「病院がターゲットに」──南スーダンで相次ぐ医療への攻撃 日本の外科医が見たものとは
2025年06月17日
「攻撃を目の当たりにし、怒りがこみ上げた──」
南スーダン北部、ジョングレイ州オールド・ファンガク。5月3日早朝、武装ヘリコプターが国境なき医師団(MSF)の病院を爆撃した。MSFが10年以上にわたり活動を続けていたこの病院は、地域でただ一つの機能する医療施設だった。
当時、そこにいたのが日本から派遣されたMSFの外科医、村上大樹だ。北部で激化する戦闘の負傷者に対応するため首都ジュバから到着し、活動していた最中の攻撃だった。その時の様子を村上はこう語る。
「医薬品や医療機器の倉庫は燃え、燃料タンクも爆撃を受けていました。これは戦闘に巻き込まれたのではない──はっきりと明確な意図のもと、われわれの医療施設を標的にした攻撃でした。病院の機能は完全に失われ、活動の継続は不可能となりました」

度重なる医療への攻撃 人びとへの影響は
今年1月から5月にかけ、南スーダンで活動を行うMSFのチームは、たびたび医療への攻撃に直面している。1月には上ナイル州ウランで2隻のMSFのボートが川を渡っている最中に発砲され、そのわずか3カ月後にはウランにあるMSFの病院が襲撃・略奪され活動停止に追い込まれた。村上が直面した5月の攻撃はそれに続くものだ。

爆撃により、医薬品や医療機器を保管していた倉庫は破壊され炎に包まれた。隣接する燃料タンクに引火し爆発したら二次災害の危険がある。スタッフ総出の懸命な消火活動で鎮火したものの、倉庫は全焼。そこには病院とアウトリーチ活動に必要な全ての医療物資が保管されていた。
救急外来は外傷患者で埋め尽くされ、入院患者も病院スタッフも負傷した、と村上は語る。
爆弾で手足を失った女性、腹部を撃たれ静かに痛みに耐える高齢の男性──。村上は急いでトリアージを行い、残る医薬品をかき集め、緊急手術が必要な重症患者から処置を開始した。その矢先、武装ヘリコプターが再び飛来し、病院周辺の爆撃を始めた。
「ここにいては危ない!」村上を含めたMSFの医療チームは20名余りの重症患者とともに近くの村に退避し、仮設の医療テントで対応した。
「処置室もベッドも何もない中、点滴台の代わりに地面に棒を刺し、患者の容体を安定させる処置を必死で続けました。ここが攻撃されたらもう終わりだな──そう思いながら」

これまでにMSFの活動に10回以上参加し、さまざまな紛争地で医療活動に携わってきた村上。しかし、「自分の働く病院が、明確に攻撃の対象となったのは初めての経験だった」と話し、こう訴えた。
負傷した人たちは、女性や高齢者など一般の方々です。なぜこんなことが起きなければいけないのか──。病院への攻撃は決して許されず、紛争当事者は国際人道法を守るべきです。
村上大樹 MSFの外科医
この病院への攻撃により、11万人の人びとが医療を受ける場所を失った。1月から続くこれらの事件は、地域に暮らす人びとの医療アクセスに壊滅的な影響をもたらしている。
鳴り響く銃声 活動中のボートへの攻撃
南スーダンの上ナイル州を流れるソバト川。1月15日午後2時、MSFスタッフの一人、チュオルの指揮するアウトリーチ活動のチームはナーシル郡の病院に医療物資を届け、ウランにあるMSFのプロジェクト拠点へ戻るところだった。ボートが川路を進むとMSFのロゴがはっきりと示された旗が風にはためいた。
突然、銃声が鳴り響く。船内はパニック状態に陥り、チュオルは川に飛び込んだ。ちょうどその時、近くの村では地域保健担当者のリエクが仕事に取りかかっていた。銃声を聞き川まで急いで駆け下りたリエクが見たのは、無人のまま漂うMSFのボートだった。
ショックでした。皆、死んでしまったかもしれない。そう思いました。
リエク 地域保健担当者
一方、チュオルはなんとか陸に上がり、他のチームメンバーを探していた。5人は無事に岸に泳ぎ着いたものの、1人が行方不明だった。その時、リエクの耳に自分の名を呼ぶ声が聞こえたのだ。声の主は行方不明になっていた仲間の一人で、負傷していた。同僚は無事に救出され、ウランにあるMSFの病院で治療を受けた。

活動停止による深刻な影響
MSFは、2018年からウランで医療活動を行ってきた。病院の運営とともに、川沿いの13カ所を回り、支援が必要な人びとを見つけ出すアウトリーチ活動も実施。MSFのチームが遠隔地に赴き、医療を必要としている人びとに基礎医療を提供するほか、患者の病院への搬送も行っていた。しかし、今年1月の事態を受け、安全上の理由からMSFはこの地域でのアウトリーチ活動をすべて停止するという難しい決断を下すことになった。

道路も公共交通機関もほとんどないこの地で、アウトリーチ活動の停止による影響は深刻だ。
「病院を訪れる患者数は減りました。MSFのボートによる患者の搬送ができなくなったため、遠隔地に住む患者はウランまで向かうボートを数日から数週間待たなければなりません」とフィリップ医師は話す。

とりわけ、異常分娩など緊急の医療支援を必要とする患者の負担は大きく、病院へ到着した時には手遅れとなるケースも起きている。ナーシル出身のある女性は、出産時に合併症を起こしていた。しかし、病院への搬送に2日も待たなくてはならなかった。ようやくたどり着いたウランの病院で、女性の分娩介助にあたったMSFの助産師、ベロニカは次のように語った。
お腹にいた双子の心拍は全く聞こえませんでした。その時、女性は怒りと悲しみに満ちていました。双子を失った悲しみ。そして、攻撃が起こったことに対する怒りです。
ベロニカ MSFの助産師
暴力の代償は地域の人びとに
2025年4月14日には、ウランにあるMSFの病院と事務所に数十人の武装した男たちが乱入。スタッフが脅迫され、重要な医療物資や機器が略奪された。これにより同病院の活動は停止に追い込まれた。
現在、ウラン周辺地域では、稼働している医療施設が一つもない。MSFのボートや病院への攻撃は、この地域での医療活動を脅かす、広い範囲にわたる治安悪化の一例だ。そして、その暴力の代償を払うのは、医療を必要としながらも取り残された、この地域に暮らす人びとになる。
医療に対する攻撃は、決して容認されるべきではない。MSFは、紛争のすべての当事者に対し、国際人道法に従い、医療施設、患者、民間人、医療従事者を尊重し保護するよう改めて訴える。

上ナイル州におけるMSFの活動
MSFは引き続き、ウランとナーシルで人びとの医療ニーズに対応していく方針だ。緊急対応チームはニーズ調査を行い、状況が許す場合は、ソバト川沿いで短期医療サービスの提供準備を進めている。また、MSFはマラカルやレンクなど上ナイル州の他のプロジェクトでは医療活動を継続している。