ミャンマー:軍事クーデターから2カ月 試練の時、危機の中の人びとに寄り添う

2021年04月06日掲載

ミャンマーで2月1日に軍事クーデターが発生してから約2カ月。国境なき医師団(MSF)は、緊急チームを組み現地の病院へ医療物資を届けるとともに、継続的な治療が必要なHIV患者などがケアを受け続けられるよう努めている。

いま、国の施設への支援を続けることは「裏切り」行為なのか? 試練の時、弱い立場の人びとの健康をどう守るのか。ミャンマーにおける活動の責任者を務めるフランチェスカ・クイントが、複雑な胸の内をつづった。

危機のただ中の希望と連帯

ジャスミンの甘い香り──。タクシーのバックミラーからぶら下がるこの花の香りだけは、以前と変わってない。2月1日の朝、目が覚めるなりそのニュースは飛びこんできた。軍が緊急事態宣言を発令し、国家の権限を掌握したのだ。

タクシーが走り抜けるヤンゴンの街は不気味に静まり返っていた。車を降りる時、運転手からこう尋ねられた。「国際社会は私たちのことを助けてくれるのでしょうか」。これは、私を含む多くの人に突きつけられた重要な問いだった。

市民の抗議活動への容赦ない弾圧が続き、医療従事者らも狙われ、夢も希望も消え失せる中で、あの運転手の問いかけが痛いほど胸に迫ってくる。ミャンマー全土で瞬く間に何十万人もが結集し、数週間、そして数カ月の闘争に向けて覚悟を決めた。普段は落ち着いているミャンマー人の同僚たちにも、悲しみの中にありながらも、意を決して仲間と闘おうとする姿が多く見られた。

ミャンマーの最大都市ヤンゴンでMSFが運営する病院=2020年 © Lwyn Phyu Phyu Kyaw/MSFミャンマーの最大都市ヤンゴンでMSFが運営する病院=2020年 © Lwyn Phyu Phyu Kyaw/MSF

未来が突然失われた悲しみに多くの人が打ちひしがれるかたわら、私はスタッフの安全と、多くの患者さんが受けているケアの中断を案じていた。これは、ミャンマーの多くの人が直面した事態の重大さに比べると、軽いものなのかもしれない。

私は人道主義者として長年にわたり、「ニーズ」に基づく公平な観点から、政治とは一線を画して行動をとってきた。援助を必要とする人びとのもとへ行くためには、そこに立ちふさがるのが誰であろうと交渉する。よそ者の外国人だからこそ、感情の波に流されることもないと思っていた。しかし、そうした自己認識が崩壊するときもある。

いま、ミャンマーで人びとが熱望しているのは、自由と正義、そして安全と安心だ。同僚たちは、MSFが提供できる物質的な支援以上のものを人びとは求めていると言う。それは味方となり、軍事クーデターをはっきりと非難することへの期待だった。

私は中立性を原則とする人道援助従事者として、MSFの活動の限界を痛感しつつも、励ましの言葉を返し、緊急の医療ニーズに応えるための計画書作りに取り掛かった。

ミャンマーには結核をはじめ継続的な治療が必要な患者も多い © Alessandro Penso/MAPSミャンマーには結核をはじめ継続的な治療が必要な患者も多い © Alessandro Penso/MAPS

その間、市民の「不服従運動」が勢いを増していた。公共サービスの崩壊が進む中で、私たちの果たすべき責務は保健医療ニーズに応えることだと考えていた。しかし一部の人には、国の施設への支援を継続することは、正当性を失った体制を支えているように映り、抵抗を誓った仲間に対する裏切りととられたのだ。

このような懸念がありながらも、私たちは患者さんを見捨て、医療を受ける機会を脅かすわけにはいかない。そこで、スタッフも含め現地の人びとにもっと受け入れられやすくなるように、仕事のやり方を変えていった。

衝突で負傷した人の手当てに、地域住民が速やかに乗り出し、地元住民主導の医療ネットワークが瞬く間に構築された。彼らは献身的に連帯して力を提供し、緊急の医療ニーズへの対応を果たした。これは人道援助従事者にはできなかったことだ。

負傷者の手当てに携わる地元住民を支援すべくMSFも動いているが、混乱が長引いた場合にミャンマー全域へ及ぶであろう影響が心配だ。

公衆衛生への打撃は既に深刻だ。保健医療業務が中断されていることで、HIVなど長期の治療を受けている患者さんへの影響が懸念される。HIVの感染拡大を食い止めるための長年にわたるミャンマーの取り組みが台無しになりかねない。

HIV/エイズ、C型肝炎、結核などの治療を通してミャンマーの保健当局を支援してきた私たちのような団体は、現状の行き詰まりにより、これから先が見通せなくなった。保健医療ニーズに対応するために連携してきた相手は、もはやいない。支援を必要とする人たちとの接触にどのような影響が出るのか、懸念が続く。

MSFがHIV/エイズや結核の治療を提供してきたヤンゴンの診療所=2018年 © Alessandro Penso/MAPSMSFがHIV/エイズや結核の治療を提供してきたヤンゴンの診療所=2018年 © Alessandro Penso/MAPS

私たちは何千人もの患者さんにHIV/エイズの治療を直接行い続け、その後、国が治療を行えるよう、ミャンマーの国家エイズ対策プログラムへ患者さんの引き継ぎを始めた

だが、その引き継ぎも現在は中断。そこで、国家エイズ対策プログラムが機能不全に陥っているうちは、私たちが引き続き薬の提供と、新しい患者の治療を担う。しかし、現在の膠着状態が長引けば、協力機関や医薬品、公立医療施設のスタッフを欠きながら、いつまでこの活動を維持できるかわからない。

これまで、新型コロナウイルス感染症の経済的な余波が、ミャンマーの保健サービス拡大の可能性に影を落としていた。そして今度は、軍事クーデターを受けて国の経済状況が急激に悪化。貧困率の急上昇が予想され、国際支援の必要性が刻々と高まっている。しかし、国際社会は新たな経済支援を差し控えており、生活や健康への影響が今後何年も残る恐れがある。

このままでは、タクシー運転手の問いかけに対して十分な答えとは言えないけれど、せめてこの試練の時に同僚や患者さんに寄り添い続け、最も弱い立場の人びとの健康を守ろうと努めることはできるのだ。

※この記事は、2021年3月23日に「The Jakarta Post」紙に掲載された内容を翻訳・一部編集のうえ掲載しています。 

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