国境の街に取り残された人びと──メキシコ南部・移民危機のいま

2025年11月05日
メキシコ・チアパス州の都市タパチュラに足止めされている移民たち © MSF
メキシコ・チアパス州の都市タパチュラに足止めされている移民たち © MSF

米国の移民政策は一段と厳しさを増している。その影響を受けている一つが、メキシコ南部の都市タパチュラだ。

グアテマラとの国境沿いにあるこの都市では、現在、数千人におよぶ移民や庇護を希望する人びとが行き場を失っている。彼らは米国を目指して移動することもできず、現地で合法的な滞在資格を得ようにも、複雑な行政手続きに阻まれ、困難となっている。

こうした事態を受けて、国境なき医師団(MSF)は現地で彼らに向けた医療体制の拡充に取り組んでいる。

「中継地」から「足止めの地」へ

移民政策を厳格化しているのは、米国だけではない。北中米地域全体において、移民抑制を求める圧力が強まっている。そうした国際的背景の下、メキシコは「移民を抑え込む国」に変わりつつある。

もともとタパチュラは、米国を目指す人びとにとっての「中継の都市」として機能していた。しかし、今やこの都市は、行き場を失った移民たちが不本意ながら滞在する「足止めの都市」と化している。

転機となったのは2025年1月。トランプ政権がメキシコとの国境を封鎖し、米国への庇護申請に関する主要なプログラムを停止した。それ以来、多くの人びとがタパチュラに留まらざるを得ない状況にある。

人びとはメキシコ国内を合法的に移動することすら、難しい状況だ。複雑な行政手続きが必要な上、現地で正式な労働に就くこともできず、住居や医療といった基本的な生活インフラも利用できない。

「タパチュラは、公共インフラも雇用体制も行政サービスも、十分なレベルではありません」とメキシコ南部のMSFコーディネーター、ルシア・サマヨアは語る。

移民たちの置かれた環境は劣悪です。この都市は、何千もの人びとを受け入れる体制が整っていないのです。

ルシア・サマヨア メキシコ南部のMSFコーディネーター

「実際、多くの人びとが一時的な避難所で、身を寄せ合いながら生活しています。場合によっては、屋外で寝泊まりするしかないのです」

キャラバン──絶望に置かれた移民たちの知恵

こうした状況を受けて、ここ数週間で「キャラバン」と呼ばれる組織が移民によって形成された。キャラバンとは、数百人規模の人びとが支え合いながら徒歩で移動する集団のことだ。

キューバ出身のリカルド・ニロさん © MSF
キューバ出身のリカルド・ニロさん © MSF
ここ半年以上、大規模な移動は見られなかったが、8月8日、最初のキャラバンが移動を開始。10月1日、10月17日にも、さらに2つのキャラバンが出発した。
 
これらのキャラバンは、目的地であるメキシコ市には到達できなかったものの、数日間かけて数百キロを進むことに成功した。
 
キャラバンという形でまとまることが、移動中に直面する虐待、恐喝、暴力などから身を守る助けとなった。正規の移民ルートが事実上閉ざされている中で、自分たちの存在を知らしめ、メキシコ当局に圧力をかける戦略をとったのだ。

「タパチュラでは、職に就ける機会が非常に限られています。ほとんどの仕事は、滞在許可証を必要とします。しかし、行政手続きが遅く、いまだに書類を受け取れていないのです」

そう話すのは、キューバ出身のリカルド・ニロさん(31歳)。キャラバンの一員として、タパチュラから北へと移動する際に、MSFの支援を受けた。
ホンジュラス出身のメリッサ・ルイスさん © MSF
ホンジュラス出身のメリッサ・ルイスさん © MSF
同じくキューバ出身のグリセル・エルナンデスさん(25歳)も語る。
 
「合法的な移民となる手立てが全くないのです。仕事もありません。女性に声がかかるのはバーの仕事だけ。息子もいるのに、このような状況では、まともな生活を送ることもできません」

人びとは、バスターミナルでの不正や差別についても訴えている。

「バスの切符を買おうとしても、売ってもらえなかったり、法外な価格を提示されたりすることもありました」と、ホンジュラス出身のメリッサ・ルイスさん(25歳)は話す。

同じような目に遭っている人は多い。だから私たちは、互いにまとまって支え合うと決めたんです。

メリッサ・ルイスさん ホンジュラス出身の移民

隠れるように生きるしかない

タパチュラはメキシコ南部チアパス州の主要都市であり、人口は35万人を超える。メキシコ国内で最も多くの難民申請が押し寄せる地域の一つとなっており、現在、どれだけの移民が足止めされているのか、正確な数を把握するのは難しい。

メキシコ難民支援委員会(COMAR)の発表によると、2025年にはメキシコ全体で5万2000件を超える難民申請が記録された。そのうち約66%がチアパス州で提出されており、タパチュラが主要な受け入れ拠点となっている。

