写真が語るストーリー 2018年を必死に生きた人びと

2018年12月29日

雨の中で食料配給を待つロヒンギャの少女。バングラデシュ・コックスバザール、ジャムトリ仮設難民キャンプ(2018年7月)
© Pablo Tosco/Angular雨の中で食料配給を待つロヒンギャの少女。バングラデシュ・コックスバザール、ジャムトリ仮設難民キャンプ(2018年7月)
© Pablo Tosco/Angular

紛争から逃げる人、感染症の流行にさらされた人、災害や暴力のなかで途方に暮れる人……。2018年、国境なき医師団(MSF)は世界70ヵ国以上の国・地域で命を救い、医療を届け、多くの「生」を支える手助けをしてきた。苦しい状況に置かれた患者は、ひとり一人、自分だけの物語を持っている。それは辛く大変な物語。だが、勇気と回復の物語でもある。MSFは報道写真家とともに、世界で活動した現場の様子を証言し、2018年を象徴する患者たちの物語を写真に収めた。

私たちは、生きるために逃げた

バングラデシュ・ コックスバザール、世界最大の難民キャンプで食糧配給を待つロヒンギャ難民の女性。2017年8月にミャンマー西部で起きた殺りくから避難し、不衛生なキャンプで暮らす。故郷で安全に暮らせる日は来るのか。(2018年7月) © Kate Geraghty/Fairfax Media

生後1ヵ月のアロムちゃんはまるで眠っているようだが、12時間前に亡くなり葬儀の準備が進む。嘔吐と下痢をしていたが、両親にも死の原因はわからない。バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプは住居や水が足らず、多くの子どもたちが感染症にかかってしまう。(2018年7月) © Robin Hammond/NOOR

紛争や貧困など、さまざまな理由で母国を離れて欧州を目指す人びとがいる。危険を冒して地中海を渡ろうとした難民・移民が、海難事故に遭っている。MSFが市民団体と運行していた海難救助船「アクエリアス号」は、この日ゴムボートから99人を救助した。(2018年1月) © Laurin Schmid/SOS MEDITERRANEE 

難民・移民が欧州を目指す最大の拠点、ギリシャ。レスボス島のモリア難民キャンプで子どもたちがたき火を囲んでいる。このキャンプは不衛生な住環境や人口過密が深刻で、多くの若者がストレスや不安を抱いている。自殺願望や自殺未遂も多く起きている。(2018年7月) © Robin Hammond/Witness Change 

ギリシャ・ヒオス島で予防接種の順番を待つ少女。この島の難民キャンプにも、難民・移民、保護を求める人びとが多く暮らしている。十分な住まいも食べ物もなく、医療を受けられる機会は少ない。(2018年10月) © Anna Pantelia/MSF 

過激派組織「ボコ・ハラム」による襲撃で、ナイジェリアでは、北東部のボルノ州を中心に多くの人びとが避難を強いられている。国内避難民キャンプでは、食べ物も水も足りない。真っ先に具合が悪くなるのは子どもたちだ。(2018年1月)© Maro Verli MSF
 

中南米から米国を目指す人びとが中継地とするメキシコ。母国で、また旅の途中でギャングに襲われ、性暴力に遭う人があとを絶たない。グアテマラとの国境近くにある保護施設「La 72」は、過酷な旅の途中に身体を休める場所だ。歩き続けて足が腫れても、犯罪組織に狙われても、北へ逃げる旅は止めない。(2018年2月)© Juan Carlos Tomasi MSF
 

暴力が身体と心に残した傷あと

武装勢力の抗争が続くコンゴ民主共和国。村が焼き討ちにあったり、略奪されたり、人びとが刃物やナタで襲われる事件が起きている。56歳のバウマさんは武装勢力に襲撃されて頭に切り傷を負った。(2018年3月) © John Wessels 

中東パレスチナのガザ地区では、2018年3月から祖国への帰還を求める市民デモが続き、イスラエルとの境界フェンスに近づく人がイスラエル軍に銃撃されている。封鎖されたガザでは高度な医療が受けられず、一生残る障害を負ってしまう人も多い。(2018年5月)© Laurence Geai 

