夢だった人道援助に初挑戦! 現場で見つけた“やりがい”と希望【MSF Club:国境なき医師団の体験ストーリー】

2025年12月15日
コンゴ民主共和国で活動したロジスティシャン・石山友莉佳(いしやま・ゆりか)さんの体験ストーリーを紹介します!
コンゴ民主共和国で活動したロジスティシャン・石山友莉佳(いしやま・ゆりか)さんの体験ストーリーを紹介します!

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しんぞー先生

国境なき医師団には、医師や看護師(かんごし)だけでなく、ロジスティシャンといって、プロジェクトの安全管理や物資の手配、建物の工事、電気や水の整備などを行うスタッフもたくさんいるんだ。そのロジスティシャンとして、コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)で活動した石山友莉佳(いしやま・ゆりか)さんの体験ストーリーを紹介するよ!

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石山友莉佳さんのプロフィール

石山友莉佳さん(右) © MSF
石山友莉佳さん(右) © MSF
石山 友莉佳(いしやま・ゆりか)
職種:ロジスティシャン(サプライ・アクティビティ・マネジャー)
活動地:コンゴ民主共和国
活動期間:2024年6月17日~9月16日
中学生から人道援助(じんどうえんじょ)に関心を持ち、大学では国連公用語のフランス語を学ぶ。その後、就職(しゅうしょく)したが「困っている人びとのために、力になりたい」という気持ちが大きくなり、会社のボランティア休暇(きゅうか)を取得して国境なき医師団に初参加(写真:本人右)。

どんな生活? 石山さんの一日 in コンゴ民主共和国

石山さんはコンゴ民主共和国でどんな生活をしていたのかな?
一日の流れを見てみよう!

5:50
起床(きしょう)、朝食
6:45
オフィス着(ゲストハウスから車で移動)
7:30
その日にやることの確認、メールのやり取りなどのデスクワーク
10:00
チームメンバーとの仕事。ミーティングや購入するものの承認作業など
11:00
在庫のチェック、病院や市場など外部の人との仕事
13:00
ゲストハウスに戻って昼食
14:00
チームメンバーまたは外部との仕事
17:00
買うものの確認などのデスクワーク
18:30
帰宅(オフィスから車でゲストハウスに戻る)
19:30
夕食、スタッフとおしゃべりなどリラックスタイム
22:00
就寝(しゅうしん)
「フランス人スタッフと現地にあるものでラーメンを作りましたが、全然違うなって感じでした(笑)」 © MSF
「フランス人スタッフと現地にあるものでラーメンを作りましたが、全然違うなって感じでした(笑)」 © MSF
スタッフとの食事風景 © MSF
スタッフとの食事風景 © MSF

コンゴ民主共和国での体験ストーリー

困っている人びとを助ける人道援助という仕事に初めて挑戦(ちょうせん)した石山さん。そのきっかけとなったのが、中学校1年生のときに聞いた先生の話だったんだ。

先生の話で芽生えた「人を助けたい」という思い

人道援助に興味を持ったのは、中学1年生のときです。数学の先生が、青年海外協力隊(今のJICA海外協力隊)でブータンに行っていた人で、現地の話をたくさんしてくれました。

そのころの私は、中学受験を終えたばかりで、勉強や成績がすべて、毎日が競争でした。でも先生の話を聞いて、「上を目指すことも素晴らしいけれど、人として大事なことをして生きたい」と思うようになりました。

大学の学部を決めるときも、「人道援助」というキーワードは心の中にありました。でも、一言で人道援助と言っても、国際法や人権、経済など、色々な分野があり、何を専門にしたいかはまだ決まっていませんでした。そこで、まず英語以外の国連の公用語を学ぼうと思い、フランス語の学部を選びました

大学を卒業してからは、クラウドやAIなど最先端(さいせんたん)のテクノロジーを使う仕事をしていました。それも人の役に立つことですが、やはり「困っている人のために働きたい」という気持ちがどんどん強くなっていったのです。そこで、いくつかのNGO(※)に応募(おうぼ)し、その中で国境なき医師団(MSF)に参加することを決めました

国境なき医師団のスタッフと。石山さんは左から2番目。「一番左の方は看護師、私の右隣りの方が心理学者で、一番右の方が私と同じサプライを担当したスタッフです」 © MSF
国境なき医師団のスタッフと。石山さんは左から2番目。「一番左の方は看護師、私の右隣りの方が心理学者で、一番右の方が私と同じサプライを担当したスタッフです」 © MSF

※NGOとは:「Non-Governmental Organization(非政府組織)」 の略です。国や政府に属さない団体で、利益を目的とせず、社会や世界のため公益の実現を目的に活動する組織を指します。

いよいよ人道援助の仕事がスタート!
どんな毎日が待っていたのかな?

