イベント報告

【イベント報告】人道援助コングレス2026東京「変容する世界秩序と人道主義のこれから」

2026年07月02日
人道援助コングレス2026東京は5月25日から3日間にわたり、オンラインと一部ハイブリッドで開かれた。<br> 「変容する世界秩序と人道主義のこれから」をテーマに多様な立場のパネリストが世界各地から登壇し、議論を交わした。
人道援助コングレス2026東京は5月25日から3日間にわたり、オンラインと一部ハイブリッドで開かれた。
「変容する世界秩序と人道主義のこれから」をテーマに多様な立場のパネリストが世界各地から登壇し、議論を交わした。

人道援助コングレス2026東京(主催:国境なき医師団)が5月25日から3日間にわたり、オンラインと一部ハイブリッドで開かれた。7回目となる今年のテーマは「変容する世界秩序と人道主義のこれから」。5つのセッションで、「パレスチナ」「国連安保理決議2286号採択から10年」「紛争下のメンタルヘルス」「南スーダン──縮小する国際援助」「世界秩序と人道主義」のトピックを取り上げ、多様な立場のパネリストが世界各地から登壇し、議論を交わした。

開会あいさつ

中島優子(MSF日本会長) © MSF
中島優子(MSF日本会長) © MSF
オープニングではMSF日本会長の中嶋優子がオンラインであいさつした。

中嶋は冒頭、「人道援助の実施が年々困難になっていると繰り返し申し上げてきたが、今年はそれがさらに進み、大きな転換点に直面している」と述べ、強い危機感を示した。

特に、パレスチナ・ガザ地区を巡る状況について、「私自身、2023年11月から12月にかけてガザ地区に入った際には、これほど深刻な人道危機がここまで長期化するとは想像していなかった。現在、ガザに届けることのできる人道援助は極めて限られている」と語った。

また、世界的な援助資金削減の動きについても触れ、「2025年に米国際開発局(USAID)が事実上解体され、米国の対外援助は自国の国益を優先する方向に再編されつつある」と指摘。多くのドナー国でも援助削減の流れが見られ、人道支援や国際保健の現場では支援縮小やプログラム停止が相次いでいるとした。その結果、「数百万人規模で人びとの生命・健康に深刻な影響が及ぶ可能性がある」と警鐘を鳴らした。

さらに、米国を中心に法の支配、主権の尊重、国家間協調といった戦後秩序を支えてきた基本原則が軽視され、武力による一方的な占領や攻撃が容認されかねない状況にも懸念を示した。

最後に、中嶋は「法の支配や主権尊重といった要素は人道支援が成立する前提であり、その揺らぎは人道援助機関にとって重大な脅威となっている」と強調。「今年のコングレスでは、人道主義が直面する課題を共有し、その上で人道主義をいかに支え、人道援助を将来に向けてどのように継続・発展させていくべきかを皆様とともに考えていきたい」と締めくくった。

オープニング&オンラインセッション1:
パレスチナ──人道主義が岐路に立つ時

上段左から高久潤氏、酒井啓子氏、清田明宏氏、下段左からクレア・ニコレ、伊勢崎賢治氏 © MSF
上段左から高久潤氏、酒井啓子氏、清田明宏氏、下段左からクレア・ニコレ、伊勢崎賢治氏 © MSF

2023年10月の紛争激化から、壊滅的な人道状況となっているパレスチナ・ガザ地区とヨルダン川西岸地区。続く人道危機と地域情勢の変化、そして国際社会の課題を、医療・人道援助の実務者、国際機関の局長、研究者、政治家が語り合った。

パネリストは以下の3人(発表順)。
・清田明宏氏(国際連合パレスチナ難民救済事業機関【UNRWA】保健局長兼世界保健機関【WHO】特別代表)
・クレア・ニコレ(国境なき医師団【MSF】緊急対応セル副マネジャー)
・酒井啓子氏(千葉大学国際高等研究基幹・大学院社会科学研究院特任教授、同大グローバル関係融合研究センター長)

モデレーターは2025年までパレスチナの取材を続けてきた元朝日新聞エルサレム支局長の高久潤氏(現・同社デジタル編成本部)。さらに、参議院議員の伊勢崎賢治氏がコメントした。

「停戦」の名の下で続く危機

高久氏は冒頭、ガザの現状について報告。「最も重要なのは、ガザでは2025年10月から『停戦』という言葉が使われているが、実際には攻撃は終わっておらず『戦後状態』にもなっていないという点」と述べ、「停戦発効から2026年5月14日時点で857人が死亡している。停戦という言葉とは明らかに矛盾した状況が続いている。そして2023年10月以降、全体で7万2599人が死亡している」と説明した。

また、ガザで惨状が続く一方、ヨルダン川西岸でもイスラエルによる家屋破壊や入植者の暴力、入植地の拡大といった問題が加速していると指摘した。

高久氏は次に、イスラエルが設定したガザの東西を分断する「イエローライン」によって住民の移動が厳しく制限され、200万人が狭い地域に押し込められている問題を紹介。「この線は事実上、人道支援が断絶するラインとなっている」と強調した。さらにイスラエルがMSFを含む37の国際NGOにパレスチナでの活動停止を求めることで人道援助活動が大幅に制限されていると語った。

現場からの証言——「絶望」「崩壊」「無力感」

UNRWA保健局長の清田氏は、現地の状況を「絶望」「崩壊」「無力感」「継続」「希望」という5つのキーワードで語った。

まず、ガザでは住宅、学校、病院、水道などの社会基盤が広範囲で失われていると説明。現地スタッフからは「ガザは世界から見捨てられた孤児のようだ」という言葉も聞かれるといい、「人間としての尊厳が失われつつあり、絶望が現実になっている」と述べた。

次に、廃棄物処理や下水道、衛生管理など社会を支えていた基本的なシステムが機能しなくなっている現状を挙げ、社会と公衆衛生そのものの崩壊が起きていると指摘。その結果、ネズミが大繁殖し、それによりノミやダニによる皮膚疾患も急増しているという。

清田氏は、こうした状況について「これは単なる感染症の増加ではなく、社会の崩壊に伴い公衆衛生の危機が起きているということだ」と強調。昨年夏にガザで発生が報告された飢饉(ききん)にも触れ、「飢饉は単なる食料不足の結果ではなく、生活を支える全てが崩壊したことで起きた」と語った。

こうした状況をUNRWAやMSFのスタッフが目の当たりにし、さらに医療従事者の命が次々と失われる現実の中で感じるのが、無力感だという。

一方で清田氏は継続の実例を紹介した。UNRWAは日本の支援でできたクリニックなどで医療活動を続けている。JICAがガザに導入した「母子手帳」も使われ続けているという。「日本の支援は今もガザの人びとの命を支えている」と述べ、2025年にUNRWAが450万件の診察を行い、そのうち100万件は通話アプリを使った遠隔診察だったと説明した。