過激派組織「イスラム国」に支配されていたイラクの都市、モスルが解放されて1年。街には今もがれきが残り、住民は心も体も傷ついている。ラスミヤさんはイラクの国内避難民キャンプで1人暮らし。7人の息子のうち4人を爆撃で失い、1人は共謀罪で投獄され、もう1人は兵士に捉えられたまま行方がわからない。首都バグダッドに住む娘たちには、検問が厳しく会いにいけない。(2018年10月)© Mohammad Ghannam/MSF 

中央アフリカ共和国で、長引く紛争の影に隠れた性暴力の被害者たち。まだ幼い14歳の少女もレイプされ、MSFの心理ケアを受けている。女性だけでなく、男性も子どもも襲われる。医療が崩壊したこの国では、性暴力の被害者が助けを得られる場所は少ない。(2018年1月)© Alberto Rojas 

イエメンでは2015年から政府軍と反政府軍の泥沼の紛争が続いている。多国籍軍の空爆が続いていた北部ハイダンで、爆撃された自宅玄関にたたずむ兄妹。紛争で家を失い、爆撃や地雷で命をも失ってしまう人びとがいる。だが、その事実はほとんど報じられることがない。(2018年3月)© Agnes Varraine-Leca/MSF 

感染症との闘いは続く

コンゴ民主共和国で10回目の流行となったエボラ出血熱。この国の歴史上、最悪の流行になってしまった。必死の対策が続くなか、感染は大都市にも広がり、不安定な治安状況にエボラの抑え込みを阻まれている。(2018年11月)© John Wessels 

ウガンダに到着したコンゴ人難民の手足を消毒する。アルバート湖周辺の地域では、コレラが流行していたため、水と衛生活動を行った。ウガンダには、隣国のコンゴ民主共和国から紛争を逃れた6万人がボートで湖を渡り逃れている。(2018年3月)© Diana Zeyneb Alhindawi 

31歳のミコラさんは、ウクライナ西部、ジトームィルの公立病院で結核の治療を受けている。複数の薬が効かない多剤耐性結核(MDR-TB)だ。この地域はウクライナでも結核の有病率が高く、MSFが現地保健省と協力して治療を進めている。(2018年10月)© Oksana Parafeniuk
 

回復、そして希望も・・・

 2011年に独立して世界で一番新しい国となった南スーダン。2年後に再び始まった紛争で、国内の医療は崩壊してしまった。ジョングレイ州ピボールでは、MSFが移動診療でけがや栄養失調の子どもたちを治療している。ワニに襲われた少女は数週間で回復して笑顔を見せてくれた。(2018年5月)© Sarah Murphy/MSF


地中海で海難救助船「アクエリアス号」に救助された男性に、MSFの看護師が船酔いの薬を渡す。一緒に救助された27人は、それまで長くリビアの収容センターで勾留されていたという。壮絶な体験を乗り越え、彼の旅はこれからも続いていく。(2018年1月)© Federico Scoppa 

「1年前は2人とも病院だったけど、今は一緒に暮らしています」。そう語るアリョーナさんとヴァジムさん。ベラルーシのミンスクで、MSFの結核治療を受けている。2人は、2018年末に長かった治療を完了する。治療を始めたばかりのころ、死んでしまうかもしれない、と不安を抱いていた。今は、未来への期待に満ちている。(2018年8月)© Viviane Dalles 

ここは、レバノン東部のベッカー高原、国営病院でMSFが運営する小児病棟。アマラちゃんは、シリアから逃れてきた一家の10人兄妹の末っ子。呼吸器の問題で入院し、治療を受けた。MSFが活動を続けているのは、この笑顔のためだ。(2018年1月)© Florian SERIEX/MSF

2018年、世界各地に苦しい思いをしてきた人がいる。誰かが手を差し伸べなければ、失われてしまう命がある。1人でも多くの「生」を支えられるよう、MSFは今も、そしてこれからも、さまざまな場所へ向かっていく。
 

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