ウクライナ、命を守るためにどう動くか──国境なき医師団の援助

2022年04月18日
医療列車で負傷者の搬送を行うMSFスタッフ © Maurizio Debanne/MSF
医療列車で負傷者の搬送を行うMSFスタッフ © Maurizio Debanne/MSF
ジョアンヌ・リュー医師<br> =スイス、2016年 <br> © RETO ALBERTALLI/PHOVEA
ジョアンヌ・リュー医師
=スイス、2016年 
© RETO ALBERTALLI/PHOVEA
「ウクライナの戦争は激しく、大規模で、展開が速く、膨大なニーズと苦しみを生み出しています」
 
そう話すのは、国境なき医師団(MSF)の緊急対応チームの一員としてウクライナ入りした、経験豊富な小児科医のジョアンヌ・リューだ。複数の病院を訪れてニーズを調査し、MSFの援助方針を検討した。

「ウクライナにはしっかりとした医療体制があり、この困難に立ち向かう対応力に感銘を受けました。私たちMSFがすべきことは、現場の声に耳を傾け、本当に効果的な援助を届けられる分野を見極めることです。私たちの医療・人道援助が実際に役立ち、直接的に命を救える分野が複数見つかりました」

MSFがいま力を入れている援助は何か。一人でも多くの命を守るために進めている活動を伝える。

緊急医療物資の提供

当初から把握されていたのが、適切な医療物資を適切な病院にできるだけ早く届ける必要性だ。戦闘や爆撃の最前線に近い病院のスタッフからの、外科・外傷治療用の物資を中心とした緊急要請に始まり、ぜんそくや高血圧、HIV/エイズ、甲状腺の機能低下、結核などの薬へと、ニーズが拡大している。

MSFは西部の都市リビウの大型倉庫を皮切りに、ウクライナ各地で物流倉庫を開設した。

これまでに合計225トンを超える医療・救援物資をウクライナに搬入し、その大部分を既に病院・診療所や保健省に運び入れた。戦争中の国内の物流は容易でなく、ウクライナ鉄道の存在が欠かせない。

MSFはまた、フリース素材の保温毛布、寝袋、防寒着、衛生用品(歯ブラシ、歯磨き粉、石けん、タオルなど)を詰めたコンテナ5台を運び込み、避難する人びとのもとに届くようリビウの地元市民団体に提供した。首都キーウ(キエフ)やハルキウなど他の場所でも物資の提供を行った。

ベルギー・ブリュッセルの倉庫からウクライナに向けて出荷した物資 © MSF
ベルギー・ブリュッセルの倉庫からウクライナに向けて出荷した物資 © MSF

医療列車による負傷者の搬送

4月1日には、医療列車による患者の搬送の第1回目が完了。マリウポリやその周辺で負傷した患者9人をザポリージャの病院からリビウの病院に転院させた。搬送に使われた2両編成の列車には基礎的な病棟設備が据え付けられ、MSFの医療スタッフ9人が同乗した。
 
列車での医療搬送は、マリウポリのあるドネツク州とルハンスク州の戦線付近の病院からさらに3回行い、これまでに114人の患者を家族とともに搬送した。東部の病院の緊急要請が後を絶たないため、今後も実施を予定しており、より大型で医療環境の整った列車の配備も進めている。

医療列車で負傷者を搬送する © AFP PHOTO/GENYA SAVILOV
医療列車で負傷者を搬送する © AFP PHOTO/GENYA SAVILOV

多数の負傷者対応の研修と外傷治療

一度に多数の負傷者が運び込まれた際の対応策を<br> 研修で伝える © MSF/Peter Bräunig
一度に多数の負傷者が運び込まれた際の対応策を
研修で伝える © MSF/Peter Bräunig
MSFはこれまでに、ベレホべ、ビラ・ツェルクバ、ドニプロ、ハルキウ、キーウ、リビウ、ムカチェボ、オデーサ、オリヒウ、ビンニツァ、ザポリージャの各市内と、ジトーミル市周辺の病院で、一度に多数の負傷者が運び込まれた際の対応策に関する研修を提供した。

ウクライナでMSF緊急医療コーディネーターを務めるバルバラ・マッカ—ニョは次のように説明する。
「病院で一度にたくさんの患者さんを受け入れ、ニーズの多さに対応が追い付かない状況に備え、緊急に治療の必要な最重症者と、相対的に重症度が低くしばらく待機できる患者さんとを速やかに選別できる体制が必要です。普段の病院の受入業務とは異なるのです」

MSFの研修チームには、時に熟練の戦傷外科医も加わり、銃弾・爆発片の摘出や傷口の清浄化といった外科手技の実地研修も行っている。

見逃されがちなニーズ

ハルキウの地下鉄の駅で医療診療を開始した <br> © Adrienne Surprenant/MYOP
ハルキウの地下鉄の駅で医療診療を開始した 
© Adrienne Surprenant/MYOP
戦争が始まる前から携わっていたジトーミルの結核治療も継続の道を模索していくが、患者が退避するとそれも難しい。キーウでは非感染性疾患を抱え、薬の自宅配送を希望する高齢者や困窮者のための電話窓口を開設した。
 
ハルキウでは、地下鉄の駅に避難した人びとを対象に移動診療所を開設した。戦争による精神的ストレスや心の傷に苦しむ人が多い。

チェルニヒウでは、地元病院の1つに相当量の医薬品を寄贈。市内と周辺の村の保健ニーズに対応すべく、移動診療も立ち上げた。

さらに、激戦地を離れ、キーウ、ビンニツァ、べレホベの3市に逃れた人びとや、ザポリージャを経由する人びとの心のケアも開始。ドニプロと周辺では、マリウポリほかドネツク州を脱出した人びとに救援物資を配布している。

戦闘が続いている地域で

最も大きなニーズがあるのは、間違いなく戦闘が続いている地域だが、MSFも立ち入ることができない。包囲下の町に閉じ込められている民間人は、希望する場所へ安全に避難できる道が必要だ。

人道援助物資も、多くの民間人が物資を求めている地域に運び込めなければならない。また、国際人道法の規定に基づき、民間人は時と場所に関わらず保護されなければならない。

国境を越える人びとへ

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、これまでにウクライナを離れ、周辺国に逃れた難民の数は480万人を超えた(4月16日時点)。周辺の国の多くでは、ウクライナ人を迎え入れ支援する大規模な連帯の動きがあるため、MSFは活動が重複しないよう努める。
 
ウクライナの周辺国のMSFチームは、国境通過地点や、場所によっては国境の両側で診療所を運営し、診療や心のケアを行っている。また、必要な医薬品を提供するほか、地元市民団体への協力として心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)の研修なども行っている。

さらに、忘れてはならないことがある。ウクライナからの難民に思い思いの連帯が示される様子は心温まるものだが、残念ながら、欧州連合(EU)加盟国政府は他の国からたどり着く難民に対しては極めて抑圧的な姿勢を保っている。

MSFは、欧州にたどり着いたすべての移民、保護希望者、難民に対して、到着の手段と場所に関係なく、安全な通行と尊厳のある受け入れが適用されることを求める。
 

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