最後に清田氏は、今後も希望を捨てずに支援を続ける意義を語った。

MSF担当者「物資搬入ゼロ、それでも活動を継続」

MSFのニコレは、ガザでの活動の厳しさを具体的に説明した。

イスラエル当局の決定で、2026年2月下旬以降MSFの国際スタッフはガザに入ることができなくなり、1000人以上の地元スタッフで活動を続けている。しかし2026年1月以降、MSFによる物資の搬入は一切許可されず、現場は約5カ月間補給なしの状態となっている。

それでもMSFは活動を維持し、医療・給水支援を続けている。ガザで現在、病院3カ所を支援し、仮設病院2カ所と基礎診療所4カ所を運営している。2025年には、ガザの入院患者5人に1人、出産する母親3人に1人がMSFの支援を受けた。「しかし現在の制限が続けば、こうした規模の活動を続けることは困難になる」と訴えた。

また、ヨルダン川西岸地区でも治安悪化や移動制限により、MSFの活動が大きく制約されている現状を報告した。

「イラン攻撃の背後にパレスチナ問題」

酒井氏は、ガザ危機を取り巻く国際政治の構造を、広い視点から解説した。

酒井氏は、米国とイスラエルによるイラン攻撃によって、日本と世界の目がペルシャ湾に集中している一方で、その背後にあるイスラエルによるガザ攻撃とガザ・西岸の占領の問題が見過ごされてはならないと強調した。

酒井氏によれば、イスラエルはこれまでもイランに対して挑発的な攻撃を行ってきたが、イランはこれを「ガザ攻撃への国際社会の目をそらす意図がある」とみて自制してきた。しかし米国が2025年6月にイランへの直接攻撃に加わったことで戦線が拡大し、状況は大きく変化したという。「こうした攻撃は自衛の枠に収まらず、国際機関の承認にも基づかないものであり、国際法違反だ」と指摘した。

さらに酒井氏は、イランの指導者殺害など、国際規範を無視した手法が常態化している点を問題視した。これまでガザ攻撃や殺害作戦などイスラエルが行ってきた行動を国際社会が止められなかったことが、結果として米国が同様の行動をとることを許す前例となったと分析した。

その上で酒井氏は、国際社会の関心がイランでの紛争に移ることで、パレスチナ問題の解決が後回しにされていると懸念を示した。さらに湾岸諸国の立場の変化や地域全体の緊張の高まりにより、アラブ諸国の間で、パレスチナ問題の解決に向けた仲介の動きが弱まっている現状がある、と述べた。

パレスチナを巡る議連活動の舞台裏

伊勢崎氏は、自身が現役の国会議員であるという立場から、「日本が何をすべきかを外から論じるよりも、政治の内部で実践していく必要があると考えている」と語った。その上で、2023年10月7日の紛争激化直後から超党派の人道外交議員連盟(石破茂会長)の立ち上げに動き、パレスチナでの日本の人道支援の枠組みを強化するためのプラットフォームづくりに取り組んできた、と説明した。

伊勢崎氏は議連の成果の一つとして、「ガザ情勢を受けて一時凍結されていたUNRWAへの支援再開を日本政府に働きかけ、凍結の解除に踏み切らせた」と述べた。

また、パレスチナ国家承認を求める動きにも取り組んだが賛同議員は衆参で計200人程度にとどまり、さらに総選挙で多くの賛同議員が落選したと振り返った。

さらに伊勢崎氏は、日本が停戦仲介において役割を果たし得るという考え方のもと、パレスチナ各派を北京に招いて対話の場を設けてきた経緯のある中国とも協議を重ね、国連主導による停戦モデルを提示した経緯を明かした。この構想では、ハマスを完全に排除するのではなく、武装解除を前提に和平プロセスに組み込み、国連がPKO部隊を派遣することを想定していたという。

しかし、現状の米トランプ政権が主導する枠組みでは、ハマスを排除する方向になっているとした。その上で伊勢崎氏は、なお多くの困難がある中でも、超党派の枠組みを維持し、日本として関与を続けていく必要があると強調した。

「厳しい状況でも常に希望を」

オンライン参加者からの「イスラエルの管理を受けない形でガザに支援物資を届ける方法はあるか」という質問に、清田氏は「答えは、ノーです」と即答した。

清田氏は、イスラエルがガザに入る全ての検問所を管理していると説明。支援物資を積んでガザに向かった船団がイスラエル側に拿捕(だほ)された最近の事例にも触れ、「イスラエルの管理外で物資を届けることはできない」と強調した。

酒井氏は「米国と同盟関係にあるとはいえ、日本は独自の外交を貫いてきた経験がある。その外交力が今の政府内で重要視されていない」と指摘。第1次石油ショック(1973年)やイラン革命(1979年)当時、日本はアラブ諸国やイランとの関係をうまく構築し、「米国とは違う」とアピールできていた、と振り返り、「国連中心外交の旗を降ろさず、率先して国連と国際規範の復活を目指す外交を行っておかしくないはずだ」と指摘した。

高久氏は、朝日新聞のガザ通信員だったパレスチナ人の同僚がイスラエル軍の攻撃で殺害されたことに触れた。そんな状況でもガザの人に「そんなに悲観的になるなよ」と言われたことを振り返り、「厳しいと思ったとしても、状況を変えるためにいろんな力を行使して同じ人間として動いていく必要がある」と語った。

ニコレは「世界でさまざまなことが起きていて、ガザが日本から遠い地であったとしても、ガザで何が起きているかを心にとどめておいてほしい」と呼びかけた。

酒井氏は、日本では中東情勢が石油やエネルギー安全保障の問題として受け止められがちだとして「石油は石油、パレスチナはパレスチナの問題だ」と指摘。資源や安全保障の観点だけでなく、人びとの命や尊厳に関わる問題として、パレスチナの人道危機にも目を向ける必要があると訴えた。

最後に清田氏は、ガザで栄養失調の赤ちゃんの細い腕が治療で次第に太くなり成長してきた例を挙げ、「ミッション・インポッシブルのような中でも、少しずつでも良い方向性に向かっていく努力をしていくこと。そして子や孫に良い世界を残すために希望を失ってはいけない」と結んだ。

オンラインセッション2:
連安保理決議2286号採択から10年──止まない医療への攻撃

上段左から、村田慎二郎、クリスティーナ・ウィレ氏、マリア・ゲバラ。下段左から、越智萌氏、スリム・スラマ氏、榛澤祥子氏 © MSF
上段左から、村田慎二郎、クリスティーナ・ウィレ氏、マリア・ゲバラ。下段左から、越智萌氏、スリム・スラマ氏、榛澤祥子氏 © MSF

