コレラ流行から1年──南スーダンで今も続く感染症 背景にある「構造的課題」とは

2025年11月06日
南スーダン・アビエイにある国境なき医師団(MSF)の運営するコレラ治療ユニット。患者を搬送する救急車が到着した様子=2025年6月30日 Ⓒ MSF
南スーダン・アビエイにある国境なき医師団(MSF)の運営するコレラ治療ユニット。患者を搬送する救急車が到着した様子=2025年6月30日 Ⓒ MSF

2024年10月、南スーダン上ナイル州レンクで始まったコレラの流行は、同国史上最も長期化し、最も深刻な感染流行の一つとなっている。しかし、この流行は単なる公衆衛生上の問題にとどまらない。

背景には、紛争や避難民の急増、劣悪な水・衛生環境、そして気候変動の影響など、複雑に絡み合った構造的な課題が存在する。また同様の条件下で、妊婦に深刻な影響を及ぼすE型肝炎も複数の州で急増しており、事態はさらに深刻化している。一方で、人道支援や資金援助は縮小傾向にあり、必要な対策が追いついていないのが現状だ。

MSFの副医療コーディネーター、イルセ・デ・ブール Ⓒ Isaac Buay/MSF
MSFの副医療コーディネーター、イルセ・デ・ブール Ⓒ Isaac Buay/MSF
国境なき医師団(MSF)で副医療コーディネーターを務めるイルセ・デ・ブールが、南スーダンが直面するこの複合的な危機の現状を説明し、今求められる対応のあり方を語る。

なぜコレラを封じ込めることができないのか

この1年間、コレラが南スーダンをむしばむ様子を、私は目の当たりにしてきました。最も難しい問いは「どう治療するか」ではありません。コレラは治療可能です。その方法はすでに私たちの手中にあります。

真に難しい問いは、「なぜこの感染流行を封じ込めることができないのか」ということです。

2024年10月28日にコレラの流行が宣言されてから1年がたった今、私たちはいまだに、すでに1500人以上の命を奪い、9万3000人以上が罹患した予防可能な病と戦い続けているのです。

厳しい現実は、コレラの流行が南スーダンに根深く存在する「もろさ」の象徴であるということです。

制度的な無関心、絶え間ない暴力、そして不安定で資金の不足した医療体制が、深刻な医療サービスの欠如と適切な対応の不足を引き起こしています。感染拡大の規模は、発生当初から続く、遅く、機能不全で、調整の取れていない対応の結果なのです。 

アビエイのコレラ治療ユニットで患者に対応するMSFスタッフ=2025年6月30日 Ⓒ MSF
アビエイのコレラ治療ユニットで患者に対応するMSFスタッフ=2025年6月30日 Ⓒ MSF


南スーダンにおけるMSFの副医療コーディネーターとして、私は医療対応の指揮に直接関わってきました。私たちの最優先事項は、患者が迅速に治療を受けられるように、コレラ治療ユニットおよび治療センターを設置することでした。活動は南スーダン北部の上ナイル州レンクから始まり、その後マラカル、ウランへと移り、さらにユニティ州のベンティウ、そして首都ジュバへと展開しました。

数カ月のうちに、私たちの取り組みは国内の多くの地域へと急速に広がり、3万5000人以上の患者の治療を行うことができました。

資金不足・避難民の増加・暴力の悪循環

この危機の根底にあるのは、南スーダンの保健医療体制のぜい弱さです。

南スーダンの公的な医療はほぼ完全に外部支援に依存しており、近年では政府が予算のうち医療に充てている割合は2%未満にとどまっています。そのため、通常の医療ニーズに対応することすら困難で、緊急事態への対応は望むべくもありません。さらに、既存の医療プログラムも、国内外からの資金不足や重大な政策上の失敗といった長期にわたる課題によって、不安定な状況にあります。

また、米国際開発局(USAID)を含む主要な支援機関の撤退により、一部の医療施設は閉鎖を余儀なくされ、重要な命綱が失われました。

たとえばユニティ州のベンティウでは、水と衛生、基礎医療を担う団体への資金が削減されたことで、対応に大きな空白が生じています。切実に医療を必要とする人びとが、命の危険にさらされているのです。

