ミャンマー地震:がれきの先にある声──被災地の「傷」と求められる心のケア
2025年06月27日
3月28日にミャンマー中部を襲ったマグニチュード7.7の地震により、多くの人びとが住まいや仕事を失った。被災地の一つ、中部マンダレーで仕立ての仕事をしていた30歳のマ・ティリさんも、自宅と仕事場を同時に失った一人だ。現在は家族とともに地元の僧院の敷地内で避難生活を送っている。
「私がつらそうにすると、両親が悲しむ気がするんです。父と母の支えになるのは私だけ──。だから、私が頑張らないと」
そう語る彼女の言葉には、見えない心の痛みがにじむ。今、被災地ではマ・ティリさんのような人びとへの心のケアや心理社会的なサポートが強く求められている。日本から派遣された国境なき医師団(MSF)の心理士、荒木京子の報告とともに、人びとの声を伝える。
紛争、避難、地震──三重の苦しみの中で
地震で大きな被害を受けたマンダレーでは、復旧作業が本格的に進められている。回収された資材は山積みとなり、建設作業員たちは長時間にわたり作業を続けている。地震後、地域の住民たちはお互いに支え合い、物資の寄付や配布を通じて、被災した人びとの生活再建に取り組んできた。
しかし、マ・ティリさんをはじめ、災害で家を失った多くの人には、新たな課題が立ちはだかっている。発災から2カ月以上がたち、人びとは避難所で生活を送っているが、住宅や収入、医療、教育といった将来への不安は尽きない。また余震が繰り返される中、次なる地震への恐怖もあり、心の平穏を保つことも難しい。

「家を失いました。人生で最も大切な、自分の空間と努力して手に入れたすべてを──」
そう語るのは、精肉業とボランティア活動に携わるコ・ミン・ウィンさんだ。地震による火災で自宅を失った。「この悲しみをどう言葉にすればいいのか分かりません」と、声を落とす。
ミャンマーでは今回の地震が起こる以前から、人びとが受けられる心のケアや心理社会的支援は限られていた。心理カウンセラーのコ・へインは、こう説明する。
紛争、避難、そして地震。三重の苦しみを経験した人もいます。しかし、それを語る場がほとんどないのです。
コ・へイン 心理カウンセラー
こうした状況の中、地域社会やボランティアは、重要な役割を果たしている。MSFの心のケアチームは、マンダレーの避難所において、子ども向けのレクリエーション活動やグループでの心理社会的支援セッションを実施し、地域の取り組みを支援している。

崩れた暮らし、揺らぐ心
地震後、マンダレー郊外のシンカ村では最大350世帯がテントでの避難生活を余儀なくされた。現在、多くの人びとは自宅や親族の家に戻っているが、子どもや高齢者を含む30~40世帯が村のサッカー場に隣接した冠水しやすい場所で、今も厳しい状況の中で暮らしている。

「地震の際、妻は7歳の娘のもとへ駆け寄ろうとしましたが、揺れが激しくて近づけませんでした。娘は一人で怖い思いをして以来、私のそばを離れたがらず、夜も私たちの間で寝たがります」と住民のコ・トー・ミンさんは語る。
家族とともに避難生活を送る人びとにとって、日常のリズムは大きく乱れ、かつて慣れ親しんだ住まいや生活空間も失われてしまった場合が多い。こうした不安定な環境では、特に子どもたちの心の健康にとって重要な「安定感」を保つことが難しくなる。
遊びの時間が心を癒す

MSFの心理士で、現地で心のケア活動マネジャーを務めた荒木京子は、こう話す。
「子どもたちは環境の影響を非常に受けやすいといえます。彼らは自分で住む場所や育つ環境を選ぶことはできません。だからこそ、楽しい時間や空間をつくることがとても大切です」
災害前にしていたことを続けることが、心の癒しにつながります。
荒木京子 MSFの心のケア活動マネジャー
支え合いの場が生む希望
一方、家を失った多くの世帯は、サッカー場や学校の敷地などに設けられた仮設避難所で生活を送っている。
ある高校の校庭で行われたMSFのグループセッションでは、女性たちがセルフケアの方法を共有しながら、地震後の生活の困難について語り合った。学校の再開が迫る中、多くの参加者は「2週間後に自分たちがどこに住んでいるのか分からない」と不安を抱えていた。それでも、セッションの場には笑い声や活発な会話が広がり、人びとの心をほぐし、互いに支え合う場となっていた。

「MSFの心のケアチームは、被災者の方の生活環境を変えることはできませんが、こうした場は、普段は口にしにくいことを話す機会になります。自分の気持ちを整理する時間を持つことも大切です」と、荒木は話す。
「災害後にどのような支援を受けるかは、その後の心の健康に大きく影響します。そのため、心理社会的支援は、特に地域の人びとに長く関わることで、大きな違いを生み出すことができます。このプロジェクトは始まったばかりですが、今後は人びとのニーズに応じて活動を展開していきたいと考えています」

マ・ティリさんにとって、地域社会や地元団体による家族や近隣住民への支援は、大きな安心感につながっている。彼女は、家族とともに一日も早く安定した生活を取り戻すことを願っている。
「地域の人びとや支援団体が来て、私たちのサポートを始めてくれたとき、少しずつ希望を持てるようになりました。次は、これからのことを考える番です」と語った。
※プライバシー保護のため、被災者は仮名を使用