国連安全保障理事会が紛争下での医療・人道援助活動の保護を求める決議第2286号を採択してから、2026年5月で10年を迎えた。本セッションでは、「医療への攻撃」をテーマに、攻撃が止まらない現実と必要な行動について議論を交わした。

決議2286号の採択後、何が変わり、何が変わらなかったのか。そして、医療を守るためにはどうすればよいのか。

各パネリストは、医療現場、データ分析、政策、国際刑事法、国際人道法のそれぞれの視点から問題を掘り下げた。モデレーターはMSF日本事務局長の村田慎二郎が務め、赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表の榛澤祥子氏がコメントを寄せた。

パネリストは次の4人(発表順)。
・マリア・ゲバラ(MSF医療主事)
・クリスティーナ・ウィレ氏(調査団体「インセキュリティ・インサイト」代表)
・スリム・スラマ氏(世界保健革新サミット(WISH)─カタール財団代表責任者)
・越智萌氏(立命館大学大学院国際関係研究科准教授)

クンドゥーズ攻撃から10年、守られない医療の現場

ゲバラは、決議2286号がMSFにとって特別な意味を持つ理由として、2015年10月3日にアフガニスタン北部クンドゥーズで起きたMSF外傷病院への攻撃を挙げた。

この病院は地域で唯一の本格的な外傷治療施設だった。しかし、米軍機による攻撃で42人が死亡。そのうち14人はMSFスタッフだった。患者は病床で命を奪われた。

MSFは病院の正確な位置情報を事前に米軍側に共有しており、攻撃中も米軍側に何度も連絡を取ったが、攻撃は約1時間にわたって続いた。米軍は後に「人為的ミス」や「機器の不具合」を理由に挙げたが、ゲバラは「受け入れられない行為に対する、受け入れられない言い訳だった」と振り返る。

MSFは独立した調査を求め、2016年5月にはICRCと共に安保理で「医療は命がけの仕事であってはならず、患者は病床で殺害されてはならない」と訴えた。

しかしそれから10年たったいまも、攻撃は止まっていない。

現在もパレスチナ・ガザ地区では、人道援助物資の搬入が著しく妨げられ、医療施設が国際人道法上の保護を失ったかのように語られることがある。ゲバラは「そうした主張には厳格な条件が必要だが、現場ではそれが満たされていない」と強調した。

10年で1万8000件超──データが示す攻撃の拡大

ウィレ氏は医療への攻撃が「制御不能なほど拡大している」と警告し、さまざまデータに基づく実態を報告した。

医療への攻撃を10年にわたって監視してきたインセキュリティ・インサイトの調査によると、この期間に医療への攻撃は1万8000件を超えたという。

被害を受けているのは軍の医療サービスだけではない。市民向けの医療サービス、特に産科医療や母子保健も攻撃の対象となり、地域の人びとが医療を受ける機会そのものが奪われている。

またウィレ氏は、「医療への攻撃は国際人道法の問題であると同時に、民間人保護の問題でもある」と指摘する。医療従事者が現場にいても、物資の供給や移動経路が制限されれば必要な治療を提供できないためだ。

さらに、命を落としている医療従事者の多くは、他国から派遣されたスタッフではなく、各国の保健省や地域の医療機関で働く現地の人びとだと指摘する。

ほかにも、非国家主体による攻撃が増えている一方で、それよりも大きく増加しているのは国家主体による攻撃であることを示すデータなどを紹介。ウィレ氏は、医療に対するさまざまな暴力のパターンを知ることが「有効な対策を見極めるうえで大切」と訴えた。

記録することは「抵抗」──見えない攻撃を可視化する

スラマ氏は、医療への攻撃に対する監視と記録の意義を強調した。

2017年から運用する医療への攻撃の監視システムによると、2026年は1~3月だけで14カ国568件の事案が報告され、416人以上が死亡したという。ただし、この仕組みで監視できる国は最大25カ国に限られており、記録されていない攻撃はさらに多い可能性がある。

スラマ氏は、政治的な優先度が上がらない背景として、①規範は存在しているが執行が弱いこと、②関係主体や指導体制が分断されていること、③データ収集・活用の仕組みが縦割りになっていること──などを挙げた。

また、医療への攻撃の状況を記録することについて「忘れないための抵抗の形だ」と表現。単一の攻撃であれ、戦争犯罪やジェノサイド(集団殺害)に関わる事態であれ、「記録を残し、情報を活用することが重要だ」と呼びかけた。

医療への攻撃は裁けるのか?──訴追を阻む高い壁

越智氏は、専門分野である国際刑事法の観点から、医療への攻撃を処罰できるのか解説した。

国際刑事裁判所(ICC)の設立条約である「ローマ規程」では、文民・民用物を狙った攻撃や病院への攻撃が戦争犯罪として問われ得る。実際に、コンゴ民主共和国の内戦に関するンタガンダ事件では、診療所への攻撃について有罪認定された例がある。

ただし、実際に責任を問うのは容易ではない。越智氏によると、たとえ病院と一般に知られている場所であっても、①攻撃時に病院として機能していたこと、②軍事利用されていた証拠がないこと、③攻撃側がそこを医療施設だと認識していたこと──の三つの証拠が集まらないと裁判で通用しないという。

たとえば、ウクライナでの戦争やガザでの紛争を巡ってICCは訴追に動いたが、現時点で公表されている対象に、医療への攻撃そのものは中心に含まれていない。

越智氏は実務的な課題として、①医療施設と認識したうえで攻撃したことなどを示す「証明の困難」、②政治的制約や時間経過による証拠の劣化・記憶の薄れなどの「捜査の困難」、③医療従事者の中立性や被害者のプライバシー保護といった「倫理的課題」の3点を挙げた。

一方で、「刑事責任追及における医療の役割は大きい」と主張。医療従事者の証言や科学的根拠に基づく専門家の分析は、裁判で重要な意味を持ち得る。また、NGOや専門家が「法廷の友(アミカス・キュリエ)」として裁判所に意見を提出することも、ICCだけでなく、国際司法裁判所(ICJ)や国内裁判所での責任追及に役立つ可能性が高いとした。

こうした状況を踏まえ、越智氏は「医療攻撃は戦争犯罪になり得る。ただし訴追は困難で、証拠と制度強化が必要になる」と結論づけた。

救助を待った6歳の少女──崩れる「倫理の一線」

榛澤氏は、2024年1月にガザで死亡した6歳の少女の話を紹介した。

少女の名前は、ヒンド・ラジャブさん。一家で避難中に攻撃を受け、家族は死亡。車内から助けを求め続けたが、救助を待つ車内で殺害された。彼女を助けるため出動したパレスチナ赤新月社の救急要員も攻撃を受け、命を落としたという。

