新型コロナウイルス:バングラデシュとロヒンギャ難民キャンプにおける5つの課題

2020年05月29日

 世界でも特に人口密度の高い国であるバングラデシュは、世界最大の難民キャンプが存在する国でもある。コックスバザール県一帯には、100万人近いロヒンギャ難民が過密で不衛生な生活環境下で暮らしている。新型コロナウイルスがバングラデシュ国内で流行しつつある現在、5つの重要課題が克服されなければならない。

1. 感染リスクの高い人びとの多さ

バングラデシュにおけるMSFの主たる活動地域。濃い緑色のエリアがロヒンギャ難民キャンプ地。赤いマークはMSFの運営する新型コロナウイルス感染症治療センターを指す。© MSF
バングラデシュにおけるMSFの主たる活動地域。濃い緑色のエリアがロヒンギャ難民キャンプ地。赤いマークはMSFの運営する新型コロナウイルス感染症治療センターを指す。© MSF

バングラデシュ全域で、多くの貧困者が生存の危機に陥るほどの過密な環境に置かれているが、彼らは、新型コロナウイルスに対しても脆弱である。多くのバングラデシュ人は、人口の集中する都市部やスラム地域で暮らしている。ロヒンギャ難民も、窮屈で雑然とした住居に押し込まれており、10人の家族が1つの部屋で暮らすケースすら存在する。

このような条件下では、対人間の距離の維持は難しい。コックスバザール県の難民キャンプでは、ロヒンギャの人びと約86万人が、わずか26平方キロメートルの土地に住んでいる。石けんも清潔な水も確保しにくい。飲料水や食料は配給に依存していて、その配給を受け取るまで、人だかりの中で何時間も待つ必要がある。

「手洗いをしつこく求められるため、難民の皆さんはいらだっています。1人あたり1日に11リットルしか水を確保できないのに、1日中ずっと手が洗えるでしょうか?」MSFにおける給排水・衛生活動の専門家リチャード・ギャルピンはそう話す。ロヒンギャの人びとは、長年にわたってミャンマーで迫害に遭い、医療を受ける機会も乏しかった。彼らの健康水準は低く、予防接種を受けていないケースも多い。それゆえ、感染症にかかるリスクは非常に高い。

MSFが難民キャンプで治療した患者のうち30%は、新型コロナウイルスの流行以前から、息切れなどの呼吸器感染の症状が見られた。それだけに、今回の新型コロナウイルスに関しても、高いリスクを負う可能性がある。

2. 基礎的公共サービスへのアクセス維持

ロヒンギャ難民キャンプ内の医療施設にて患者に対応するMSFスタッフ © MSF/Daniella Ritzau-Reid
ロヒンギャ難民キャンプ内の医療施設にて患者に対応するMSFスタッフ © MSF/Daniella Ritzau-Reid

 現在、バングラデシュの医療体制は、新型コロナウイルス対策に大きく注力しており、その分だけ、通常の人道援助活動は縮小しつつある。しかし、いかなる感染症が流行しようと、妊婦の出産も、子どもの下痢も、常に起こり得るものだ。慢性疾患患者への薬物治療も、今まで通り必要であり続ける。こうした基礎的な医療活動は維持されなければならない。

新型コロナウイルスの流行拡大を抑止するには、移動制限措置が重要となる。しかし、その措置が医療活動に影響を及ぼす側面も忘れてはならない。移動が制限されると「一見しただけでは分からない」病気を抱える人は、医療施設に行くべき根拠が曖昧となりがちであり、病院に行くのを躊躇するかもしれない。精神疾患や糖尿病のような非感染性疾患の患者は、健康に見えたとしても、定期的な治療が中断されたら、非常に深刻な症状になる可能性がある。4月末、ある女性が泣きながらMSF病院にやってきた。彼女は追い返されはしないかと怯えてきた。来院のための移動手段を確保するのに5日を要したという。

まもなく、季節風による厳しい雨期が始まる。ロヒンギャの人びとは、コレラなどの水系感染症の発生リスクを高めるだろう。しかし、感染症対策のために様々な制約が設けられている中で、膨大なキャンプ人口に向けた給排水・衛生設備を維持するのは、今まで以上に困難を極める。トイレからへどろを除去しなければならないし、水道網も維持・修復しなければならない。何をするにしても、物資・資材・人員が必要になるが、いずれも現在は不足したままだ。

3. 信頼の低下

ロヒンギャ難民キャンプ内の医療施設にて患者に対応するMSFスタッフ © MSF/Daniella Ritzau-Reid
ロヒンギャ難民キャンプ内の医療施設にて患者に対応するMSFスタッフ © MSF/Daniella Ritzau-Reid

 MSFには、他の感染症が流行した際にも医療を提供してきた経験がある。それゆえに、援助対象である地元住民の参画と教育の重要性をよく知っている。自らの身を守り、不確かな情報に対処し、不安を和らげる方法を住民に理解してもらい、現実を冷静に把握してもらうことが重要だ。バングラデシュ人やロヒンギャ難民は不安を感じている。不安を抱くからこそ、噂やデマは、時としてウイルスよりも早く広がっていく。