夢の第一歩はコンゴの都市ゴマへ

記念すべき最初の派遣先(はけんさき)は、コンゴの東部にあるゴマという都市。会社からボランティア休暇をもらい、約3カ月間、物資を届けたり管理したりする「サプライ・アクティビティ・マネジャー」という仕事をしました。

配属(はいぞく)になったのはゴマの緊急(きんきゅう)プロジェクトで、3つのクリニックと1つの病院、さらに70キロほど北にある現場をサポートするチームでした。患者(かんじゃ)さんには、性暴力の被害(ひがい)にあった人、栄養失調(えいようしっちょう)の人が多くいました。さらに、そのころ「エムポックス」という病気が広がり始めていて、その対応にも当たりました。

宿舎から見たコンゴ東部ゴマの景色 © MSF
宿舎から見たコンゴ東部ゴマの景色 © MSF

ゴマは大きな湖に面しています。自然が豊かで美しい町なのに、平和だけがないんです。毎朝、泊(と)まっていたゲストハウスの階段を下りながら、少しでもここに暮らす人びとのために何かしたい、と思っていました。

コンゴでは紛争が長い間続いていて、多くの人びとが争いに巻き込まれているんだ。暴力から逃(のが)れて、避難民(ひなんみん)キャンプで暮らしている人もたくさんいるよ。また、さまざまな病気の流行も問題になっているんだ。そんな中、石山さんはどんな活動をしたのかな?

緊急事態! 2日で物資を届ける必死の作業

エムポックスは急速に広がり、世界保健機関(WHO※1)が「緊急事態(きんきゅうじたい)」を宣言しました。すると、患者さんが一気に増えたため、隔離(かくり)する場所を作ったり、手洗い場を増やしたり、足りない衛生用品(※2)を急いで手配したりしました。

「すぐに動かないと!」という緊張感(きんちょうかん)の中、私は業者を選んで物資を買い、現場に届けるまでをたった2日で終わらせるために必死でした。

本当に大変でしたが、医療チームから「ありがとう」と言われたときは、とてもうれしかったです。

※1=WHOとは:世界中の人の健康を守るために活動する国際機関。病気の流行を調べて対策を発表したり、ワクチンや薬の安全性を確認したりします。本部はスイスのジュネーブにあります。
※2=衛生用品とは:病気にならないように、体や環境を清潔を保つための道具や製品のこと。石けんや消毒液、生理用品など。 

性暴力の被害にあった患者に配るキットを準備していた倉庫内の様子。「地道な作業でしたが、チーム一丸となって必死に作りました」 © MSF
性暴力の被害にあった患者に配るキットを準備していた倉庫内の様子。「地道な作業でしたが、チーム一丸となって必死に作りました」 © MSF

紛争が激しくなると、他のNGOが次々にいなくなり、国境なき医師団だけが現場に残っているという状況になりました。協力団体がいなくなってしまった分、物資のリクエストはどんどん増えます。

そんな中で、どうにか物資を用意したにもかかわらず、危険で運べない、届けても「これは必要なかった」と言われてしまうなど、思うようにいかないこともありました。

でも、最後には全部手配し、「やれることは全部やった!」という達成感を得ることができました。

クリニックで働いていたMSFのメンバーと © MSF
クリニックで働いていたMSFのメンバーと © MSF

大変な中でも、仲間とともに前向きに取り組んだ石山さん。でも悩みもあったといいます。どんなことだったのかな?