そのうえで榛澤氏は、国際人道法は戦争をなくすための法ではなく、戦争という最も残酷な状況の中でも「最低限の人間性を守るためのルール」だと語った。そして、病院や医療従事者を攻撃してはならないという原則は、単なる法的義務ではなく「人類が維持しようとしてきた、これ以上下げてはいけない倫理の一線」と力を込めた。

しかし、「その線が世界各地で崩れている」と榛澤氏。

いま必要なのは、懸念の表明にとどまらない政治的コミットメントだとしたうえで、「日本でこの問題を語ることは、単に海外で起きている悲劇について議論することではない。それは力ではなく、ルールが守られる国際秩序を私たちが望むのかを問うことでもあると思う」と強調した。

医療への攻撃を「当たり前」にしないために

議論の後半では、攻撃を止めるために必要な行動に焦点が移った。

ウィレ氏は、現場への物理的なアクセスの制約により、データが必ずしも全体像を示すわけではないと前置きし、「いかに世界で医療が守られていないかを『物語』として(具体的に)伝えることに焦点を当てるべき」と提案した。

ゲバラは、医療施設が国際人道法上の保護を失ったかのように語られる現状において、「MSFは現場の事実や証拠、証言を示し、攻撃を正当化するような主張に対抗している」と説明。一方で、立証責任が攻撃を受ける側に負わされている状況を批判し、「まさにそのような状況から守るために、法が存在しているはず」と訴えた。

越智氏は、説明責任を強化するために「国家の役割が鍵となる」とした。個人を処罰する権限を持つのは基本的に国家であり、ICCを含む国際機関は国家によってつくられているためだ。そのうえで、「それは第三国だけを意味するわけではない。実際に戦っている当事国自身も、戦闘中の暴力の数、深刻さや残虐性を減らすことは利益になると理解してもらわなければならない」と強調した。

こうした議論を受けて、村田は「問題は規範がないことではなく、コミットメントと現実の間に大きな隔たりがあること」と総括。人びとが本当に危惧すべきことは、医療への攻撃が続くことだけではなく、それが「当たり前」として受け入れられてしまうことにあると訴えた。

医療が守られない世界に、私たちは慣れてしまっていいのか──。その問いが参加者に投げかけられ、セッションは締めくくられた。

オンラインセッション3:
災害・紛争下におけるメンタルヘルス──見えない傷にむきあう

上段左から、原田奈穂子氏、宮地尚子氏、桑山紀彦氏。下段左から、福島正樹、高橋晶氏 © MSF
上段左から、原田奈穂子氏、宮地尚子氏、桑山紀彦氏。下段左から、福島正樹、高橋晶氏 © MSF

近年、世界情勢は予測を超える急速な悪化を見せているうえ、自然災害も温暖化の影響が指摘される事例が相次いでいる。

こうしたなか、本セッションは、災害・紛争下におけるメンタルヘルスとはなにか、そしてなぜメンタルヘルス・心理社会的支援(MHPSS:Mental Health and Psychosocial Support)活動が重要なのかを再考する機会となった。

モデレーターは岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科 看護科学分野 教授の原田奈穂子氏が務めた。

パネリストは次の4人(発表順)。
・宮地尚子氏(一橋大学大学院社会学研究科特任教授)
・福島正樹氏(MSF心理士)
・桑山紀彦氏(海老名こころのクリニック院長/特定非営利活動法人「地球のステージ」代表理事)
・高橋晶氏(筑波大学付属病院 茨城県災害・地域精神医学研究センター教授/茨城県立こころの医療センター地域・災害支援部長)

「環状島モデル」が示すトラウマの構造

まず、宮地氏がトラウマを取り巻く被災者や被害者ら当事者と支援者の相互関係について、自身が考案した「環状島モデル」を用いて説明した。

環状島モデルによると、当事者は被害や症状が重いほど、トラウマの核心である環状島の「内海」に沈んでしまい声を上げられない。声を取り戻すためには、当事者自身が時間をかけて「内斜面」を登っていく必要があるという。一方で、支援者は「外海」から島に上陸し、「外斜面」を登った先で当事者と出会う。

同時に、「環状島には三つの力が働いている」と宮地氏。トラウマがもたらす反応や症状である「重力」、当事者や支援者の間に起こる混乱や葛藤の「風」、トラウマに対する社会の無理解や偏見の程度を示す「水位」であり、人びとを巡る環境に作用しているという。

そのうえで宮地氏は、「トラウマを『耕す』」ために取りうる方法を紹介。当事者が追悼の儀式を通じて喪失と向き合い悲嘆反応を和らげることや、互いに心の傷を抱えている可能性を認識し、尊重し合いながらコミュニティを再建することなどの重要性を挙げた。

紛争地と日本で見た、心理的ケアの道筋

続いて福島は、MSFが活動地で人びとに提供しているMHPSSについて、4層ピラミッドの図を示しながら解説した。人びとはまず、飲料水や食料の確保など、生命と安全を守るための基礎的な支援を確保することで「安心を感じ、土台が築かれる」とした。

また、MSFの心理士としてパレスチナ、スーダンなどの紛争地で避難民の心理サポートに取り組んだ経験を踏まえ、「極限状態における人びとの反応は、日本と海外で驚くほど似ていた」と指摘。他方で、日本の被災者の特徴は「遠慮」や「我慢」であり、心理的ケアにつながりにくい傾向があるため、「まずは信用を引き出すことが大切」と説明した。

現在は、MSF日本事務局の心理的社会サポートマネジャーとして、日本から海外へ派遣されたスタッフが抱えるストレスやトラウマに対する心理的ケアに携わる。派遣先では言語や文化の違いから小さなストレスが積み重なり、大きな不調につながる場合があるため、「わずかなストレスでも早く誰かに共有することが重要」と強調した。

トラウマ回復の三段階──安全、語り、再結合

桑山氏は、精神科医として国内で臨床活動を続けながら、旧ユーゴスラビア、パレスチナ、ウクライナなどの紛争地で、トラウマケアに特化したMHPSS活動に取り組んできた。

発表では、精神科医ジュディス・L・ハーマン氏の著書『心的外傷と回復』を紹介。本書では、トラウマからの回復に①安全の確保、②語りと服喪追悼、③社会との再結合と社会化──の3段階があるとされ、桑山氏は「このモデルを自分なりに実践してきた」と振り返った。

桑山氏のワークショップでは、まず、言葉にならないトラウマの経験を絵画などの「二次元表現」として表出する。次に、粘土制作などの「三次元表現」の形で物語化し、さらに複数人で映画や音楽といった、時間軸のある作品を作る「四次元表現」に進む。最終的には、保護者や地域の人びとを招いた発表会で「社会との再結合につなげる」という。