アビエイの病院の入り口で、感染症予防のために手を洗う女性=2025年6月30日 Ⓒ MSF
アビエイの病院の入り口で、感染症予防のために手を洗う女性=2025年6月30日 Ⓒ MSF


さらに、スーダンから南スーダンへ逃れてきた人びとの増加もあり、資金削減の影響で医療サービスが縮小していた中、限られた支援体制に大きな負担がかかっています。

2023年4月にスーダンで内戦が勃発して以来、100万人以上が南スーダンに避難しており、これは同国の人口の約10%に相当します。こうした弱い立場に置かれ、移動を余儀なくされた人びとは、予防接種を含む基本的な医療サービスからしばしば切り離されており、感染と拡散のリスクが高まっています。上ナイル州レンクの一時滞在キャンプの状況は、この危機を象徴しています。現在、キャンプは定員を大きく超える3倍以上の人びとを受け入れているのです。

過密な生活環境に加え、水と衛生の状況が極めて劣悪であり、清潔な水へのアクセスも制限されていることから、感染症が拡大しやすい状況が生まれています。

こうした環境は、妊婦にとって特に深刻な脅威となる水系感染症、例えばE型肝炎の増加を招いており、これは当然の結果とも言えます。

E型肝炎のまん延するオールド・ファンガクに暮らす女性。予防接種と治療を受け、今年1月MSFの病院で女児を出産した=2025年1月1日 Ⓒ MSF
E型肝炎のまん延するオールド・ファンガクに暮らす女性。予防接種と治療を受け、今年1月MSFの病院で女児を出産した=2025年1月1日 Ⓒ MSF

医療への攻撃、暴力のまん延と不安定な治安の影響

最も深刻で残酷な障害として挙げられるのは、暴力のまん延、不安定な治安、そして医療への攻撃です。

2025年3月、心が痛むような出来事が上ナイル州のウランで起きました。戦闘によりMSFの病院から数十人の患者が避難を余儀なくされ、その中にはコレラ治療のために入院していた30人以上の患者も含まれていました。

彼らは地域へと逃れたため、自らが命の危険にさらされただけでなく、病気の拡散を助長する結果となりました。

 
2025年初頭以降、MSFは8件以上の直接的な攻撃を受けており、ジョングレイ州オールド・ファンガクにある別の病院も閉鎖され、他の施設でも活動の縮小や一時停止を余儀なくされています。その結果、何十万人もの人びとが医療を受けられない状況に置かれています。

危機を防ぐため、根本的な転換が必要

私たちはコレラの予防方法を知っています。それは決して未知のものではありません。しかし、政府や国際社会、そしてすべての関係者が、過去の失敗を受け止め、分野を超えた統一的かつ継続的な対応を実現しない限り、私たちは次の感染流行をただ待つしかなくなってしまいます。

政府は、国民の命と健康を守る責任を果たすために、積極的な対応が求められています。そのためには、緊急事態への備えと対応力の強化、そして感染が集中する地域への優先的なサービス提供が不可欠です。 

国際社会は、人道支援および開発支援を再び強化する必要があります。これは、最近の資金削減によって生じた大きな支援の空白を埋めるためだけでなく、限られた資源の中でもより効果的な人道的対応を実現するためでもあります。そのためには、持続可能な水と衛生サービスの拡充に加え、コレラやE型肝炎に対する広範な予防接種の実施が求められます。

MSFはユニティ州マヨムで急激に増加するコレラ症例に対応するため、2万人を対象にした予防接種を含む緊急援助活動を開始した=2025年2月15日 Ⓒ MSF
MSFはユニティ州マヨムで急激に増加するコレラ症例に対応するため、2万人を対象にした予防接種を含む緊急援助活動を開始した=2025年2月15日 Ⓒ MSF

最後に、現在も続いている紛争のすべての関係者は、国際人道法を遵守し、支援を必要とする人びとへの安全なアクセスを確保する義務があります。

この根本的な転換がなければ、新たな感染の流行は今後も繰り返され、南スーダンの人びとは本来なら防げたはずの苦しみに満ちた、厳しい未来を生きることになってしまうでしょう。

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