ガザ、スーダン、南スーダン・・・相次ぐ医療への攻撃──加害者が支払うべきその「代償」とは

2025年06月11日
国境なき医師団の病院施設が襲撃に遭い、急いで消火活動に当たる現地スタッフら=南スーダンのオールド・ファンガクで2025年5月3日 Ⓒ MSF
国境なき医師団の病院施設が襲撃に遭い、急いで消火活動に当たる現地スタッフら=南スーダンのオールド・ファンガクで2025年5月3日 Ⓒ MSF

医療への攻撃」が深刻さを増している。5月3日、南スーダン北部・ジョングレイ州の町オールド・ファンガクで、国境なき医師団(MSF)運営の病院が襲撃された。薬局は焼け落ち、患者や医療スタッフらが死傷するなど甚大な被害が出た。

クリストファー・ロックイヤー Ⓒ Pierre-Yves Bernard/MSF
クリストファー・ロックイヤー Ⓒ Pierre-Yves Bernard/MSF

世界では他にも、パレスチナ・ガザ地区やスーダンなどで医療施設やスタッフを攻撃の対象とする事例が相次いでいる。その一方で、関係各国と国際社会が加害者に対して強く非難するような連帯の動きは、あまり見られない。

こうした状況において、MSFインターナショナル事務局長のクリストファー・ロックイヤーは「もっと一丸となって毅然とした声を上げてほしい」と国際社会に呼びかける。そして問いかける。「攻撃した人びとが支払うべき『代償』はなんですか」と。

標的にされる人道援助

5月3日の朝、MSFに信じがたい知らせが飛び込んできました。南スーダンのオールド・ファンガクという町にある私たちの病院が攻撃を受けたのです。

武装ヘリコプターが薬局に爆弾を投下し、その後も病院周辺に砲撃が続きました。さらに無人機(ドローン)が市場を爆撃。病院には破片が飛び交い、患者、スタッフともに命からがら逃げ出しました。この恐ろしい襲撃は、明らかに国際人道法に違反していました。

しかし最近、医療スタッフが犠牲になったのはこの1件だけではありません。

パレスチナ・ガザ地区では3月23日、救助活動をしていた医療スタッフら15人がイスラエル軍の攻撃を受け、殺害されました。このうち8人はパレスチナ赤新月社(PRCS)の職員でした。行方が分からなくなった彼らの遺体と、乗っていた車の残骸が見つかったのは8日後のことです。

当時の攻撃を記録した映像が残っていました。そこには誰から見ても医療スタッフと救急車であることが明らかなのに、意図的に狙われて銃撃される様子が映っていました。

内戦が続くスーダンでは4月11日、国内最大の避難民が集まるザムザム・キャンプが準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」に襲われました。その際、キャンプに唯一残っていた診療所も攻撃の対象となり、運営していた人道援助団体「リリーフ・インターナショナル」の医療スタッフ9人が殺されました。

ザムザム・キャンプが攻撃を受け、安全な場所を求めて逃れる大勢の人びと=スーダンで2025年4月12日 © Marion Ramstein/MSF
ザムザム・キャンプが攻撃を受け、安全な場所を求めて逃れる大勢の人びと=スーダンで2025年4月12日 © Marion Ramstein/MSF


ここで紹介したのは、最近起きた攻撃の中でも特にひどかった数例に過ぎません。世界では他にも、ウクライナハイチコンゴ民主共和国などで同様の恐ろしい攻撃がたくさん起きています。私たち人道援助スタッフは狙われていると感じています。そして、その悲しみを全ての仲間たちと共有しています。

「無関心」が許す暴力

また、私たちがこれらの攻撃で懸念しているのは、その残虐さや被害の大きさだけではありません。その後に続く国際社会の「無関心」についても同じです。

国連や一部の国が声明を出すことを除けば、世界的な強い怒りの声がほとんど聞かれません。政治的に目立った動きはなく、加害者への具体的な行動もありません。行動を伴わない言葉のみの批判は、ただむなしく響いて終わるだけです。

「どうすればこれ以上、このような悲劇を防げるのだろう」。もはや、そう問いかけることが無意味にすら感じます。

大切なのは、こうした攻撃に対して一丸となって毅然と非難することです。もっと多くの人びとが連帯し、熱意をもって訴えるような動きが出てほしいのです。

クリストファー・ロックイヤー MSFインターナショナル事務局長

また攻撃の責任の所在を明らかにするため、独立した調査が当たり前のように開始されるべきです。法律や国際条約は、交渉や妥協の余地なく確実に適用されなければなりません。

被害に遭った人びとの家族や同僚には、納得のいく形で説明や償いがなされるべきです。さらに、こうした攻撃を黙認し、容認し、時には扇動さえする政治関係者には、極めて強い圧力が加えられなければなりません。

しかし、現在の国際社会でそうした対応はなされていません。

もはや加害者にとって、これらの攻撃は「自由にできる行為」となりつつあります。彼らは一体どんな政治的または法的、経済的、社会的、道徳的な代償を払っているのでしょう?誰が本気で彼らの責任を追及しようとしているのでしょう?