こうした記憶と感情の整理は、当事者が自尊感情や自己有用感を取り戻し、怒りや復讐心といった感情のコントロールにも役立てられると桑山氏は指摘。「ワークショップを平和構築にもつながる一つのモデルとして展開してきた」と報告した。

DPATの歩み、日本の災害精神医療の課題

最後に、高橋氏は、日本における災害時のMHPSSの歩みについて紹介した。

日本では、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに災害時の「心のケア」が注目され、2011年の東日本大震災などを経て支援体制が発展してきた。2013年には精神科医や看護師らで構成される「災害派遣精神医療チーム」(DPAT)が発足し、2016年の熊本地震や2024年の能登半島地震への派遣で実践を重ねてきたという。

一方で、高橋氏は「課題も残っている」と指摘。都道府県によって体制整備には差があり、将来想定される南海トラフ巨大地震への備えも不十分という。また、発災間もない時期(急性期)から中長期へと支援をつなぐうえで、「DPATが活動を終了した後、地域の精神保健体制に引き継ぐ時期・方法に明確な基準がない」ことも挙げた。

さらに、自治体職員や医療従事者ら支援者側が被災地で抱える、強い心理的負担に関する研究結果にも触れた。高橋氏は「支援者を守ることは、その先にいる被災者を支えることにつながる」と強調。支援者自身のセルフケアだけではなく、休息や交代を確保する組織的な仕組みなど、中長期を見据えた支援者支援の制度づくりの必要性を訴えた。

言葉や文化を超え、トラウマに向き合う

その後、パネリスト4人は、視聴者らから寄せられた質問に基づいてディスカッションした。

まず、日本人が海外の紛争地や被災地で心理的ケアに携わる際の障壁について意見を交わした。パネリストは、言語や文化、価値観の違いに配慮する必要はありながらも、トラウマや喪失への反応には、国を超えて共通する部分が大きいとの見方で一致した。

一方で、性別や年齢によっては、ストレスやトラウマの表れ方に違いがあるという。性差について、宮地氏は「男性の方が弱さを出そうとせず、暴力や身体的な症状で表れる傾向があると言われる」とし、桑山氏は「私が活動した地域では、女性の方が集まってトラウマの経験を語ろうとするエネルギーが強いことが多かった」と応じた。

同時に、宮地氏はこうした性差を固定的に捉えるのではなく、一人一人が内面化しているジェンダー規範の違いに目を向けることの重要性も指摘した。

さらに、非言語的な表現の意義についても議題となった。

トラウマ体験をすぐに言葉にすることが難しい場合、アートは一つの表出手段になる。高橋氏は、トラウマの核心に直接触れることは当事者への負担が大きくなりかねないため、「まずは絵などでイメージをしてもらい、比較的安全なところから扱ううえでもアートには重要な意味がある」と説明した。

福島は、小さな子どもと一緒に絵を描いた「プレイセラピー」がMSFの活動地で効果的だったとする事例を紹介。そのうえで「なかにはつらい体験をうかがわせる絵を描く子もいた。それでも、自身の体験を言葉で表現しづらい子どもにとって、その様子をそばで見守ることが安心感につながるのではないか」との見解を示した。

本セッションでは視聴者から他にも多くの質問が寄せられ、メンタルヘルスへの関心の高さをうかがわせた。

オンラインセッション4:
南スーダン—縮小する国際援助と増大する人道ニーズ

上段左から、小林綾子氏、ボイショコ・モカトゥルエ氏、山元めぐみ氏。下段左から、ローラ・スプレイ、平原弘子氏 © MSF
上段左から、小林綾子氏、ボイショコ・モカトゥルエ氏、山元めぐみ氏。下段左から、ローラ・スプレイ、平原弘子氏 © MSF

南スーダンでは紛争や洪水、感染症、隣国スーダン内戦の影響が重なり、深刻かつ複合的な人道危機が続いている。人口の約70%にあたる930万人が支援を必要とし、避難や人道アクセスの制約も拡大。また、独立以降最悪のコレラ流行と資金不足により医療体制はひっ迫し、一部地域では援助活動の停止も余儀なくされている。

2011年の独立時に「世界で一番新しい国」として国際的な関心を集めた同国の状況は、いまや「忘れられた危機」となりつつある。本セッションでは、その深刻化する現状に改めて光を当てた。

モデレーターは上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科・准教授の小林綾子氏が務めた。

パネリストは次の4人(発表順)。
・山元めぐみ氏(特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン南スーダン現地事業責任者)
・ローラ・スプレイ(国境なき医師団【MSF】南スーダン人道担当コーディネーター)
・平原弘子氏(国連南スーダン共和国ミッション民政部長)
・ボイショコ・モカトゥルエ氏(デモクラシー・ファウンデーション事務局長)

内戦と政治的停滞が引き起こす人道危機

セッションに先立ち、小林氏が南スーダンの概況について説明した。

南スーダンは長い南北対立と内戦を経て2011年にスーダンから独立した。しかし2013年に南スーダン内部での対立から内戦に発展。衝突解決合意と暫定政府の樹立を経ても衝突は再燃し、2018年の再活性化された衝突解決合意を経て2020年に統一暫定政府が発足した。初の国政選挙は度重なる延期の末、2026年12月実施予定だが不透明な状況にある。

対立の軸はサルバ・キール大統領派とリアク・マシャール第一副大統領派で、2025年3月の軍事衝突を契機に緊張が再び高まり、各地で暴力が拡大。東部ジョングレイ州などでは民間人も戦闘に巻き込まれている。

政治的な分断が深まる一方、スーダン軍と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の間で内戦となっている隣国スーダンの影響も大きい。南スーダン産の石油はスーダンで精製・輸出されるため、経済はスーダン情勢に左右される。また、スーダンからの武器流入が情勢の悪化に拍車をかけているという情報もあり、政治・軍事情勢への対応が大きな課題となっている。

人道状況も厳しく、近年で250万人以上が避難を余儀なくされており、今年だけで約39万人が新たに避難民となった。食料不安は約780万人、支援を必要とする人びとは約1000万人に上る。洪水被害や感染症の拡大も深刻化している。

米国の資金削減がもたらした実情

パネルディスカッションでは、まず山元氏がピースウィンズ・ジャパンの南スーダンでの活動について報告し、中央エクアトリア州および北バハル・アル・カザル州における保健・給水衛生活動の取り組みを紹介した。

その中で、米国の支援削減の影響にも言及し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)資金による事業は予算が半減して活動を縮小、患者搬送も命に関わる場合に限定せざるを得なくなったと説明。また、民間航空会社の路線がない地域などで航空機を運航し、人道援助活動に不可欠な世界食糧計画(WFP)の国連人道航空サービス(UNHAS)も、減便や運航停止、運賃の上昇に直面しているとした。

