米国政府が970万ドル相当の避妊具を廃棄へ 人道危機下の女性の「健康と権利」に深刻な打撃

2025年08月07日
モザンビークの診療所で、中絶した女性の話を聞く国境なき医師団(MSF)の助産師=2023年5月16日 © Miora Rajaonary
モザンビークの診療所で、中絶した女性の話を聞く国境なき医師団(MSF)の助産師=2023年5月16日 © Miora Rajaonary

米国政府が、未使用の避妊具計970万ドル相当を廃棄する計画を発表した。これに対し、国境なき医師団(MSF)は女性と少女の命と健康を危険にさらす、冷酷で無意味な行為であると強く非難する。
 
報道によると、これらの避妊具は医療がぜい弱な地域や紛争で影響を受けた地域に送るために購入され、輸送準備も整っていたという。

使用可能な避妊具を焼却──なぜ

「避妊具は、命を守るために不可欠な医薬品です」とMSF米国の事務局長、アブリル・ブノワは言う。
 
「MSFは、女性や少女たちが妊娠を予防・延期する自由を持つことが、健康面において極めて良い影響をもたらすことを、現場で幾度となく目の当たりにしてきました。反対に、その選択ができず、危険な被害が生じるケースも少なくありません」

数百万ドル相当の避妊具を焼却処分するという決定は、世界中の女性や少女たちの健康と権利を脅かす、 無謀で有害な行為です。

アブリル・ブノワ MSF米国の事務局長

インプラント、経口避妊薬、注射型避妊薬、子宮内避妊具(IUD) などの避妊具は、米国際開発局(USAID)の家族計画およびリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)のプログラムのために、米国民の税金を原資として購入されたものだ。しかし、今年初めに米国政府がUSAIDへの資金拠出を打ち切ったことにより、これらのプログラムは停止された。
 
このような事態によって、避妊具が供給不足に陥ることに、MSFは大きな懸念を抱いている。MSFが支援するコミュニティは紛争、感染症の流行、自然災害や人為的災害、そして医療からの排除といった影響を受けており、避妊具へのアクセスはもともと限られているのだ。

これまでUSAIDの資金によって避妊具の提供を受けていた地域では、供給網の混乱や在庫切れのリスクがさらに高まることになる。

報道によれば、ベルギーに保管されている避妊具は使用期限内で状態も良好であるにもかかわらず、7月末までに廃棄される予定だという。最も早い使用期限でも2027年で、多くは2031年まで使用できる。

注射型避妊薬を使う前に、MSFの看護師からリプロダクティブ・ヘルスについて説明を受けるマラウイの女性=2023年10月13日 © Diego Menjibar
注射型避妊薬を使う前に、MSFの看護師からリプロダクティブ・ヘルスについて説明を受けるマラウイの女性=2023年10月13日 © Diego Menjibar

問われる廃棄の内容と透明性

最大4000万ドル相当の避妊具が、グローバルヘルスのサプライチェーンのさまざまな地点で滞留していると推定されている。USAIDが購入した避妊具がアラブ所長国連邦(UAE)の倉庫にも保管されているが、米国政府がどう扱う予定なのかは不明だという報道もある。
 
MSFは米国政府に対し、グローバルヘルスおよび人道援助の目的で使用される予定だった保管中の物資の規模と内容、ならびに廃棄の可能性がある物資に関する情報の透明性を確保することを要請する。また、これらの避妊具の廃棄を正当化する根拠を明らかにすることを求める。
 
「避妊手段へのアクセスは、女性や少女たちの健康と自立、そして自己決定にとって極めて重要です。その重要性を軽視することはできません」とMSF米国の上席政策・アドボカシー専門家であるレイチェル・ミルコビッチは話す。
 
「これらの避妊具には届け先があり、女性や少女たちはそれらが使えることを期待していました」 

避妊具は世界中で求められているのに、焼却されるような事態は決して許されるものではありません。

レイチェル・ミルコビッチ MSF米国の上席政策・アドボカシー専門家

ベナンの診療所で、現地の看護師や助産師に避妊具の使い方を伝えるMSFスタッフ=2025年1月16日 © Adrienne Surprenant/MYOP
ベナンの診療所で、現地の看護師や助産師に避妊具の使い方を伝えるMSFスタッフ=2025年1月16日 © Adrienne Surprenant/MYOP

食料やワクチンも処分に

米国政府は今年初めに数10億ドル規模の対外援助を突然、中止した。今回の避妊具の廃棄は、それから続いている一連の対外援助削減における最新の措置であり、世界的な保健危機をさらに深刻化させるものだ。
 
