束された。厳しい環境で虐待や拷問を受け、解放されたいまも心身に深い傷を抱えて生きている。
国境なき医師団(MSF)は、こうした被害者の支援に現地で取り組んでいる。その一人で、6年間にわたって娘たちと拘束された女性が自らの過酷な体験を語った。
多くの人びとが刑務所などで長期間にわたって拘束された。厳しい環境で虐待や拷問を受け、解放されたいまも心身に深い傷を抱えて生きている。
国境なき医師団(MSF)は、こうした被害者の支援に現地で取り組んでいる。その一人で、6年間にわたって娘たちと拘束された女性が自らの過酷な体験を語った。
6年の拘束が残した傷跡
「報復のことをよく考えてしまいます」
こう話すのは、2018年に罪状もないまま当時のシリア治安当局に拘束され、娘たちとともに収容施設へと連れていかれたスハさん(仮名、50歳) 。その途中で通った首都ダマスカス西部メッゼ地区のトンネルは、いまも忘れることができないという。
「一筋の光もない真っ暗なトンネルでした。そこで私は『もう無事に家に帰ることはできない』と悟ったのです」と振り返る。

スハさんは独房に入れられ、娘たちは別の部屋へ。わが子の身を案じ、不安は募るばかりだった。
「自分はどれだけ殴られても気になりませんでした。『これが終わったとき、娘たちがどうしているか分かるかもしれない』と願っていただけです」
拘束は2024年12月に政権が崩壊するまで続いた。

いまでもトラウマに苦しむスハさんは、日常のささいな出来事に過敏に反応してしまう。こうした目に遭わせた人びとに対する復讐(ふくしゅう)の思いに駆られる時もあるが、前を向いて生きようと決めている。
「憎しみや苦しさに心を支配されたくはありません。それは結果的に他人ではなく、自分自身を傷つけることになるからです」
私は、この経験が心に残したすべてのものから自由になりたいのです。
6年にわたって娘たちと拘束された女性 スハさん
地域に根差した被害者支援
政権の崩壊に伴い、スハさんを含む何百人もの囚人や拘束者が解放された。
MSFの医療・精神保健チームには、当時の拘束下の証言が数多く寄せられている。人びとは劣悪な環境に長年にわたって閉じ込められた。食事は足りず、医療も十分に受けられないまま、肉体的・精神的な虐待を繰り返し受けていたという。
MSFの医療・精神保健チームには、当時の拘束下の証言が数多く寄せられている。人びとは劣悪な環境に長年にわたって閉じ込められた。食事は足りず、医療も十分に受けられないまま、肉体的・精神的な虐待を繰り返し受けていたという。

こうした人びとの医療や心のケアの必要性に応えるため、MSFは被害者を対象とした支援プログラムをシリア各地で立ち上げた。
まず、北西部イドリブ県にあった既存プロジェクトで試行した。その後、ダマスカスのムジュタヒド病院内に専門クリニックを開設し、さらに患者の多くが暮らすダマスカス郊外の東グータ地区カフル・バトナにも活動を広げた。ここはかつて反政府勢力の拠点で、長期にわたって包囲と激しい爆撃にさらされていた地域だ。
クリニックでは一般診療に加えて、必要に応じて高度医療への紹介や心理社会支援をしている。さらにソーシャルワーカーを通じ、MSFの枠を超えて地元団体や協会の支援にもつなげている。
支援を阻む“スティグマ”

一方、MSFは女性患者の少なさを課題とみていて、支援の拡大に取り組んでいる。
ダマスカスのクリニック開設から最初の2カ月間で、女性の受診率は全体の15%未満にとどまった。拘束中に性暴力を受けた女性もおり、スティグマ(社会的な偏見)が支援を求める妨げになっている可能性がある。
スハさんもこのクリニックで支援を受ける患者の一人。現在も心のケアを続けながら、娘たちのために少しずつ人生を立て直している。
人びとは拘束を解かれて新しい生活を始めても、同じ国で暮らしている。日常の中で恐ろしい体験がよみがえり、社会に溶け込むのは容易ではない。
ダマスカスのクリニック開設から最初の2カ月間で、女性の受診率は全体の15%未満にとどまった。拘束中に性暴力を受けた女性もおり、スティグマ(社会的な偏見)が支援を求める妨げになっている可能性がある。
スハさんもこのクリニックで支援を受ける患者の一人。現在も心のケアを続けながら、娘たちのために少しずつ人生を立て直している。
人びとは拘束を解かれて新しい生活を始めても、同じ国で暮らしている。日常の中で恐ろしい体験がよみがえり、社会に溶け込むのは容易ではない。
ダマスカスのMSF医療チームリーダー、ローラ・グアルディオラは「シリアで拘束がもたらした影響は、極めて深刻です。想像を絶する虐待環境の下での拘束は拷問に等しく、人びとの心身に深い傷を残しています」と訴えている。
その傷が癒え始めるには時間と支え、そしてケアが必要なのです。
ダマスカスのMSF医療チームリーダー ローラ・グアルディオラ