さらに、米国はUNHCR予算の約40%を担っていたほか、国務省の人口・難民・移住局も支援していたが、いずれも大幅に縮小。WFPも同様に予算の約40%を失い、南スーダンのスーダン難民への食料支援は半減しているという。

こうした状況下で満たされていないニーズは多く、今後どのように対応していくかが大きな課題だとした。

急増する民間人への暴力と医療攻撃

次にスプレイは、1983年から続く南スーダンでのMSFの活動と、現在12の緊急プロジェクトを展開していることを紹介し、近年、武器による負傷や性的・ジェンダーに基づく暴力(SGBV)の患者が急増していると指摘した。

一方で、治安悪化や移動制限、人道援助の政治的利用、医療施設への攻撃により、医療へのアクセスは低下しており、実際の暴力は報告以上に深刻である可能性があると述べた。銃創は2024年比で77%増加し、被害は男性に多いものの、女性や少女(16%)、15歳未満の子ども(14%)にも及んでいるとした。

SGBVについては、2025年に2600人以上に医療を提供し、2026年1~3月だけでも1800人(うち885人以上が性暴力被害者)を治療。被害者の大半は女性で、差別や移動手段の不足、報復への恐れが援助への障壁となっているとした。

また、2025年の空爆は138回と急増し、民間人も被害を受けているほか、上ナイル州やジョングレイ州で暴力が拡大していると説明。若年層を中心に誘拐や強制的な徴用が広がっているうえ、拘束や拷問、報復への懸念などが障壁となり、人道援助にアクセスしづらい状況が続いていると指摘した。

さらに、MSFは2025年以降に12件の攻撃を受けるなど、医療提供が制約され、予防・治療可能な疾患への対応も困難となっている地域もあり、約7万6200人が医療へのアクセスを失っていると報告した。

最後に、MSFは紛争当事者に対し民間人と医療施設の保護を求めるとともに、医療への攻撃の常態化に懸念を示し、人道アクセスの確保と支援拡大の必要性を訴えた。

支援と保護を支えるUNMISSの取り組み

続いて平原氏は「南スーダンにおける国連平和維持活動(PKO)」と題し、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)の概要を紹介した。UNMISSは文民・警察・平和維持軍が連携する統合ミッションで、主に紛争解決と人道支援の支援を担っている。

活動は1年ごとに更新され、2011年の設立から今年で15年目を迎えた。主な任務として、文民保護、人権の監視・調査・報告、人道支援物資配布のサポート、和平合意遂行のサポートを挙げた。また、民政部は首都ジュバ以外での紛争解決や平和構築、市民団体の支援を担っていると説明した。

文民保護については、影響力を持つ関係者との対話や現地への展開を通じた安全確保と、保護のための環境整備を行っており、また、人道支援に対するサポートでは、援助機関と連携し、活動の優先地域や内容の調整を行っていると述べた。

さらに、ラジオを通じた情報発信、 PKO部隊による WFPの輸送支援や食料の空中投下の補助など、多様な活動を展開しているほか、国連機関や人道援助団体と安全・政治情勢に関する情報共有も行っているとした。MSFとは共同活動こそ行わないものの、情報共有は実施していると説明した。

指導力の欠如が招く合意の形骸化

続いてモカトゥルエ氏は「南スーダンにおける衝突の解決に関する再活性化された合意(R-ARCSS)」が形骸化・弱体化し、暴力が激化しているとして、衝突解決合意が事実上、廃棄されつつある現状に警鐘を鳴らした。

その背景には「指導力の危機」があるとし、独立時から続くリーダーシップの欠如により国家制度はいまだぜい弱で、政治は特定の人物への依存を強めていると説明。さらに「政治の軍事化」が進む中で当事者間の信頼はほぼ崩壊し、政治的意思の欠如が合意の履行を妨げ続けていると指摘した。

一方で、アフリカ連合(AU)は南スーダン独立前の2002年からスーダン問題に関与し、2014年にはIGAD(政府間開発機構)の仲介を支援してハイレベル委員会(C5)を設置、対話促進や合意履行の監督などを担ってきた。しかし、地域・国際的な取り組みにはばらつきがあり、南スーダン指導者への影響力は依然として限定的だとした。

その上で、AU上級代表ジャカヤ・キクウェテ前タンザニア大統領が政治協議を積極的に遂行していることに触れ、AUやIGAD、国連が連携して一体的に関わる必要性を強調。指導者のコミットメントを高めるとともに、制度改革を進める重要性を訴えた。

危機の深刻化と援助縮小──問われる対応力

その後、パネリストは視聴者からの質問に応じた。

──南スーダンで、性的・ジェンダーに基づく暴力や誘拐、人道援助関係者への攻撃を抑制するには。
平原氏は、UNMISSも予算削減の影響を受け、活動が従来の10カ所から6カ所へ縮小したと説明。一方で、今年4月30日の安保理決議では、人道援助へのより積極的な支援が盛り込まれており、今後はこの分野に重点的に活動を配分していく方針だと述べた。また、草の根レベルの市民社会組織とも連携しながら、状況に応じて柔軟な対応を強化していく考えを示した。

またスプレイは、2011年以降、MSFスタッフ31人が攻撃により命を落としている現状に触れ、人道援助関係者の安全確保を最優先とするとともに、国際社会の関心を高めるためのアドボカシー活動を一層強化していきたいと述べた。

──大学生として、南スーダンを支援するためにできる具体的な行動は。
山元氏は、日本では南スーダンがメディアでほとんど取り上げられず、「忘れられている」と指摘。そのうえで、下痢など日本では考えにくい理由で命を落とす現実があり、生きること自体が困難な状況にあることを、まず知ることの重要性を強調した。

平原氏は、南スーダンは紛争や政治不安に加え自然災害も重なり、多くの困難に直面していると述べ、関心を持つことの意義を強調。また、現地の人びとに寄り添って活動することに関心がある人は、将来ぜひ一緒に関わってほしいと述べた。

ハイブリッドセッション&クロージング:
変容する世界秩序と人道主義のこれから

上段左から、榎原美樹氏、藤谷健氏、末藤千翔。下段左から、庄山桃子氏、三牧聖子氏、山本朋幸氏 © MSF
上段左から、榎原美樹氏、藤谷健氏、末藤千翔。下段左から、庄山桃子氏、三牧聖子氏、山本朋幸氏 © MSF

現在、国際秩序と国際援助は大きな転換期にある。その象徴が、米国の対外援助政策の急激な変化だ。2025年に米国際開発局(USAID)は事実上解体され、対外援助は国益と安全保障を前面に出す体制へ再編された。この影響で、人道援助や国際保健の現場では活動の縮小や中断が相次ぎ、人道原則の維持は一層困難になっている。