国際移住機関(IOM)およびMSFの推定によれば、タパチュラに滞在する移民は、ハイチ、キューバ、ホンジュラスの出身者が多い。そのほかにも、さまざまな国籍の人びとが暮らしている。

キューバ出身のグリゼル・ヘルナンデスさん © MSF
キューバ出身のグリゼル・ヘルナンデスさん © MSF
かつてタパチュラが「移動の中継地」だったころ、多くの移民がキリスト教団体の運営する「アルベルゲス」などの避難所に身を寄せていた。

しかし、現在、人道支援の縮小にともなって、そうした避難所の稼働率は平均30%程度にまで落ち込んでいる。

その結果、タパチュラに長期滞在を余儀なくされている人びとは、インフラも整備されておらず、犯罪組織がうごめくエリアに部屋を借りて、生活せざるを得なくなっているのだ。

タパチュラに滞在する人びとの避難場所は分散している。これは、移民に向けられる差別や偏見を回避するためであり、同時に、身柄拘束や強制送還の恐れから、身を隠そうとするためでもある。

こうして移民たちは、いっそう「見えにくい存在」となる。そして、人道援助団体が彼らに支援を届けることも、ますます困難になっていくのだ。

国際援助の縮小──ニーズに応える支援

国際的な援助体制は近年、世界的に資金削減の方向へと傾いている。米国際開発局(USAID)の解体をはじめ、主要な支援国の援助資金が削減されるケースが相次いでいる。

そうした影響を受けて、2025年に入ってから、多くの人道援助団体がタパチュラでの活動を縮小あるいは終了せざるを得なくなった。その結果、移民保護、庇護申請、性暴力を含む暴力被害へのケア、小児医療といったさまざまな分野に深刻な影響が生じている。

MSFは米国政府から資金提供を受けているわけではない。しかし、移民の流れが減少しているため、メキシコ国内での複数のプロジェクトを終了させている。

一方、タパチュラでは依然として援助を必要としている人びとが多いため、活動を継続している。さらに、移動診療を通じて、移民が多く暮らす遠隔地にもサービスを届けている。また、都市内の固定拠点でも活動を続けている。

2025年1月から9月にかけて、MSFは1万1483件の診療と2390件の心のケアを実施した。これは、前年同期(2024年)と比べて、それぞれ128%増、53%増にあたる。こうした大幅な増加は、生活環境の悪化、暴力の多発、医療体制のぜい弱さなどが原因だ。

MSFはまた、路上生活や不完全な住居での生活を余儀なくされている人びとに対して、一次医療を提供している。たとえば、呼吸器感染症、消化器疾患、身体的外傷、未治療の慢性疾患、身体的暴力、性暴力などへの対応だ。

多くの患者は、数週間にわたって医療を受けられず、症状が進行したり、本来なら防げたはずの合併症を抱えた状態で来院してくる。さらに、MSFは健康促進活動、救援物資の配布、重症患者の公立病院への紹介などにもあたっている。

現地で移民の援助にあたるMSFスタッフ © MSF
現地で移民の援助にあたるMSFスタッフ © MSF

見えにくい「心の健康」

移民の抱える「心の健康」も重要な課題の一つだ。人びとがどのような心理的状況にあるか──それは目に見えにくい。

彼らは家族との離別、暴力、差別などを経験し、喪失感を抱え、将来的不安にも直面している。長期にわたる待機、選択肢の欠如、冷酷な処遇などによって、彼らの「心の健康」はさらに悪化していく。

現地で移民の援助にあたるMSFスタッフ © MSF
現地で移民の援助にあたるMSFスタッフ © MSF
現地では、心のケアに関する公的体制がぜい弱なままだ。

世界保健機関(WHO)は、人口10万人あたり5〜10人の精神科医が配置されることを推奨しているが、タパチュラではこの推奨値を少なくとも17倍も下回っている。診療の順番を待つ期間は、3カ月を超えることすらある。

MSFは個人および集団での心のケアを実施しており、自殺未遂、性暴力、日常生活に支障をきたす深刻な症状など、緊急性の高いケースを優先して対応している。

「移動の途中で家族を失った人、性的虐待の被害を受けた人、絶えず恐怖の中で暮らしている人など、さまざまな患者がいます」と語るのは、MSFの心理ケアマネジャー、オルガ・ルシア・ウスカテギだ。

「多くの人が不眠やパニック発作、そして深い絶望感を抱えながらやって来ます」


キャラバンを行わざるを得ない状況、絶え間ない暴力、適切な移民政策の欠如に対し、国際社会は人間の尊厳を守るために、協調的かつ継続的な対応を取ることが強く求められている。

MSFコーディネーターのサマヨアは言う。

「タパチュラでは、何千もの人びとの人生そのものが『行き場を失っている』のです。それが現地の現実そのものなのです」

いま必要なのは、宙ぶらりんの状況に置かれた彼らの声を可視化させること。このメキシコ国境の現実に正面から向き合った対応が、緊急に求められています。

ルシア・サマヨア MSFコーディネーター

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