不安は感染症治療の必要な人びとを医療施設から遠ざける結果ももたらす。ここ何週間かで、診療件数は激減した。コックスバザール県のクトゥパロン野外病院では、通常、1日に80〜100人に対応して、創傷の包帯を交換する。それが現在は30人ほどに落ち込んでいる。包帯を交換しないと、傷口の感染症や敗血症を招き、ひいては死の危険さえ出てくる。

ロヒンギャ難民キャンプや近隣のバングラデシュ人村落においてアウトリーチ活動(医療援助を必要としている人びとを積極的に発見していく活動)に従事するMSFスタッフたちは、現地で新型コロナウイルスの感染予防法を伝えている。人だかりができないよう、戸別訪問を行い、各世帯の一人ひとりと接触していくやり方だ。

また、インターネット環境に制約があるため、デジタル機器間のBluetooth接続によって共有できる短編動画を製作した。さらには、地元の有力者や宗教指導者の協力を得て、口コミによる保健衛生情報の啓発活動を実施したり、隔離治療施設の見学会を開いて現地住民との信頼構築を図っている。

4. 最前線で活動するスタッフたちの保護

新たに採用されたスタッフに個人防護具(PPE)の装着方法を伝えるMSF専門家 © MSF/Daniella Ritzau-Reid
新たに採用されたスタッフに個人防護具(PPE)の装着方法を伝えるMSF専門家 © MSF/Daniella Ritzau-Reid

 保健医療従事者は、新型コロナウイルス対応の最前線で活動している。彼らなしでは、この迫り来る医療危機や、その他の医療ニーズを満たしていくことはできない。

世界の例に漏れず、バングラデシュも、マスク、医療用ガウン、ゴーグル、手袋といった個人用防護具の不足に直面している。保健医療従事者は、新型コロナウイルスへの感染リスクが最も高い集団だ。MSFとしては、いかなるスタッフも無用の感染リスクにさらしたくはない。一方で、感染防御の対策を強めると、その分だけ実際の医療援助活動に影響が出ることになるのも事実だ。

現地のMSF活動責任者ミュリエル・ブルシエは語る。「こうして活動が制約されると、新型コロナウイルス対策にも、通常の医療活動にも支障が出てきます。患者さんへの対応を十分に続けられるかどうか分からないというのは、スタッフたちとしては精神的につらいことです」

現在、最前線で活動する医療スタッフたちを応援しようというムーブメントが世界各地で見られる。他方で、不安がもたらす偏見や冷酷さも厳然として存在する。バングラデシュも例外ではない。MSFスタッフもこれまでに、新型コロナウイルスを恐れる人びとの暴言や脅しに遭ったり、感染症対策に従事するスタッフの滞在を好ましく思わない宿泊施設から立ち退きを要請されるケースなどに直面している。

医療スタッフが自分の身の安全を不安に感じたり、自分自身の孤立感を感じたりすれば、新型コロナウイルス対策にも十分注力できなくなるだろう。

5. 新型コロナウイルス感染患者への対応

MSFが現地に設置した新型コロナウイルス感染者用の隔離病棟 © MSF/Daniella Ritzau-Reid
MSFが現地に設置した新型コロナウイルス感染者用の隔離病棟 © MSF/Daniella Ritzau-Reid

 MSFは、コックスバザール県下における全ての活動先医療施設に隔離病棟を設置した。加えて、2つの専門医療センターを開設する予定である。合計300床の隔離ベッドを確保したが、ロヒンギャの人びとの間で新型コロナウイルスの感染流行が起こると、それでもなおベッドは足りなくなるだろう。難民キャンプ内に複数あるMSF診療所も、換気設備が不十分であり、酸素濃縮器も限りがある。重症患者への対応は困難である。

MSFとして、新型コロナウイルスへの対応を強化していくには、現地バングラデシュ人スタッフの数を増強していく必要があるし、諸外国からのスタッフ増員も必要だ。しかし、バングラデシュへの渡航制限によって、同国に派遣予定のスタッフの3分の1が入国できずにいる。そのため、ますます現地の活動能力に支障が生じている。

必要とされているのは、医師や看護師といった医療スタッフだけではない。病院運営の管理責任者、医療物資の確保にあたるロジスティシャンなど、様々な人材が求められている。MSFは、コックスバザール県下で運営する医療施設へのスタッフ送迎のため、複数のバスをレンタルした。送迎するスタッフの数は数百人におよぶ。手間と時間がかかる業務だ。

MSFは、そうした様々な課題に24時間体制で取り組んでいる。バングラデシュの貧困地域における新型コロナウイルス対策を進めていくには、あらゆる保健医療スタッフと行政当局が連携して一致団結する必要がある。

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