暴力と崩壊のなかで──戦下スーダンで医療を守り抜いた病院の記録

2026年05月08日
バシャール大学病院のメインホールにある検査室に集まる患者たち © Kristen Poels/MSF
バシャール大学病院のメインホールにある検査室に集まる患者たち © Kristen Poels/MSF

2023年4月以来、内戦が続くスーダン。スーダン軍(SAF)と即応支援部隊(RSF)の戦闘はとどまることを知らず、特に首都ハルツームは極めて危険な状況にある。戦線は刻々と変化し、交通はまひし、病院は閉鎖を余儀なくされ、至るところで暴力が吹き荒れている。

こうした厳しい情勢においても、ハルツームで活動を続ける病院がある。その1つが「バシャール大学病院」だ。内戦の勃発により、一時的に閉鎖を余儀なくされたが、スタッフたちは速やかに病院に戻り、基礎的な医療サービスを再開した。その後、国境なき医師団(MSF)のサポートも加わり、専門医療にまで活動範囲を広げた。

現場のスタッフたちは、日々変化する状況に向き合いながら、優先順位を見極め、柔軟に対応してきた。ここでは、2023年4月から2026年初めの約3年間にわたる、バシャール大学病院の歩みをたどる。

内戦によって医療は破壊された © Kristen Poels/MSF
内戦によって医療は破壊された © Kristen Poels/MSF

内戦の始まり、病院の葛藤

2023年4月、ハルツームで戦闘が始まると、市民の日常は混乱に陥った。救急車は動けず、物資は止まり、戦闘音ばかりが鳴り響く。バシャール大学病院は暴力に囲まれ、一時閉鎖を余儀なくされた。しかし、医療スタッフとボランティアたちは、活動再開に向けて動き出した。

「同僚たちと話し合ったんです。このバシャール大学病院をなんとか再開できないかと」と、バシャール大学病院のスタッフであるジャミラ医師は語る。

近くに住む医療スタッフが集まり、ボランティアの助けを借りながら、基礎的な医療サービスから始めることにしました。最初はごく少人数で外科救急チームを作り、外傷の治療にあたりました。

ジャミラ医師 バシャール大学病院のスタッフ

「ただ、外傷以外の患者は、戦線を超えたエリアにある病院に紹介せざるを得ませんでした。診療時間は午前8時から午後4時までとし、それ以降は当直スタッフが院内に残って入院患者に対応する、という体制をとりました」

2023年5月上旬、MSFは深刻な情勢の続くハルツームに緊急チームを派遣し、外科チームものちに合流した。病院スタッフとMSFチームは、救急医療などの重要なところから対応にあたった。一方、来院してくる人びとは後を絶たない。

院内のスペースをいかに割り振るか。スタッフをいかに役割分担するか。数少ない物資をいかに割り当てるか。医療活動と安全確保、ロジスティックスのバランスをいかに図っていくか。毎日が厳しい意思決定の連続だった。

状況は不安定なままだったが、病院は稼働し続けた。病院スタッフとMSFチームは、いかなる困難があろうと医療を継続する覚悟を決めていた。

バシャール大学病院の前で診察を待つ人びと © Kristen Poels/MSF
バシャール大学病院の前で診察を待つ人びと © Kristen Poels/MSF

撤退か維持か──悪化する治安

その後、バシャール大学病院周辺の状況はさらに悪化し、ハルツームの多くの医療施設が破壊や損傷を受け、長期の閉鎖を余儀なくされた。現地の医療インフラが崩壊していくにつれ、バシャール大学病院の負担はいっそう増していった。

そのバシャール大学病院も、度重なる治安上の問題や物資の供給ルートの寸断、行政上の制限などで状況が深刻化し、一部の活動を縮小あるいは停止せざるを得なくなった。

ジャミラ医師は言う。

「スーダン保健省から病院専用の救急車を1台割り当てられ、主に医療物資の運搬に使っていました」

でも、MSFの倉庫に物資を取りに行くたびに、死と隣り合わせでした。兵士たちにとっては、病院も患者も、どうでもいい存在なのです。

ジャミラ医師 バシャール大学病院の医療スタッフ

2023年10月、MSFはバシャール大学病院から外科チームを撤退させ、救命外科の活動を停止した。軍当局が病院への外科用物資の搬入を阻止したためだ。

翌2024年は年間を通じて、病院でのあらゆる活動がますます不安定になっていった。9カ月間にわたり国際スタッフが現地入りできず、病院はリモートでの支援に頼る運営となった。それでもなお、緊急医療や救急対応に重点を置き、医療活動を維持し続けた。

しかし2025年に入ると、RSFに関連する暴力がさらに激化し、MSFはバシャール大学病院における全ての活動を停止せざるを得なくなった。

内戦で使用できなくなったバシャール大学病院内のHIVケアユニット © Kristen Poels/MSF
内戦で使用できなくなったバシャール大学病院内のHIVケアユニット © Kristen Poels/MSF

治安の改善と病院の復活

2025年3月、スーダン軍が地域を奪還すると、治安状況は徐々に改善へと向かった。これに伴い、MSFもバシャール大学病院での活動を再開し、コレラ治療ユニット、救急室、外来診療と徐々に対応を広げた。

バシャール大学病院は現在、正常に稼働している。MSFは「内戦下の緊急対応」を縮小し、主な活動をスーダン保健省に段階的に移管している一方、産科や新生児医療などの特定分野に焦点をしぼって対応に当たっている。新生児の死亡率は最大25%に達することもあり、早急な支援と改善が求められているからだ。

「紛争下の医療」を体現した現場

バシャール大学病院の歩みは、決して順調なものではなかった。妥協、縮小、停止、再開──さまざまな苦難を乗り越えながら、現地の医療を守ってきた。

「争いはインフラや行政を破壊するだけではありません。そこに置かれた人びとの日常や安全、尊厳をも破壊するものです」とジャミラ医師は言う。

私たちは恐怖と隣り合わせのなかでも、MSFの支援を受けながら病院を守り抜き、医療を提供し続けてきました。

ジャミラ医師 バシャール大学病院の医療スタッフ

バシャール大学病院がたどってきた道は、「紛争下における医療はどうあるべきか」という問いへの一つの答えを示している。いかなる状況に置かれても、しなやかにかたちを変えながら、かけがえのない命を守り続ける——その姿勢を体現する好例と言えよう。

バシャール大学病院で、患者のモニターをチェックする医療スタッフ Kristen Poels/MSF
バシャール大学病院で、患者のモニターをチェックする医療スタッフ Kristen Poels/MSF

スーダンでのMSFの活動

MSFは現在、スーダン・ハルツーム州の主要病院や基礎診療所において、基礎的な医療サービスの提供を引き続き行っている。国連移住機関(IOM)によれば、スーダン軍がハルツーム市の支配権を取り戻して以降、100万人以上が同市に帰還した。

しかし、医療サービスの供給は今なお、人びとのニーズにはほど遠い状況だ。多くの人びとが戦闘によって激しく損壊した地域で暮らしており、医療や水へのアクセスは限られ、食料の確保も困難を極めている。ハルツームに対する国際社会の支援は、到底十分とは言えない。現地で活動する組織は少なく、緊急援助・復興支援の両面において、深刻な不足が生じている。

こうしたなか、MSFはオムドゥルマン、ハルツーム市、バフリ、ジャバル・アウリヤの各地において、救急・外科医療をはじめ、産科医療、小児医療、栄養失調治療、感染症対応などを実施している。

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