取り残される子どもの命──紛争地で拡大する予防接種の空白に、問われる世界の責任

2026年05月21日
コンゴ民主共和国・南ウバンギ州で、国境なき医師団(MSF)が保健省と連携して行ったはしかの集団予防接種に並ぶ親子=2025年12月22日 © Ikram Mekidiche/MSF
コンゴ民主共和国・南ウバンギ州で、国境なき医師団(MSF)が保健省と連携して行ったはしかの集団予防接種に並ぶ親子=2025年12月22日 © Ikram Mekidiche/MSF

5月18日よりスイス・ジュネーブで開催されている世界保健機関(WHO)の年次総会(以下、WHO総会)で、「予防接種アジェンダ2030(IA2030)(※)」の進展が議論されている。

これを受け、国境なき医師団(MSF)は各国政府、資金拠出者、そしてグローバルヘルス関係者に対し、紛争の影響を受ける地域で予防接種を妨げている構造的な障壁の早急な解消を求めている。そうした障壁を取り除くことができれば、予防可能な感染症の流行やそれに伴う人びとの苦しみ、後遺症や死を防ぐことにつながる。

  • 予防接種アジェンダ2030(IA2030):すべての人びとがワクチンの恩恵を受けられる世界の実現を目指す、WHOのグローバル戦略。2021年のWHO総会で全加盟国が承認し、2030年までにいわゆる「ゼロ接種」の子どもを半減させるなど、「誰一人取り残さない」予防接種の普及を掲げている。

ワクチンの供給を阻む数々の壁

「私たちが活動する多くの紛争地では、定期予防接種がほぼ停止し、感染症の流行に対する迅速かつ効果的な対応も十分に機能していません」と、MSF国際医療コーディネーターを務めるダニエラ・ガローネ医師は話す。

その結果は深刻です。危険なほど低い予防接種率のままでは、何百万人もの子どもたちが、ワクチンで防げるはずの感染症の流行によって、命を失う危険にさらされ続けることになります。

ダニエラ・ガローネ医師 MSF国際医療コーディネーター

紛争の影響を受ける地域では、予防接種による感染症への対応力が十分に発揮されていない。背景には、ワクチンの供給を妨げる政治的・行政的・官僚的・物流上の障壁がある。さらに、人員が限られる医療チームは、治安の悪化により遠隔地へのアクセスが制限されている。資金不足や財政的な制約も重なり、こうした問題はいっそう深刻化している。

そのため、厳しい状況下でも医療・人道援助団体が予防接種を実施できるよう、柔軟で現場に即したワクチン供給体制の構築が急務となっている。

「深刻な予防接種率の格差をただちに解消するには、政治的な意思が不可欠です」とガローネ医師は言う。

各国政府や援助資金拠出者、グローバルヘルス関係機関は、定期予防接種やキャッチアップ接種のために、持続的かつ柔軟に使える資金を早急に確保する必要があります。

「また、紛争影響地域での予防接種に特化した資金の確保も欠かせません。さらに、ワクチン供給への迅速で妨げのないアクセスを維持するため、さまざまな障壁を取り除くとともに、現地の医療従事者と人道援助団体の双方が安全に活動できるよう、必要な支援と安全な移動を保障することが求められます」

スーダンのジェネイナで行われたMSFと保健省によるはしかの集団予防接種に集まった子どもたち=2026年1月30日 © Cindy Gonzalez/MSF
スーダンのジェネイナで行われたMSFと保健省によるはしかの集団予防接種に集まった子どもたち=2026年1月30日 © Cindy Gonzalez/MSF

コンゴ:低迷する接種率と縮小する援助

コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)では2024年、すべての州で予防接種率が感染症の流行を防ぐために必要な水準を大きく下回った。ジフテリア、破傷風、百日咳の三種混合ワクチン(DTP3)の接種率は65%(推奨は90%以上)、麻疹(はしか)含有ワクチンの初回接種(MCV1)は55%(推奨は95%以上)と、いずれも低い水準にとどまっている。

さらに2025年以降、コンゴ東部での紛争激化により、コールドチェーンを含む供給網に遅延や複雑化が生じた。加えて、空港や輸送ルートの閉鎖が重なり、ワクチンの迅速かつ直接的な搬入が妨げられたことで、輸送コストが大幅に増加し、MSFが支援する集団予防接種にも遅れが発生している。

