メキシコが抱える「見えない戦場」──移民・難民たちに向けられる心身の暴力
2025年06月03日
メキシコの首都メキシコ市──この地に暮らす移民や難民の人びとがいま、深刻な問題に直面している。一つは暴力被害の急増、もう一つは「心の問題」を訴える人びとが急増していることだ。
原因は主に2つ挙げられる。第1に、メキシコを含む中米地域全体における「移民ルート」で治安が悪化していること。第2に、米国政府が新たな移民制限政策を導入したことだ。
原因は主に2つ挙げられる。第1に、メキシコを含む中米地域全体における「移民ルート」で治安が悪化していること。第2に、米国政府が新たな移民制限政策を導入したことだ。
暴力によって蝕まれる心
国境なき医師団(MSF)はメキシコ市で、暴力被害者の支援にあたる「総合ケアセンター(CAI)」を運営している。
MSFは2025年5月12日、CAIでの心のケアに関連する相談件数や患者数が、ここ半年間にわたり急増していると発表した。
その原因として、米国とメキシコの間の「移民ルート」において、犯罪組織や治安組織による相次ぐ暴力行為が挙げられる。さらに、米国や中南米国家による移民政策が一斉に厳格化したことも追い討ちとなった。MSFは、各国政府およびNGOに向けて、こうした事態への対応強化を呼びかけている。
2025年1月から3月にかけて、MSFがCAIで実施した心のケアは485件にのぼった。2024年の3カ月ごとの数値は平均300〜350件だったので、2025年に入ってからいかに増加しているかが分かる。最も多かった症状は心的外傷後ストレス障害(PTSD)で、48パーセントを占めた。さらに、うつ病(39パーセント)、急性ストレス反応(7パーセント)などが続く。
MSFは2025年5月12日、CAIでの心のケアに関連する相談件数や患者数が、ここ半年間にわたり急増していると発表した。
その原因として、米国とメキシコの間の「移民ルート」において、犯罪組織や治安組織による相次ぐ暴力行為が挙げられる。さらに、米国や中南米国家による移民政策が一斉に厳格化したことも追い討ちとなった。MSFは、各国政府およびNGOに向けて、こうした事態への対応強化を呼びかけている。
2025年1月から3月にかけて、MSFがCAIで実施した心のケアは485件にのぼった。2024年の3カ月ごとの数値は平均300〜350件だったので、2025年に入ってからいかに増加しているかが分かる。最も多かった症状は心的外傷後ストレス障害(PTSD)で、48パーセントを占めた。さらに、うつ病(39パーセント)、急性ストレス反応(7パーセント)などが続く。

政治に翻弄される移民と難民
「今年に入ってから、このCAIに深刻な心の問題を抱える人びとが大勢やってきました」と、CAIでコーディネーターを務めるホアキム・ギナルトは語る。
「その大きな背景となっているのが政治です。最近になって米国や中南米国家が実施している新たな移民制限政策が影響しているのです」
2025年1月、ドナルド・トランプ大統領が就任した直後から、新たな大統領令が相次いで発表された。そのなかには、米国の南部国境に関する国家非常事態宣言が含まれていた。移民の取締りに軍を投じる措置、米国への難民の受け入れを一時停止する措置などが図られたのだ。
新政権はこうした大統領令を発令する前から、すでに行動に出ていた。その1つがアプリ「CBP One」の停止だ。このアプリは、米国の南部国境において難民申請を行うツールだった。欠陥も多いアプリだったが、現地で難民申請を行える唯一の手段だった。それが機能を停止したのだ。
さらには、人道援助プログラムへの予算削減も実行された。その結果、難民のためのシェルターや医療サービスに深刻な影響が出ている。
このような政策変更が突然、繰り広げられました。そのせいで、多くの人びとが制度的に窮地に立たされています。庇護を求める手段を奪われ、生活上の支援を受けるすべも失っているのです。
ホアキム・ギナルト CAIのコーディネーター
こうした政治の動きは、移民の立場をさらに危険なものにしている。とりわけ子どもなどのぜい弱な立場にある人びとは、ますます保護を受けられない状況に陥っていく。
そして、人びとは自分の身を守るために、より危険な手段やルートをとらざるを得なくなる。拉致、恐喝、性暴力などのリスクが高い場所に取り残されることもあるのだ。

