プレスリリース

新型コロナワクチン分配の欠陥 シリアで「人道的バッファ」が機能せず

2022年04月28日
シリア北東部、ラッカ国立病院の新型コロナ病棟で治療を受ける患者=2021 年6月 © Florent Vergnes
シリア北東部、ラッカ国立病院の新型コロナ病棟で治療を受ける患者=2021 年6月 © Florent Vergnes

新型コロナウイルスワクチンを途上国に行き渡らせるための国際的な枠組み「COVAX(コバックス)ファシリティ」。感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)、Gaviワクチンアライアンス、世界保健機関(WHO)、ユニセフが共同で主導するCOVAXの一部に、人道危機下でワクチン接種を受けられない人びとへの支援を目的とした仕組みがある。「人道的バッファ」(※)と呼ばれるその仕組みは、基本理念は高く評価されるべきだが、実際にはパンデミックにおいて使命を果たしていないのが現状だ。

国境なき医師団(MSF)は、シリア北部で集団予防接種が実施できなかった経験を通して、このシステムの限界と問題点を指摘する。
※COVAXファシリティが調達したワクチンの一部を、紛争下の人びとや難民など、政府実施の予防接種から取り残される恐れのある人びとのために確保する仕組み

援助団体にとって実用的でない法的枠組み

デルタ株がまだ優勢だった2021年後半、シリア北部のタル・アブヤドとラスアルアインの地域では、新型コロナ感染者数が大幅に増加した。国連によると、この地域の人口は約15万6000人、そのうち7万人近くが支援を必要としている。しかし現在トルコの支配下にあり、国連による国境を越えた援助や、シリア政府の国民予防接種計画からも対象外とされ、予防接種を受けられていない。

MSFは昨年11月、シリアのNGO「アル・アミーン」と協力して集団予防接種を実施するため、「人道的バッファ」に新型コロナワクチンの提供を申し込んだ。申請は約6週間後に承認されたが、その後MSFは不透明で扱いにくい法的枠組みに直面する。それは現地で活動する人道援助団体に過大な法的責任を負わせるもので、契約をめぐって何カ月も議論を要した。最終的にはトルコ当局が代替案を提示したことで、MSFとアル・アミーンは計画していた集団接種を行えないという幕引きとなった。

シリアでMSFのオペレーション・マネジャーを務めるサラ・シャトーは「このシステムを機能させタイムリーな援助をするには、関係するすべての当事者にとって実用的かつ公平なシステムでなければなりません」と話す。しかしCOVAXの関係者との話し合いが始まると、そうした状況がないことが判明する。例えば、調達の骨子となる法的文書の閲覧を一部拒否されたことが挙げられる。こうした文書はMSFが負わされるリスクを評価するために必要であるにもかかわらずだ。

ラッカ国立病院の新型コロナ患者。シリア北東部は昨年9月以降、感染の波に襲われた © Florent Vergnes
ラッカ国立病院の新型コロナ患者。シリア北東部は昨年9月以降、感染の波に襲われた © Florent Vergnes

ワクチン供給の枠組みを定める契約書の作成でも大きな壁に突き当たった。責任の配分が大きく偏っていたため、交渉は数カ月に及んだ。これらの契約において、ユニセフ、Gavi、ワクチンメーカーは、このバッファにおける自らの役割と責任の一部をMSFに負わせるとしていた。また、彼らに要求できる法的救済措置の一部の放棄と、場合によっては彼らの損失や第三者からの請求に対する補償もMSFに要求した。さらに契約と関係者の数が非常に多く、このシステム全体の責任の所在が明確でなかった。

シャトーは長い経緯をこう語る。「4カ月以上にわたる話し合いの結果、完璧ではないが、よりバランスのとれた合意の寸前までいったのです。ところが、トルコ当局は最近になって、アル・アミーンに活動許可を与えず、代わりにワクチン接種の計画を立てたと通知してきました」

「人道的バッファは、支援の手が届きづらい人びとを中心に、多くの人を支援できる可能性を秘めています。2022年3月現在、250万回分が承認されました。追加申請も審査されていますが、これは2022年初めにバッファが目標として発表した1億5500万回分のごく一部に過ぎません。グローバルな対応を要するパンデミック対策のためにも、COVAXパートナーには、このシステムの改善に取り組んで頂きたい。長い交渉期間、複雑な契約、不透明さ、不均衡な法的責任の配分などは、早急に解決しなければならない問題です。このバッファのコンセプトは高い評価に値します。その一方で、現在のシステムはその目的を果たせず、その恩恵を受けるはずの人びとの期待に応えていないのです」

MSFは2011年にシリア北部で活動を開始。11年にわたる内戦によりこの地域で避難生活を送る280万人の健康を支えている。病院と基礎診療所の支援、移動診療所の運営、国内避難民キャンプでの水・排水設備・衛生サービスの提供などを行っている。

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