世界で年50万人が患う多剤耐性結核 新たな臨床試験で治療にイノベーションを

2021年11月10日
インド・ムンバイで多剤耐性結核を患いMSFの診察を受ける少女=2016年 © Atul Loke/Panos Pictures
インド・ムンバイで多剤耐性結核を患いMSFの診察を受ける少女=2016年 © Atul Loke/Panos Pictures

空気感染し、標準的な治療薬が効かない「多剤耐性結核 (MDR-TB)」。この病気に対し、より安全で短期間、効果的な治療法の発見をめざす臨床試験「endTB」が、4大陸からの患者登録を完了した。画期的な研究となるこの臨床試験は、ユニットエイド(UNITAID)から資金提供を受け、国境なき医師団(MSF)、パートナーズ・イン・ヘルス(PIH)、インタラクティブ・リサーチ・アンド・ディベロプメント(IRD)に所属する科学者や臨床医のグループが主導する。

新世代の薬を用いて新たな治療法を開発

結核は人類にとって古くからの敵であり、今日でも亡くなる人が非常に多い感染症。MDR-TBはなかでも最も残酷で厄介な種類の結核だ。「今回の臨床試験によって、この病気に苦しむ50万人以上の患者の人生を変える可能性があります。さらに今後数十年先まで、何百万人もの人びとの治療に役立つかもしれないのです」とMSFのendTBプロジェクトリーダーであり共同責任者のロレンツォ・グリエルメッティ医師は述べる。

endTBは第III相のランダム化比較試験で、ジョージア、インド、カザフスタン、レソト、パキスタン、ペルー、南アフリカ共和国の7カ国から、計750人のMDR-TB患者が参加する。近年開発された3つの結核薬のうち、ベダキリンとデラマニドの2つを用いたMDR-TB治療のための新しいレジメン(治療計画)5つと、既存の経口抗結核薬を組み合わせて比較する。抗結核薬の新たな開発は50年近く空白が続いたが、これら新世代の薬は、MDR-TBの治療期間を大幅に短縮し(従来の2年から6カ月または9カ月へ)、患者により優しく注射を必要としない治療法の開発を可能にした。

一般的に使われる複数の薬にいずれも耐性をもつ多剤耐性結核は、50年近く新薬が開発されてこなかった © Bithin Das
一般的に使われる複数の薬にいずれも耐性をもつ多剤耐性結核は、50年近く新薬が開発されてこなかった © Bithin Das

endTB試験の革新性とは

50年ぶりに登場したこれらの新薬は、規制当局の承認を得たものの、どう組み合わせれば治療に最適なのかが分かっていない。endTBでは、新薬のレジメンを10年以上かけて順次試すのではなく、適応的ランダム化を採用することで、有効な試験を受ける患者の数を最大化する。これにより750人と母集団が比較的小さく、リソースが少なくても、短期間の試験で治療法の劇的な改善を見込める。

「結核に対するユニットエイドの投資としては過去最大であり、画期的な取り組み」と話すのはユニットエイド事務局長のフィリップ・デュヌトン医師。結核対策はこの10年余りで初めて後退したことが『世界結核報告書』の最新データに示されており、新しい医療ツールや治療法はこれまで以上に重要になっている。「多国間で行われる革新的なendTBは、より複雑で治療の難しい結核であるMDR-TBの患者にとって有益となるだけではありません。この多面的な臨床試験に携わる国々が、長期的な治療能力を築くことにもつながるのです」と同医師は語る。

2023年に公開を予定している試験結果は「患者にとって有意義なものとなる」と語るのは、endTBの共同責任者で、グローバル・ヘルスと社会医学が専門のキャロル・ミトニック教授(ハーバード大学医学大学院)。その理由は「対象となる患者の多様性」にあるという。参加者は全員が標準治療薬に耐性がある結核患者である一方、人種や民族が異なり、HIV、C型肝炎、糖尿病など、MDR-TBによく見られる併存疾患を持つ。「これらの疾患を持つ人びとは結核の臨床試験から除外されることが多いため、医師もどんな治療が患者にとって最善なのか判断しづらいのです」とミトニック教授は説明する。

endTBでは、臨床試験から除外されがちな女性や青少年も登録者に含め、医師がこれらの患者に最適な治療を行うために必要なデータも確保する。また、臨床現場のスタッフ研修を支援しており、より多くの研究や迅速な提案、治療の改善が将来的に期待できる。さらに新型コロナウイルス大流行による大きな制約のなかで、参加登録を完了させたことも特筆すべき点だ。パンデミックによって何百もの臨床試験が中断され、大学や病院、研究所などではさまざまな病気に関する研究も中止を余儀なくされてきた。だがendTBは、新型コロナに対応しつつプロジェクトを継続させた。

南アフリカ共和国、服用中の薬を並べる多剤耐性結核の女性患者 © MSF/Tadeu Andre 
南アフリカ共和国、服用中の薬を並べる多剤耐性結核の女性患者 © MSF/Tadeu Andre 

結核プロジェクトの展望

この臨床試験は、MDR-TB治療に革新を起こすために立ち上げられた大規模なendTBプロジェクトの一つ。17カ国で約2800人の患者が登録する観察研究では、新薬の有効性を示す強力なエビデンスが得られ(治療開始後6カ月間で培養転換率85%)、これらの薬の普及を急ぐべき根拠が加わった。また、「endTB-Q」と呼ばれる2番目のランダム化比較試験も進行しており、薬剤耐性が最も高いタイプのMDR-TBを対象とした6~9カ月のレジメンを研究する。

なお、endTB試験は、MSFが同じく主導してきた「TB-PRACTECAL」臨床試験を補完するもの。TB-PRACTECALでは、プレトマニドという別の新薬を用いて、より短期間の経口レジメンに関する質の高いエビデンスの提供をめざす。毎年約50万人が罹患(りかん)するMDR-TBに対し、治療の選択肢と治療を受けられる機会を増やすことを最終目標に、研究成果を積み上げていく。

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