「苦しむ人はだれでも治療する」チョッパーと思いは同じ──人道危機にどう立ち向かうか、国境なき医師団会長の決意
2026年04月07日
スーダンなど各地で続く紛争と、医療機関への攻撃。加えてパレスチナからイラン、レバノンなど中東各地に広がる戦乱が重なり、世界の人道状況は厳しさを増している。加えて欧米諸国は人道援助予算を削減している。国境なき医師団(MSF)は、こうした問題にどう向き合うのか。
3月に来日したMSFインターナショナル会長のジャビド・アブデルモネイム医師が語った。
世界最悪の人道危機に陥って3年
──4月でスーダンの内戦が始まって3年になります。スーダンでの人道危機に対するMSFの方針は。
スーダン内戦は、「人びとに対する戦争」という特徴があります。それは、
・社会インフラへの攻撃
・医療への攻撃
・民間人への攻撃
が相次いでいることにあります。そして、性暴力が戦争と民族浄化の道具として使われています。
スーダンで起きているのは世界最悪規模の人道危機です。数百万人が家を追われたうえ、医療システムの破壊、栄養失調、妊産婦の生命の危機が起きています。
MSFはスーダン支援を重視しており、今年は1億3000万ユーロ(約240億円)を予算に計上しています。今は12の移動医療チームが一般診療、リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)、心理社会的支援等を行っています。
また、生活物資や食料の配布、水の供給も行い、病院に燃料や物資も支援しています。さらに、スーダン領内だけでなく、スーダンからエジプトや中央アフリカ共和国、チャド、南スーダンに逃れた人びとにも対応しています。
一方で、当局側の規制や官僚的な面での障壁に直面しています。たとえば中部コルドファン州でMSFが活動を始めるのに、3カ月かかりました。 私は今年1月にスーダンで当局者と面会し、「MSFは法や規則を破ろうとしているわけではない。しかし、手続きの煩雑さや遅延、不透明さなどが積み重なって、医療提供の遅延と妨害を生んでいる」と直接、伝えました。
活動が遅れればその間に人びとの命が失われ、苦しみが生じます。私たちはそれを少しでも避けたいと考えています。
中東で広がる危機にどう対応するか
──レバノンやイランなど、中東各地に人道危機が広がっています。
レバノンでは大規模な市民の避難が起きています。MSFはこの事態にレバノン全土で対応しており、追加のスタッフや物資も送りました。
一方、イランでの現時点での主眼は、スタッフの安全確保と既存プロジェクトの継続です。
イランでは南テヘラン、南東部ケルマン、北東部マシャドの3カ所で、プロジェクトを運営していました。社会から排除された、あるいは弱い立場の人びと、つまりアフガニスタン難民・移民、セックスワーカー、薬物使用者といった人びとのためのプロジェクトです。
現時点で、そのうち2カ所は稼働しています。もう1カ所の南テヘランの診療所は、まだ活動を再開していません。診療所はこれまで日中だけの運営でしたが、24時間運営に拡大するため、イラン当局と交渉しています。また、必要であれば外傷治療を提供できるようにすべく、準備も進めています。
MSFはまた、イラン赤新月社に対して、ささやかですが寄付を行いました。当局と交渉できるのであれば、さらなる援助を行う準備もできています。
私たちはイラク、シリア、トルコ、アルメニアにもチームを配置しており、もしイランから大規模な避難が発生した場合には、対応する準備があります。ただし今のところ、そのような事態は起きていません。
父母の地スーダンとイランへの思い
──あなたはイランとスーダンにルーツを持つと聞きました。
私は父がスーダン、母はイランの出身で、両親が出会った英国で生まれました。英国とスーダンの二重国籍で、スーダンに父方の家があり、8歳までそこで暮らしていました。イランではテヘラン、シラーズ、イスファハンに親族がいます。
父は2023年4月に内戦が始まったとき、スーダンにいました。ラマダン(イスラム教の断食月)の時期で、父はラマダンをスーダンで過ごすのが好きだったからです。スーダンではラマダンの時期に多くの家族が集まリ、共に過ごします。英国に住む従姉妹も、結婚式のためスーダンに来ていました。だから、突然に内戦が始まったときは、本当にショックでした。