世界的に人道援助および保健医療分野への資金が減少する中で、こうした状況は、もともとぜい弱だったコンゴの予防接種体制をいっそう弱体化させている。保健省のデータによれば、2025年に必要とされたワクチン量のうち、コンゴの南キブ州に届いたのはわずか60%にとどまった。

その結果、コンゴではワクチンで予防できるはずの感染症の流行が後を絶たない。2025年には大規模なはしかの流行が発生し、現地の保健当局によると、8万2869件以上の疑い例と1175人の死亡が報告された。

これを受け、MSFは感染拡大の抑制に向けた保健当局の取り組みを支援し、2025年1月から12月の間に約2万870人の患者を治療するとともに、114万6810人の子どもに予防接種を実施した。計22件のはしか対応が行われ、こうした活動は現在も継続されている。

「紛争の影響から始まり、さらに悪化している構造的な障壁が、不必要な遅れを招き、ワクチンで防ぐことのできる感染症への迅速な対応を妨げています」と、コンゴでMSF医療コーディネーターを務めるジャン=ジルベール・ンドン医師は言う。

こうした課題を乗り越え、体制全体を強化し、より多くの人びとにワクチンをタイムリーかつ継続的に届けるためには、グローバルヘルスへの継続的な資金確保と、保健当局や関係機関、コミュニティの連携強化が不可欠です。

ジャン=ジルベール・ンドン医師 コンゴのMSF医療コーディネーター

コンゴ・北キブ州で行われたはしかの予防接種に訪れた子ども=2025年10月22日 © Joelle Kayembe Balilonda/MSF
コンゴ・北キブ州で行われたはしかの予防接種に訪れた子ども=2025年10月22日 © Joelle Kayembe Balilonda/MSF

スーダン:紛争の影で広がる「防げたはずの感染症」

紛争と情勢不安が3年にわたって続くスーダンでは、予防接種プログラムと疾病監視体制が著しく弱体化し、予防可能な感染症の流行が続いている。

「スーダンでの集団予防接種は、感染症流行の確認の遅れに加え、検査体制の不足、ワクチンの供給量やアクセスの制限、さらには対応をめぐる交渉の難航などによって、大きく妨げられています」と、MSFの予防接種・アウトブレイク顧問であるミリアム・アリアは言う。

さらに、戦闘の前線を越えてワクチンを届けることを極めて困難にする政治的な課題も重なり、ワクチンで防げるはずの感染症の流行が、予防接種を開始できる頃にはすでに広がってしまい、多くの人びとが病気や死に直面しているのが現状です。

ミリアム・アリア MSF予防接種・アウトブレイク顧問

2026年4月時点で、MSFはスーダンのダルフール地方だけでも1万4613件のはしか患者を治療した。さらに過去3年間では、MSFが支援するダルフールの医療施設で治療を受けたはしか患者の約70%が5歳未満の子どもであり、全体の74.7%がワクチン未接種、または接種歴が確認できない人びとだった。 

MSFが支援するスーダンの病院で、はしかの治療を受けている生後11カ月の女の子。内戦で避難を余儀なくされ、予防接種を受けることができなかった=2025年12月14日 © Natalia Romero Peñuela/MSF
MSFが支援するスーダンの病院で、はしかの治療を受けている生後11カ月の女の子。内戦で避難を余儀なくされ、予防接種を受けることができなかった=2025年12月14日 © Natalia Romero Peñuela/MSF

いまこそ各国が連携し、体制強化を

「IA2030」の目標を達成するためには、紛争の影響を受ける地域や援助が届きにくい地域の子どもたちを取り残さないよう、各国が確実に取り組む必要がある。

MSFが活動するコンゴやスーダンをはじめとする紛争地域では、政府、紛争当事者、資金拠出者、そして国際保健機関が連携し、行政的、財政的、政治的な障壁を取り除くことが不可欠だ。

そのうえで、定期予防接種やキャッチアップ接種、アウトブレイク対応の一環として、ワクチンを安定的に確保し、迅速に届けられる体制の構築が求められる。こうした取り組みこそが、感染症の流行を抑え、多くの命を守ることにつながる。

スーダン・西ダルフール州でMSFと保健省が連携して実施したはしかの集団予防接種に参加し、証明書を手に微笑む11歳の男の子とその母親=2026年1月30日 © Cindy Gonzalez/MSF
スーダン・西ダルフール州でMSFと保健省が連携して実施したはしかの集団予防接種に参加し、証明書を手に微笑む11歳の男の子とその母親=2026年1月30日 © Cindy Gonzalez/MSF

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