本セッションでは、こうした変化を背景に、人道主義の意義と今後の人道援助のあり方について議論された。

モデレーターはジャーナリスト、ドキュメンタリストであり、元NHK記者・キャスターの榎原美樹氏が務めた。

パネリストは次の4人(発表順)。
・藤谷健氏(国際基督教大学客員教授/朝日新聞with Planet編集部シニアエディター)
・庄山桃子氏(パリ政治学院政治学・中東地域研究学士課程修了/ King’s College London分断された社会における紛争解決学修士課程進学予定)
・末藤千翔氏(国境なき医師団日本アドボカシー/メディカル・アフェアーズ/緊急対応部門ディレクター)

また、講演者・パネリストとして同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授の三牧聖子氏が登壇し、国境なき医師団(MSF)の救急医・渡邊紗耶香が活動地レバノンからビデオメッセージを寄せるとともに、外務省国際協力局緊急・人道支援課長の山本朋幸氏がコメントした。

トランプ政権と揺らぐ人道主義

まず、三牧氏が「トランプ政権と平和・人道の危機」と題し、第二期トランプ政権の実情と人道援助への影響について講演した。

トランプ氏には「米国は他国につけこまれてきた」という被害者意識があり、日本を含む同盟国が世界秩序の維持や人道支援を米国に肩代わりさせてきたとの認識が、関税などの強硬策として我々に向けられている、と述べた。

そして、「米国第一主義」のもとでは、世界平和や人道援助は外交目標として重視されていないと説明。その象徴がUSAIDの解体であり、「無駄と浪費」と断じて短期間で解体を進め、人道支援に敵対的な姿勢を示したとした。USAID解体は最大で30万人規模の犠牲につながる可能性があり、その影響をいかに抑えるかが喫緊の課題だと強調した。

さらに、この動きを主導したのがイーロン・マスク氏であり、政府効率化省(DOGE)のトップとして影響力を行使し、国内外の支援削減を進めた点を挙げ、民間の富裕層が政策に強い影響力を及ぼす現代的な現象だと指摘した。

また、トランプ氏は自らを王のように位置づけ、ホワイトハウスの改修や自身の名を冠した施設の建設などレガシーづくりに注力しており、人道主義だけでなく、米国の民主主義自体が危機にあると述べた。

さらに、ベネズエラやイランへの対応に触れ、米国は公共財の提供国から秩序の破壊国へと変貌しつつあると分析。今や世界は「ヤルタ2.0」とも言うべき米国、中国ロシアの大国が勢力圏を分け合う時代に近づきつつあり、人道や倫理の位置づけが縮小する危険性に警鐘を鳴らした。

そのうえで、この状況を防ぐため、「日本は価値観を共有するミドルパワーと連携し、米国をけん制していく必要がある」と訴えた。

レバノン南部、停戦下でも続く攻撃

パネルディスカッションに先立ち、イスラエルの攻撃が続くレバノン南部ナバティエで活動するMSFの渡邊医師からのビデオメッセージが紹介された。

渡邊は、攻撃は連日続いており、医療施設も被害を受けていると報告。また、ボランティアの救急隊員を標的とした攻撃も相次ぎ、現場に駆け付けた隊員たちが繰り返し攻撃される状況が続いていると述べた。
救急医・渡邊紗耶香 © MSF
救急医・渡邊紗耶香 © MSF


患者の中には家族全員を失った人や子ども、高齢者もおり、一人でも多くの命を救うために活動を続けていると強調した。停戦が報じられる一方で、現場の状況は改善しておらず、約100万人とされる避難民の人びとにも巡回診療で医療を届けていく考えを示した。 

援助縮小が突きつける現実と転換点

パネルディスカッションの冒頭で藤谷氏は、ザンビアにおけるHIV/エイズ取材で見えてきた現実を報告した。ザンビアでは米国の支援により治療薬が普及し、平均寿命はかつての約30歳から60歳へと大きく改善した。しかし、USAID解体によって支援が途絶え、一国の政策判断が人命に影響を及ぼす現実を目の当たりにしたと述べた。

一方で、外部支援の停止を契機に「自国の医療は自国で担う」というオーナーシップが強まり、政策転換が進む側面もあると指摘。ただ現場からは、「これまでの取り組みが一瞬で崩れた」という怒りの声も上がっているという。

こうした自国優先主義は欧州諸国にも広がっており、日本もグローバルファンドの拠出金削減など同様の兆候が見られると警鐘を鳴らした。そして、資金縮小の中で私たちに求められる対応として、援助国間の連携強化、被援助国のオーナーシップを尊重した支援設計、国内財源の多様化、AI活用など新たな手法の模索を挙げた。

また現場では、支援が途絶えても無給で働き続ける人びとがいる現実に触れ、こうした努力を孤立させないために、国際社会の「知恵と連携」が不可欠だと訴えた。

日本の難民政策と後退する国際支援

続いて庄山氏はユースの視点から、難民支援協会での活動を通じて感じた課題を共有した。

日本は難民認定率が国際的に見ても低く、本来保護されるべき人が認定されない現状があると指摘。認定基準が非常に厳しいことに加え、申請中に生活困難に陥っても十分な支援を受けられないケースがあり、難民条約批准国としての責任が十分に果たされていない状況は長年続いていると述べた。

さらに、日本・イスラエル・パレスチナ学生会議での経験に触れ、ガザの深刻な人道状況や、イスラエル国内で和平に悲観的な声が増えている現状を紹介。加えて、米国の援助削減が人道援助だけでなく平和構築にも波及しているとし、世界秩序や外交政策の変化が、現場レベルの支援活動や平和の取り組みにも大きな影響を及ぼしていると強調した。

人道援助を阻む構造的な障壁

続いて末藤は、長年の現場経験を踏まえ、特に重要な2つの現実について報告した。

まず、命を救う最前線で活動する組織が必ずしも資金を得られていない現状を指摘。スーダン・ハルツームでの経験を例に、紛争下で人道援助団体のアクセスが限られる地域では、緊急対応室(ERRs)や現地ボランティアが大きなリスクを抱えながら支援を担っているにもかかわらず、十分な資金が届いていないと述べた。

2点目として、人道援助団体が存在していても、政治的・金融的な枠組みが支援の遅れや阻害につながっている実態を挙げた。制裁下では人道的例外が認められていても、送金の遅延や金融機関の慎重姿勢、煩雑な手続きが大きな障壁となるという。2023年のトルコ・シリア地震では、トルコには迅速に国際支援が届いた一方、制裁下のシリア北西部には発災後の数日間ほとんど援助が届かず、住民は地域の自助に頼らざるを得なかったと説明した。

さらに、軍事転用(デュアルユース)の懸念を理由とした物資制限の深刻さにも言及。ガザでは石けんすら制限され、スーダンでは燃料や医療物資の搬入が妨げられ、医療施設で限られた電力をどの機能に配分するか極めて困難な判断を迫られた経験を振り返った。