ハルツーム市内で戦闘が激しくなり、父の家にも銃弾が飛び込む状況で、通信網はダウンし、連絡はとれませんでした。父はハルツームを離れる最後のバスに乗り、エジプト国境に向かいました。そのバスに乗れていなければ、父は亡くなっていたでしょう。しかし、スーダンには、他国で安全を得る手段のない多くの人びとがいます。私たちは「運が良かった」のです。
イランにいる母方の親族も、通信遮断で連絡は難しくなっています。3日に1度ほど、「今のところ大丈夫だ」というメッセージが届くのですが、最近はそれも停電などの影響で困難になりつつあります。
「できる限りパレスチナ支援を続ける」
──MSFはイスラエル当局からパレスチナでの活動停止を求められました。今後パレスチナへの援助をどう行うのでしょうか。
MSFはパレスチナ自治政府の活動登録を得たうえで、現在もパレスチナで活動しています。問題は、イスラエルがパレスチナで活動する組織に対し、イスラエル側でも登録を求めていることです。
国際法や国際司法裁判所の判例に従えば、イスラエルには占領国としてパレスチナで人道援助を円滑に進め、住民に届くようにする義務があります。しかしイスラエルは義務を果たしていません。今年1月1日からは物資が一切、ガザ地区に入らなくなりました。そして、MSFの全ての国際スタッフは3月1日までにパレスチナから退去しなければなりませんでした。
私たちには1600人ほどのパレスチナ人スタッフがいます。今は彼らができる限りの活動を続けています。隣国、主にヨルダンのアンマンから、国際スタッフがそれを支援しています。
ヨルダン川西岸地区でもガザ地区でも、人びとのニーズは全く改善していません。ガザでは停戦状態に入りましたが、西岸ではイスラエル軍による侵攻が続いており、封鎖されている状態です。そのため、医療ニーズは大きく、医療アクセスは困難なままです。私たちは、イスラエルによる制限が増えても、可能な限り活動を続けます。
医療への攻撃が「兵器」となる現実
──パレスチナ・ガザ地区、スーダン、南スーダンなど各地で、医療への攻撃が続いています。
医療への攻撃は、これまでも常に起きていました。しかし、私が最近感じるのは、その質的な変化です。
つまり、一般市民から医療を奪うことが攻撃の目的であり、敵対勢力を弱らせるための手段として使われているように見えるのです。医療への攻撃が、「敵側の支配下にいる全住民の医療アクセス全体を奪う」という、人口全体に対する戦争の手段になっているということです。
南スーダンで先日、ある都市全体への退避命令が出されました。MSFもそれに従わざるをえませんでした。私は2014年に南スーダンでMSFの医師として働いた経験があります。当時「退避命令」など存在していませんでした。
レバノンやパレスチナで見られた軍事行動が模倣されているのではないかと感じます。ある国が国際法を破り、その責任を問われないままでいると、それを他国が観察し、同じパターンが他の場所で繰り返されるのです。
イスラエルの国際法違反が他国にも影響
──パレスチナ情勢が影響しているということでしょうか。
過去2年半のパレスチナでの出来事が特に懸念される理由は、そこにあります。伝統的に西側諸国は「国際法・国際人道法の守護者」を自称してきました。しかし実際には、西側諸国はパレスチナでのイスラエルの行動に対し、国際法に基づいた責任追及を行っていません。それを他国は見ているのです。
欧州連合(EU)が南スーダン政府やスーダン政府に「国際法を守れ」と言っても、彼らはこう反論するでしょう。「あなた方はパレスチナで国際法を擁護していない。なぜ私たちだけ守らなければならないのか」と。
問題は、争いの中に置かれているのが、民間人だということです。民間人は保護されるべきです。彼らが医療を受けるのは、国際法で保障された権利です。そして私たちMSFが民間人にアクセスする権利も、国際人道法の下にある権利です。私たちはあらゆる場面で、常に声を上げなければなりません。
欧米の人道予算の削減でMSFの負担増に
──世界のいたるところで人道危機が起きています。一方で人道援助予算は削減されています。人道予算の削減に対して、MSFはどう対応しますか?
