米国の資金削減により、南アフリカで47の臨床試験が中断のおそれ HIVと結核の治療薬・ワクチン開発が危機的状況に
2025年05月29日
南アフリカ共和国(以下、南アフリカ)でのHIVおよび結核に関する研究が、米国の資金援助の停止および助成金の打ち切りにより、深刻な危機に直面している。病気の予防、検査、治療、ケアなど、人びとの命を守るための研究開発が滞る可能性がある。
危ぶまれる重要な臨床試験の存続
米国の資金削減が、HIVと結核に関する特定の臨床試験および研究拠点に影響を及ぼしていることを分析したのは、今回が初めて。TAGとMSFは、援助機関、各国政府、支援団体に対し、以下の緊急措置を講じるよう求めている。
・影響を受けている南アフリカのHIVおよび結核の臨床試験拠点で、臨床研究に参加している患者に対し、緊急的支援を提供し、ケアと経過観察の継続を確保すること。
・計画されていた、または開始直前に中止されたHIVおよび結核の重要な臨床試験に資金を提供し、研究が滞らないよう緊急に対応すること。
・南アフリカの特色ある、また、国際的に認められた研究インフラを守るために、持続的な投資を行うこと。
この状況において、 科学の進歩を維持し、南アフリカの医学研究インフラの崩壊を防ぎ、ボランティアとして研究に協力しているHIVおよび結核の感染者へのケアを継続するためには、迅速に資金援助を行う必要があります。
リンジー・マッケナ氏 TAG結核プロジェクト共同ディレクター

投資がなければ感染症の根絶は不可能
また、ACTG、HVTN、IMPAACT(※1)など、国際的な臨床試験のネットワークに参加している南アフリカの研究施設への援助が削減された場合、世界全体の結核臨床試験への参加登録者数が最大30パーセント、小児および妊婦を対象とした研究への参加登録者数は50~90パーセント減少する可能性があるとしている。
HIVに関しては、広域中和抗体(bNAb:さまざまな系統のウイルスを攻撃できる抗体)を用いた治療関連プロトコルや、成人および幼児における抗レトロウイルス療法(複数のHIV治療薬を組み合わせる治療法)の中断を伴う分析、若年層の服薬アドヒアランス(患者が治療方針の決定に賛同し、積極的に治療を受けること)を向上するための研究、bNAbの産生を誘導する革新的な予防ワクチンの治験などが、継続の危機に直面している。

この分析は主に、米国国立衛生研究所(NIH)が資金提供をしているDAIDS(※2)HIV臨床試験ネットワークの研究、およびその研究インフラに焦点を当てたものだが、これは氷山の一角に過ぎない。
米国の資金削減は、NIHにおける他のメカニズム、米国の大学助成金、米国疾病予防管理センター(CDC)、および米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を通じて資金提供を受けている重要な研究にも影響が及んでおり、より広範なHIVおよび結核の研究プロジェクトを中断させる可能性がある。
「南アフリカは長年にわたり、HIVと結核の予防、診断、治療、ケアに関する重要で革新的な医療ツールの研究開発を先導し、南アフリカ国内だけでなく、世界中のコミュニティで多くの命を守ってきました」と、MSFの南アフリカ地域メディカル・ユニットのディレクター、トム・エルマン医師は話す。
「この2つの感染症と闘う研究が停滞すれば、最もぜい弱な人びとを守るために、これまで苦労して獲得してきた成果が失われる危険があります」
今回の資金削減は、すでに行われているHIVと結核対策プログラムの削減に追い打ちをかけるものであり、その影響は甚大です。持続的な投資がなければ、これらの致命的な感染症の根絶は不可能です。
トム・エルマン医師 MSF南アフリカ地域メディカル・ユニットのディレクター
研究の恩恵は先進国にも
過去20年の間に、これらの研究は世界で導入されたイノベーションの多くを前進させ、HIVと結核の予防、診断、治療、ケアに革新を生み出した。そして、世界的な保健政策を形成し、地域住民だけでなく世界中の人びとに恩恵をもたらしてきた。
もし資金援助が迅速に行われなければ、これまで積み上げてきた 南アフリカのHIVおよび 結核の研究能力は崩壊するおそれがあり、それは南アフリカだけでなく、世界中のHIVおよび結核に感染している人びとに直接的な影響を及ぼすことになる。
「HIVおよび結核の研究における今後の飛躍的な進歩、特にワクチンや長期作用型治療薬の開発では、南アフリカのように感染率が高く、ぜい弱な人びとが多い地域が重要な役割を果たすでしょう」とエルマン医師は続ける。
重要なのは、こうした進歩は、米国のような高所得国を含む世界中の人びとにとっても有益だということです。
トム・エルマン医師 MSF南アフリカ地域メディカル・ユニットのディレクター

「South Africa’s TB and HIV Research At Risk: A Call to Catalyze Urgent Action by Funders(英語)」には、米国の資金削減によって影響を受けるHIVおよび結核の臨床試験と、その波及効果の詳細について記されている。付属資料には、DAIDSのHIV/エイズ臨床試験ネットワークにおける臨床試験と南アフリカの研究拠点のそれぞれについて、米国政府による資金援助の打ち切りによる活動中断の状況がまとめられている。
- ※1 ACTG(Advancing Clinical Therapeutics Globally for HIV/AIDS and Other Infections):HIV/エイズおよびその他の感染症の治療法の開発を世界的に推進する団体、HVTN(HIV Vaccine Trials Network):HIVワクチンの臨床試験を行う国際的なネットワーク、IMPAACT(International Maternal, Pediatric, Adolescent AIDS Clinical Trials Network:母子・小児・青少年のHIV/エイズの臨床試験を行う国際的なネットワーク
- ※2 DAIDS:NIHの一部である国立アレルギー感染症研究所(NIAID)内にあるエイズ部門(Division of AIDS)の略称