こうした状況は人道援助のあり方そのものを問い直すものだとし、変化する環境の中でも支援を途切れさせない仕組みが求められていると強調した。その上で、人道原則は理念にとどまらず、最も困難な状況でこそ実践されるべきものだと訴えた。

届かない支援、変わる米国──問われる人道の責任

その後、三牧氏とパネリストは榎原氏からの質問に答えた。

──なぜ人道援助の最前線に人や物資が届かないのか。
末藤はまず安全確保の困難さを挙げ、スーダン・ハルツームでは激しい戦闘により、MSF以外は活動が難しかったと説明。加えて、行政手続きや規制も障壁となっており、パレスチナでは多数の国際NGOが登録を抹消され活動停止に追い込まれていると指摘した。

MSFは活動を継続しているものの、国際スタッフは滞在できず、物資も今年1月以降搬入できていない状況にある。その中で、現地スタッフが限られた資源で医療を支えており、こうした人びとへの支援の必要性を訴えた。

──ガザの人びとは現状をどう見ているか。
庄山氏は人道危機の長引くガザからの脱出を望む人もいる反面、 度重なる避難の経験から「これ以上、故郷から追い出されたくない」と考える人も多いとし、状況の改善には外交の役割が重要だと訴えた。

また、日本による支援で整備された施設が攻撃で繰り返し破壊されており、大きな損失であると指摘。さらに、対話プログラムに参加するパレスチナやイスラエルの若者が減少し、将来に希望を見いだせない声が増えていると述べた。

──現在の米国の政策は、政権交代で変化するか。
三牧氏は国際協調や人道主義には民主党の方が積極的な傾向があるとしつつ、米国は党派対立が強く、選挙の度に政策が大きく変わり得ること自体がリスクだと指摘した。また、かつては孤立主義だった米国が、二度の大戦を経て介入主義へと転じ、使命感のもとで人道支援を支えてきた経緯にも言及した。

しかし、近年は大国としての位置づけが揺らぎ、国内課題への関心が優先されているため、政権が交代しても従来のような役割に戻るとは限らないという。そのうえで、米国の関与が相対的に縮小する中、他国がどう行動していくかが重要になると述べた。

会場でコメントするパネリストたち © MSF
会場でコメントするパネリストたち © MSF


──人道危機を伝えるメディアとして大切にしていることは。 
藤谷氏は「自国が大変なのになぜ他国に関心を向けるのか」という世論に対し、より深刻な状況があることを事実に基づいて伝える重要性を強調。新型コロナウイルス(COVID-19)のオミクロン株やデング熱の流行も決して遠い世界の 他人事ではないとした。さらに、新聞などの既存メディアも、音声や映像を活用し、若い世代に届く伝え方を模索し続ける必要があると述べた。

──若い世代は人道援助に対して興味があるか。
三牧氏は、多くの若者は海外に関心はあるものの、実際に行動に移すまでには至らないとし、その背景には円安などによる経済的不安が大きいと指摘。そうした課題を大人が解消していくことで、若者の可能性は広がるとした。

さらに、SNSや人道援助団体の発信を通じて若い世代に現地の実情が伝わり、今や米国でもパレスチナ支持がイスラエル支持を上回るなど意識が変化している点に言及し、日本の学生にも同様の傾向が見られると述べた。

──日本が、人として・援助団体として・政府として貢献できることは。
末藤は、現地の人びとにとっては「支援そのもの」だけでなく、「世界から忘れられていないと感じられること」が重要だと説明。そのため、団体として事実を伝え、人びとの関心を喚起し、可能な範囲で行動につなげてもらうことが大切だと述べた。

政府に対しては、原則に基づく人道援助を継続し、制度や枠組みにとらわれず実際に届く支援を迅速に実現すること、そして対話が難しい相手とも関係を維持しながら人道援助を支え続けることを求めた。

複雑化する人道危機と原則維持の重要性

外務省国際協力局緊急・人道支援課長 山本朋幸氏 © MSF
外務省国際協力局緊急・人道支援課長 山本朋幸氏 © MSF
最後にコメントに立った山本氏は、人道状況が深刻化・複雑化する中で欧米の支援が減少し、現場の不確実性が高まっている、と指摘。

その中で人道原則が大きな拠り所となっており、国連や人道援助団体はその活動を維持していると説明。併せて、グローバルサウスや現地の市民社会の役割が拡大し、被援助国のオーナーシップや連携の強化が、強靭性の視点からも重要になっていると述べた。

また日本は、国際人道法の普及促進に取り組むとともに、紛争下の医療に関する安保理決議2286号の共同ペンホルダー、人道要員保護に関する決議2736号の共同提案国としての役割も果たしていると説明した。

そのうえで、増大する人道ニーズへの対応には政府・企業・市民社会の協働が不可欠であり、変化する国際社会の中で人道原則を堅持する重要性は一層高まっていると強調した。

閉会あいさつ

村田慎二郎(MSF日本事務局長) © MSF
村田慎二郎(MSF日本事務局長) © MSF
今年のコングレスには3日間で約600人が参加登録した。全セッション終了後、MSF日本事務局長の村田慎二郎は次のように統括した。

「国際秩序が急速に揺らぐ中、本コングレスが人道援助への理解を深め、求められる対応について考える機会となっていたらうれしい。パレスチナでは停戦後も厳しい状況が続き、関心の低下が懸念される中、軍事力に依存するのでなく外交によって状況改善を図ることの重要性と、国際秩序を維持する働きかけの継続が強調された。

また、医療機関への攻撃は増加し、現場で活動する人びとの危険性は高まっているが、加害者を処罰することが難しい現状を踏まえ、攻撃の記録と証拠収集を制度的に進める必要性が指摘された。

メンタルヘルスについては、生命と安全を確保することがメンタルヘルスの基盤であることが強調された。加えて、トラウマに対する人びとの反応は文化や言語を越えて共通しており、ケアの違いは少ないこと、そしてセルフケアや支援者への配慮の重要性が示された。

南スーダンでは、援助削減によるプロジェクト縮小や、紛争激化に伴う銃創、性暴力、医療への攻撃の増加が報告された。人道アクセスの難しさとともに、紛争快活に向けた仲介、政治的取り組みの重要性も共有され、関心を持ち続ける必要性が強調された。

そして強硬な外交や不安定な世界情勢、若者の感情の揺れなどが示される中で、『共感』をいかに行動の力へと転換するかが課題として浮かび上がった。

国際法が軽視される現状を当然とせず、本来守られるべき原則を訴え続けていく必要があると感じる。MSFはこれからも医療援助と証言活動を通じて、人道援助が確実に届くよう訴え続けていく」

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