世界的に、海外開発援助や人道援助の削減が広範囲に起きています。米国だけでなく、ベルギー、ドイツ、フランス、英国でも同じです。これは、多国間システムから離れていく動きの一部であり、とても懸念すべきことです。その考え方・態度も心配ですし、実際の影響も深刻です。
ただし、MSFは米国政府などから資金を受けていないので、これらの削減によって直接的な影響は受けていません。
一方で、間接的な影響はあります。例えば重度栄養失調の治療には、高価な栄養治療食が必要です。MSFの活動現場では、栄養治療食は通常、ユニセフから提供されます。栄養失調の影響を最も受けるのは子どもなので、子どもを専門とする国連機関であるユニセフが供給するのです。
しかしユニセフの予算が削減されたため、MSFは今、高価な治療食を自費で購入しています。つまり、同じ活動を維持するために、以前より多くの資金が必要になっているのです。
さらに、予算を失った他の団体が活動できなくなっています。結果として私たちには、より大きなニーズ、より多くの優先順位付け、より高い効率性が求められています。限られた資源で、できる限り多くのことを行わなければなりません。
世界との連帯を
── 世界各地で続く人道危機に、日本の人びとは何ができるでしょうか?
いくつかあります。
まず、 MSFへのご寄付をお願い申し上げたい。
もう一つ重要なことがあります。世界で起きている危機について、自分で情報を得ること、そして、世界の人びととの「連帯」を保つことです。
私たちが発信する資料を読んだり、家族と話したりと、ご自身のコミュニティの中で「世界中のコミュニティと連帯する姿勢」を保ち、ニュースに注意を払い続けていただくようにお願いします。
日本の人びとは幸運だと思います。日本政府は一定レベルの国際援助を続けているからです。ですから、もし政府が援助を減らす方向に動きそうだと思ったら、それに注意を払うべきです。医療へのアクセス、市民の保護がどれほど重要かを明確にすることです。
そして偽情報・誤情報の見極めも重要です。
チョッパーとのコラボ、そして若い世代に期待すること
──『ONE PIECE』(尾田栄一郎・著/集英社刊)の人気キャラクター、トニートニー・チョッパーがMSFの公認サポーターとなりました。若い世代や子どもたちに何を期待しますか?
『ONE PIECE』、そして集英社さまに感謝します。これは本当に素晴らしい機会です。
「けがや病気に苦しむ人は、だれでも、どんな人でも治療する」というチョッパーとMSFの理想は、同じです。すべてのチョッパーファン、『ONE PIECE』ファンが、MSF と自分たちの理想が同じであることに気づいてくれることを願っています。
チョッパーは今後、世界各地のMSFの活動地を訪問し、その情報を日本にも届ける予定です。私はそれを本当に楽しみにしています。
私は、若い世代を心から信頼しています。彼らは異文化にまたがる課題や、国際的・地球的規模の問題に対して深く共感し、主体的に向き合う力を持っています。その姿に、私は大きな希望を感じています。
だからこそ、今回のコラボレーションには非常に大きな意味があり、とてもワクワクしています。
【略歴】ジャビド・アブデルモネイム
2009年にMSFに医師として参加。イラク、ハイチ、エチオピア、南スーダン、シリア、ウクライナ、パレスチナ・ガザ地区、スーダンなどで、医療やプロジェクト統括などの職務にあたってきた。2017年から21年までMSF英国の会長。25年9月にMSFインターナショナル会長に就任した。
人道援助や臨床における活動に加えテレビ番組のプレゼンターとしても豊富な経験があり、Netflix、BBC、HBO、チャンネル4、アルジャジーラ・イングリッシュなどで放送された科学ドキュメンタリーや健康エンターテインメント・シリーズでは、エミー賞と英国アカデミー賞(BAFTA)にノミネートされた。