さらに今月、米国政府は数カ月にわたって配送を許可しなかったために賞味期限が切れてしまった500トンの緊急支援用の食料を、焼却処分することを決定した。スーダンパレスチナ・ガザ地区をはじめ、世界各地で子どもたちが栄養失調のために命を落とす中、このような食料の廃棄が行われている。

また米国政府は、各国に提供を約束した約80万回分のエムポックスワクチンの期限切れも容認しており、現在も多くの地域で感染が拡大している。
 
「このような問題は、米国政府自らが作り出したのです」とブノワは語る。
 
「米国民の税金によって購入した貴重な医療物資を廃棄することは、無駄を減らすことにも効率を高めることにもつながりません」

トランプ政権は食料を腐らせ、避妊具を廃棄し、人びとの健康と命を危険にさらしてまで、政治的な目的を推し進めようとしているのです。

アブリル・ブノワ MSF米国の事務局長

費用を追加してまで、廃棄を進める米国

メディアの報道によれば、焼却予定の避妊具を廃棄するために、少なくとも16万7000ドル以上の追加費用がかかるとされている。

避妊具はベルギーの倉庫からフランスの焼却施設まで輸送しなければならない。多くの避妊具にはホルモン成分がふくまれていて、安全に廃棄するには二度焼却する特殊な処理が必要なためだ。これは、米国の資金を効率的かつ責任ある形で活用しているとは言えない。
 
イギリスに本部を置く国際NGO団体 「MSI Reproductive Choices」やそのパートナー団体などが、避妊具の輸送と配布の費用を負担することを申し出たが、米国政府はこれを拒否した。

MSFはこれらの避妊具が処分されるのを防ぐために、実行可能かつ革新的な代替案の策定に尽力している。最も賢明な対応は、これらの避妊具を、必要としている各国の保健省にできるだけ早く届けることだ。
 
MSFは米国政府からの資金提供は受けていないが、多くの国々で、保健省に提供された避妊具を患者に処方する際の支援を行っている。もし各国政府の在庫からの避妊具の供給が滞れば、その不足分をMSFだけで補うことは不可能だ。
 
「避妊具を廃棄する理由は何もありません」とブノワは続ける。
 
「これらの避妊具は、世界中の医療従事者によって、患者に届けられる可能性があるのです」 

特に、USAIDの避妊プログラムに頼っていた地域では、米国政府が対外援助を大幅に削減し、組織自体を完全に閉鎖したことで、深刻なサービスの空白が生じています。

アブリル・ブノワ MSF米国の事務局長

米国政府がUSAIDの家族計画およびリプロダクティブ・ヘルスへの資金援助を停止したことにより、これらのサービスに関する世界全体の体制が混乱している。米国政府はこれまで、これらサービスにおける最大の援助国であり、2024年度には6億750万ドルを拠出していた。

この方向転換は、世界中で長年にわたり進められてきた、女性や少女たちの健康改善への取り組みを危険にさらしている。

MSFが行う健康と性に関するセッションに集まるケニアの若者たち=2024年11月14日 © Laurence Hoenig/MSF
MSFが行う健康と性に関するセッションに集まるケニアの若者たち=2024年11月14日 © Laurence Hoenig/MSF

避妊具は女性を守る「基本的な医療」

15歳から49歳の女性および少女のうち1億6400万人が、妊娠を遅らせたい、または避けたいと考えているにもかかわらず、近代的な避妊法が使えない状況に置かれている。

避妊具は望まない妊娠を安全かつ効果的に防ぐことができる。妊娠を望んでいない、またはタイミングが適切でない場合、妊娠合併症のリスクが高まり、妊産婦の死亡や健康被害につながる可能性もある。
 
こういったリスクは、ぜい弱な地域や紛争地ですでに高まっており、USAIDに頼っていた地域ではさらに深刻化している。

必要とされている医療物資を廃棄することは、現地政府やMSFのような援助団体の対応能力をさらに制限、低下させることになる。こうしたサービスの空白を、一つの組織が短期間で対応し、不足を補うことは不可能だ。

コロンビアの病院で、避妊法の選択肢について説明するMSFの看護師=2019年8月7日 © MSF
コロンビアの病院で、避妊法の選択肢について説明するMSFの看護師=2019年8月7日 © MSF
  • この記事の中では「女性」「少女」という言葉を使用しているが、MSFはトランスジェンダー、インターセックス、ジェンダー・ノンバイナリーの人びとも妊娠を経験し、避妊サービスを必要としていることを認識している。MSFは、提供するサービスがジェンダーに配慮した包摂的なものとなるよう努めており、リプロダクティブ・ヘルスに関する医療のあらゆる障壁を取り除くことを目指している。

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