CAIは「心を立て直していける場所」
CAIは2016年に開設された。拷問などの暴力を受けた人びとに向けて、医療ケア、心のケア、理学療法など、包括的なケアを提供する。そして、そうした人びとが身体的にも精神的にも回復して、「自立」を取り戻すことを目指している。治療期間は通常3〜6カ月であり、常時30〜50人が入院している。
2024年、MSFはメキシコ各地の協力パートナーらとともに、深刻な暴力被害者4500人の対応にあたった。そのうち186人はCAIにおいて包括的な治療を受けた。他の人びとは、移動診療や常設診療所でケアを受けたり、他団体による対応を受けている。
CAIに入院する患者の多くは移民だ。一方、2024年10月以降は、暴力被害を受けて避難などを余儀なくされているメキシコ人の治療にも力を入れている。この時期から、CAIへの入院患者は増大し、合計64人にのぼっている。その規模は以前と比べて50パーセント以上も拡大している。
CAIに入院する患者の多くは移民だ。一方、2024年10月以降は、暴力被害を受けて避難などを余儀なくされているメキシコ人の治療にも力を入れている。この時期から、CAIへの入院患者は増大し、合計64人にのぼっている。その規模は以前と比べて50パーセント以上も拡大している。
「患者の回復と社会復帰が、私たちの目標です」とギナルトは語る。
米国の国境から北米大陸南部にかけて続く移民ルートの途上で、多くの人びとが拉致、恐喝、虐待、性暴力などにさらされています。CAIはそういった暴力を受けた人びとの避難所なのです。
ホアキム・ギナルト CAIのコーディネーター
また、ギナルトは、CAIで治療を受けている人びとについてこう語る。
「CAIには、立場の弱い人びとが訪れます。その大半は女性や子どもです。LGBTQI+の人びとも来ます。彼らが受けた暴力は、身体的なものだけではありません。精神的なものもあります。彼らは、安全を脅かされ、社会への信頼を失い、そして、ウェルビーイングそのものを壊されています。彼らのためにも、専門的なケア体制が必要なのです」
「暴力を受けたことで、周りの人びとを信じられなくなりました」と、CAIで治療を受けているエレナさん(仮名)は言う。
「自分には愛される価値がないんだ、自分は尊厳を受けるに値しないんだと思い込むようになったのです」
「自分には愛される価値がないんだ、自分は尊厳を受けるに値しないんだと思い込むようになったのです」
エレナさんは、CAIでのセラピーを通じて、自尊心を少しずつ取り戻しているという。
ここに来て学ぶことができたんです。自分の過去は自分そのものじゃないんだって。もっと良い未来を作ることもできるんだって──。
エレナさん CAIで治療を受けている女性
別の患者は次のように語った。
「毎日が試練です。不安感を抑えきれない時もある。でも、ここでは、自分の思っていることをありのままに話すことができます。傷ついた心を少しずつ立て直していける場所だと実感しています」
「この地では、過酷な暴力を受けた人びとが大勢います」と、メキシコでMSF活動責任者を務めるヘンリー・ロドリゲスは言う。
「この地では、過酷な暴力を受けた人びとが大勢います」と、メキシコでMSF活動責任者を務めるヘンリー・ロドリゲスは言う。
今こそ、公的機関とNGOの連携を強化すべきです。そして、限られたリソースのなかでも、暴力を受けた人びとに向けて包括的な支援にあたることが重要です。
ヘンリー・ロドリゲス メキシコのMSF活動責任者

中米でのMSFの活動
2024年1月から2025年2月にかけて、MSFはメキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、コスタリカ、パナマにおいて、性暴力被害者約3000人を治療してきた。また、2万件を超える心のケアにも対応してきた。被害の原因は、暴力だけでなく、避難や難民申請といった過程のなかで起きたものも多い。