医療・人道援助スタッフを殺すことが、代償を支払わずに済むなどということはあってはならないのです。これは私たちが単に活動を続けるかどうかだけの問題ではなく、「連帯」や「共感」といった人類の根本的な価値観を守るための闘いだと考えます。

繰り返される悲劇、変わらぬ現実

ここで一つはっきりとさせてください。医療・人道援助スタッフに対する攻撃は、今に始まったことではありません。援助活動が常に尊重され、安全が保障されていたような「理想の時代」があったわけではないのです。

MSFはこれまでも一貫して声を上げ、変革を求めてきました。

例えば2016年、私たちは国連安全保障理事会決議(2286号)の採択を支持しました。この決議は、武力紛争下における負傷者や病人、医療・人道援助スタッフの保護を目的としたものです。

その背景には、私たちのスタッフに対する一連の攻撃がありました。アフガニスタン・クンドゥーズで病院が米軍によって爆撃され、シリアイエメンでも病院を標的にした組織的な攻撃が続きました。

それからおよそ10年が経った現在。残念ながら、当時の安保理決議が実際に効力を発揮しているとは言いがたい状況です。

国連安全保障理事会の会合で演説するMSFインターナショナルのジョアンヌ・リュー会長(当時)=2016年5月3日 © Paulo Filgueiras
国連安全保障理事会の会合で演説するMSFインターナショナルのジョアンヌ・リュー会長(当時)=2016年5月3日 © Paulo Filgueiras


それでも、私たちには共に闘う仲間がいます。

例えば、赤十字国際委員会は攻撃をなくすための運動「危機に立つ医療(Health Care in Danger)」を長らく主導しています。2024年にはスイス主導の安保理決議(2730号)が採択され、人道援助スタッフの保護を各国に求めました。同年、オーストラリア、ブラジル、コロンビア、インドネシア、日本、ヨルダン、シエラレオネ、スイス、英国の各国政府は新たな「人道援助要員の保護宣言」の策定に向けた共同声明を発表しました。

しかし、これらの努力は今のところ成果を上げていません。加害者が自らの責任を認めることすらめったに見られないのが現状です。

見過ごされる痛み、揺らぐ正義

また医療・人道援助スタッフが攻撃されているということは、その活動地域に住んでいるより多くの市民たちが同時に犠牲になっていることを知ってほしいです。市民たちは日ごろから無差別に、時には執拗(しつよう)に狙われて暴力を受けています。

例えばガザでは、地元当局によると、紛争が激化した2023年10月7日以降に5万2000人以上が殺害されました。スーダンでは、これまでの内戦で、民間人の死者数が数十万人に上る可能性があるとされています。

住まいを破壊され、がれきから家財を探す人びと=パレスチナ・ガザ地区南部ラファで2025年1月21日 © MSF
住まいを破壊され、がれきから家財を探す人びと=パレスチナ・ガザ地区南部ラファで2025年1月21日 © MSF


そして国連や国際的な司法機関、多国間の協力体制そのものが、かつてないほど攻撃を受けています。国際刑事裁判所(ICC)に反対する国が増えていることはその典型例でしょう。

この問題は単に、「政治的な圧力が足りない」とか「正義がなされていない」といったレベルの話ではありません。本来であれば責任を追及したり、状況を変えたりするためにあるはずの仕組みや制度そのものが壊されつつあるという、もっと深刻な現実です。

今こそ、声を

私たちは、人道と連帯を信じる全ての人びとに、これらの攻撃を強く非難するよう呼びかけます。

世界中の市民が団結し、法的・政治的責任を求める声を上げなければなりません。「国際条約を尊重する」と主張する国家は、言葉だけでなく、実際に政治的な行動を取ってください。医療・人道援助スタッフへの攻撃の常態化と隠ぺいを止めるための圧力をかけてください。ガザで、スーダンで、南スーダンで。そして、世界中で──。

今こそ全ての紛争当事者に、そして彼らを政治、経済、軍事的に支援する国家に認識させるべき時です。人道援助スタッフを攻撃、殺害することは、彼ら自身が掲げる価値観そのものへの攻撃であるということを。

人道援助スタッフを殺すことに代償を支払うのは当然です。しかしそれは本来、支払えるものですらあってはならないのです。

クリストファー・ロックイヤー MSFインターナショナル事務局長

※この記事はオンラインメディア「スイスインフォ」への寄稿文を翻訳・一部編集したものです。

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