「病院で赤ちゃんを産んでほしい!」 自宅出産で失われる赤ちゃんとお母さんの命

2018年11月30日

パキスタンの女性のための病院で誕生した赤ちゃん。© Laurie Bonnaud/MSFパキスタンの女性のための病院で誕生した赤ちゃん。© Laurie Bonnaud/MSF

パキスタンでは、赤ちゃんの22人に1人が生後1ヵ月以内に亡くなっている。世界で最も新生児死亡率が高く、死産も多い。国境なき医師団(MSF)は、ハイバル・パフトゥンハー州の州都ペシャワール市とティムルガラ、バロチスタン州クエッタ市などで母子医療を担っている。2011年にペシャワール市内に女性のための病院を開院。これまでに、2万5000人以上の女性が出産した。

「パキスタンの新生児死亡率は主に早産、妊娠中と分娩中の合併症と感染症が原因」と話すのは、ハジダ小児科医だ。新生児が亡くなる背景には、社会・文化的な現実も大きく影響している。患者の大半は、貧しく、遠くの農村からから来院している。医療を受ける場所もあまりないためで、病院に行くために掛かる費用だけでなく、交通の不便さも問題となっている。

それ以外の患者の女性は難民で、多くはアフガニスタンから来ている。国内避難民として、連邦直轄部族地域(FATA)から来ている患者もいる。アフガニスタンでは、2001年に戦争が勃発。2017年まで紛争と情勢不安にゆさぶられてきた。そのため、MSFの病院に行く移動費用などは無料だ。

また、厳しく不衛生な環境下での生活は、女性は普段の健康や妊娠時にも、なんらかの影響を受ける。「健康な赤ちゃんを産むためには、お母さんが元気でなくてはなりません」とハジダ医師。「お母さんの栄養状態がよくないと、赤ちゃんに必要な栄養をあげられなくなります。母乳が十分に出ず、赤ちゃんの健康状態が悪くなります」

多くの女性が、満足な健康教育も学校教育も受けたことがない。「自分の年齢を正確に知っている人はいません。尋ねたりすることもありません。学校に通ったことがない人ばかりですから、誰も年齢なんか気にしません」と、話す女性はシャヒーンさんだ。彼女は「25歳だと思う」と話すが、帝王切開で4人目の子どもを産んだばかりだ。

病院で母親たちは、予防接種・産後ケア・カンガルーケア・母乳育児の大切さについて教わる。母親たちにとってみたら、どれも馴染みのない知識ばかりだ。シャヒーンさんは、他の若いお母さんたちにも交流の輪の中に加わるよう勧める。「赤ちゃんとのスキンシップはすごく素晴らしい。次の子が生まれたら、またやってみたい!」と、どのお母さんも喜んでいる。 

設備の整っている新生児室。© Laurie Bonnaud/MSF設備の整っている新生児室。© Laurie Bonnaud/MSF

パキスタンの女性にとって、自宅出産は普通のことだ。だが、衛生環境は悪く、医療従事者の手助けも得られない。「薬も、清潔な水も電気もない所ばかりです」とハジダ医師は話す。このため、多くの子どもと母親の命が失われている。

自宅出産をする理由について、ビスミラさん(35歳)は、「伝統だからです。誰もがお母さんたちが自宅で出産することを望んでいるから」と話す。自宅は、ペシャワール市内の国内避難民キャンプにある。だか、どの医療機関もキャンプからは遠い。そのため、子ども3人を自宅で出産した。

ペシャワール市のMSF病院では、小児科医や看護師、助産師ら約100人の医療スタッフからなるチームが、お母さんと赤ちゃんへの可能な限りの最善なケアを提供している。新生児室には、保育器、心血管系、呼吸器系、光線療法などの機器のほか、静脈注射液を備えている。こうした設備を整えている病院は、パキスタンでは珍しい。 

赤ちゃんを診察するハジダ小児科医。© Laurie Bonnaud/MSF赤ちゃんを診察するハジダ小児科医。© Laurie Bonnaud/MSF

病院には、アウトリーチ活動(医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療をする活動)を担う医療従事者も勤めている。担当者は、女性たちや付き添いの方をはじめ、地域の人びとに対し、妊娠中と分娩時には、医療機関で医療者に状態を見てもらうことが大切だと教えている。病院であればケアに必要な機器もそろっているから、と。MSFは32ヵ所の基礎診療所と提携して、プレママたちの健診を行ってから、分娩前に女性のための病院に紹介している。

陣痛誘発剤も、パキスタンの分娩と新生児死亡に大きく影響している。どこでも手に入る上に、約9円と価格も安いためによく使用されている。本来であれば、医療従事者によって投与しないと、母子ともに大きな危険にさらされる。だが、服用する女性は多い。その結果、激しい出血と子宮破裂になり、赤ちゃんは呼吸困難になるか、亡くなってしまう。来院する女性は多いが、その後治療を施しても、こうした症例の赤ちゃんは助からないことが多い。

「昨日も双子を妊娠していたお母さんを受け入れたばかりです。お母さんの子宮が軽く収縮しはじめたので、家族は村の女性を呼んで、3ドーズの陣痛誘発剤を注射しました。よくあることです。注射薬によって引き起こされた収縮が激しかったのですが、お母さんは、双子のうちの一人の動きがないことに気づきました。そこで家族は、お母さんをMSFの病院に連れてきたんです。双子のうち一人は助けられましたが、もう一人は子宮の中で亡くなっていました」とハジダ医師。

MSFはアウトリーチ活動の講習会で、ホルモン剤が適切に投与されなかった場合、どれほど大きな危険があるのかを人びとに伝えている。「合併症で亡くなる方が多いのです。でも、この合併症は簡単に防ぐことができます」とハジダ医師は説明する。 

生後2週間の息子を抱く母親。© Laurie Bonnaud/MSF生後2週間の息子を抱く母親。© Laurie Bonnaud/MSF

3人を自宅出産したラズミナさん。次は、病院での出産を考えている。「こっちの方が衛生的だし、子どもたちも予防接種を受けられるから」

8人目を出産したビスミラさんは、もう次の赤ちゃんを欲しがっているが、こう話す。「ここの病院は自宅よりも清潔だし、医療スタッフは親切で、いつもそばについていてくれる。いつも自宅で赤ちゃんを産んでいたけれど、今は考えが変わりました」

※記事の中で登場する患者の女性たちは、いずれも仮名です。 

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