【動画】ロヒンギャ難民危機:3年が経っても先の見通しが立たず さらに新型コロナウイルスの脅威が

2020年08月25日掲載


家が焼かれ、家族が殺され、女性たちは性暴力に遭った——。2017年8月25日、ミャンマー西部ラカイン州で、イスラム系少数民族ロヒンギャの人びとを狙った大規模な掃討作戦が始まり、多くの人びとが隣国のバングラデシュに逃れた。

それから3年。難民となって暮らすロヒンギャの人びとの暮らしはいまだ先の見通しが立っていない。国境なき医師団(MSF)が運営する病院を訪れた人びとの声を通して、現地の状況を伝える。 

交通事故に遭った息子の看病をするロヒンギャ難民のアブさん © Hasnat Sohan/MSF 交通事故に遭った息子の看病をするロヒンギャ難民のアブさん © Hasnat Sohan/MSF 

ビニールシートと竹のシェルターでの密集生活

「家が焼き討ちに遭って、ミャンマーから逃げました。殺された人も、拷問に遭った人もいました」と、ロヒンギャ難民のアブ・シディクさんは話す。

アブさんが今生活を送るのは、バングラデシュ南東部のコックスバザール県にある巨大なキャンプの一画だ。5人の子どもと妻と共に暮らしている。ここにはおよそ86万人のロヒンギャ難民が、わずか26平方キロメートルの土地に押し込められている。

避難してきてから3年が経った今も、状況は改善されていない。人びとは相変わらず、薄いビニールシートと竹でできたシェルターで大勢の人との密集生活を強いられている。

「キャンプでの生活はつらいです。狭くて、子どもたちが遊ぶ場所もありません。道で遊ぶしかなく、危険なのです」とアブさんは嘆く。5歳の息子は外で遊んでいた時に交通事故に遭い、MSFの病院で治療を受けている。 

人びとが密集して暮らす難民キャンプ=2018年 © Robin Hammond/NOOR人びとが密集して暮らす難民キャンプ=2018年 © Robin Hammond/NOOR

新型コロナウイルスが難民キャンプにも

赤ちゃんと共に
新型コロナウイルスの感染が確認された
ジョバイダさん 
© Hasnat Sohan/MSF赤ちゃんと共に
新型コロナウイルスの感染が確認された
ジョバイダさん 
© Hasnat Sohan/MSF

今年は、新型コロナウイルス感染症の猛威が難民キャンプにも広がり、生活は以前にも増して困難になった。

22日前に出産したロヒンギャ難民のジョバイダさん(25歳)は、母子ともに新型コロナウイルスに感染していることが確認された。出産時の様子をこう語る。「生まれた赤ちゃんは産声をあげるどころか、目を閉じたままで、身動きさえしませんでした。医師たちは何かおかしいと言って、私たちを診療所から病院に移しました」

新生児集中治療室で治療を受ける間に検査を受け、母子の感染が明らかになった。すぐに隔離病棟に移され、12日間入院した。

「とても心配でした。キャンプでは、『新型コロナウイルス感染症になったら死んでしまう』と思われていたからです。でも病院では医者や看護師がとても親切にしてくれて、私を励まし続けてくれました。幸いなことに症状は出ず、私はずっと元気でいられました。赤ちゃんはまだ体力がつかず、退院することができません」

ジョバイダさんは2017年、夫と1歳の子どもと徒歩でミャンマーを脱出した。3人の親族が殺害され、近所の人たちと一緒にバングラデシュを目指すことにしたのだ。

「あんなに大勢の人が一緒に歩いているのは見たことがありません。バングラデシュに着くまで12日かかりました。その間ずっと森の中を歩いて行きました。手持ちの食べ物はほんのわずかだったので、なくなった後は、食事抜きで旅を続けました」

キャンプでの生活を始めてから3年。夫は日雇いの仕事をしていたが、この7カ月間は収入がなく、不安定な日々が続いている。「いつになったらミャンマーに戻れるのか分かりません。それでもミャンマーが私の国なのです」 

2017年、ミャンマーからバングラデシュに逃れてきたロヒンギャの人びと © Antonio Faccilongo2017年、ミャンマーからバングラデシュに逃れてきたロヒンギャの人びと © Antonio Faccilongo

MSFはバングラデシュのコックスバザール県で、計10カ所の病院と一次診療所を運営。対象分野は、救急医療や小児科、産科、リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)など多岐にわたる。また、新型コロナウイルス感染症への対応として、地域での予防啓発活動や、感染予防・制御策に関する医療従事者への研修のほか、医療機関での隔離病棟の設置などを行っている。 

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