悩んだ日々──仲間がくれた思いがけない言葉

MSFでの活動は初めてで、しかもスタッフの中で私は一番若かったので、仲間からとてもかわいがってもらいました。みんな仲が良くて、毎日一緒にご飯を食べたり、休日にはカードゲームをしたりして楽しい時間を過ごしました。

ただ、マネジャーとしての仕事は「全然できていない」とずっと思っていました。日本でも物流の仕事に関わっていたので、色々な面で役に立てるはずだと思っていたのですが、現場ではむしろ教えてもらうことばかりでした。

でも帰国前に、仲間から自分への評価を聞いたら、「間違えたときはきちんと謝ってくれたし、問題が起きたときは次に同じことが起きないように対応してくれた。すごく助かった。帰らないでほしい」と言われたんです。とても驚きましたし、うれしかったですね。

「チャドから来ていたベテランのMSFスタッフです。とっても仲良くしてもらいました」 © MSF
「チャドから来ていたベテランのMSFスタッフです。とっても仲良くしてもらいました」 © MSF


最後の日曜日には、感謝の気持ちを込めて、一緒に働いたスタッフに小さなプレゼントを用意しました。現地の布で作ったポーチにお茶とキャンディを入れ、折り紙で作った手紙を添(そ)えました。ささやかなものでしたが、「ユリカの温かい心が詰(つ)まっていてうれしい!」と、びっくりするくらい喜んでくれました。

「絶対にコンゴを忘れないで、また戻ってきて!」と言ってもらえて、「私も少しは役に立てたのかな、誰かの希望になれたのかな」と感じることができました。

掃除(そうじ)や洗濯(せんたく)をしてくれた現地スタッフと。 © MSF
掃除(そうじ)や洗濯(せんたく)をしてくれた現地スタッフと。 © MSF

ゲストハウスでは現地のスタッフが掃除や洗濯、食事の用意などをしてくれて、活動をバックアップしてくれました。疲(つか)れて帰ってきても、彼らのやさしさにとても救われました。

約3カ月の活動をかけ抜けた石山さん。
活動後に感じた思いを語ってくれたよ。

ゴマに足りないのは平和だけ

私が滞在(たいざい)していたゲストハウスは、もともとホテルだったと思われる建物で、とてもきれいでした。ゴマは本来、観光地として、とてもすてきな場所なのだと思います。だからこそ、「ゴマに足りないのは平和だけ」と感じたことが残念でした。

この地域では、武力による争い、整っていない医療体制、病気の流行など、たくさんの問題があり、人びとは長い間、厳(きび)しい生活を強いられています。MSFの病院に来る人びとは、本当に何も持っていません。家もなく、靴(くつ)さえはいていない人もいます。そこまで困ってしまうと、どんなにがんばっても自分の力だけではどうしようもできないのです。

紛争でゴマの自宅を逃れ、避難民キャンプで暮らす親子=2024年10月16日 © Michel Lunanga
紛争でゴマの自宅を逃れ、避難民キャンプで暮らす親子=2024年10月16日 © Michel Lunanga
ゴマ郊外の避難民キャンプで、MSFの給水を待つ人びと=2024年8月28日 © Michel Lunanga
ゴマ郊外の避難民キャンプで、MSFの給水を待つ人びと=2024年8月28日 © Michel Lunanga

それでも、MSFの現地スタッフはもちろん、荷物を運んでくれる日雇(ひやと)いの人たちもみんな、懸命(けんめい)に働いています。どんなに働いても、現地の平均時給は1.5米ドル(約230円)ほど。一方で食べ物の値段(ねだん)は日本とあまり変わらないので、生活はとても大変です。

それでも、子どもたちは元気に遊んだり泣いたりしていて、大人たちも悲しいことを吹き飛ばすように歌っておどって、日常を生きています。

そんな世界があることを、そこで生きている人びとがいることを、少しでも知ってもらいたいです。

そして、機会があればまた活動に参加したいと思っています。「帰らないで」「戻ってきて」と言ってもらえたので、その気持ちにいつか応えたいです。 

一緒に働いた仲間たちと © MSF
一緒に働いた仲間たちと © MSF

最終日に撮影(さつえい)しました。チームメンバーだった手前左の2人は、私が帰国するのが本当に嫌(いや)だったようで、最後の写真なのに全然笑ってくれませんでした(笑)。

最後に、進路や将来について考えている皆さんへ、石山さんからメッセージをもらったよ!

挑戦する勇気と、感謝の気持ちを忘れないで!

将来を考えているみなさんには、ぜひやりたいことを声に出して、いろんなことに挑戦してほしいと思います。もちろん、自分勝手にならないことは大切ですけどね(笑)。 

現地スタッフが描いてくれた石山さんの絵 © MSF
現地スタッフが描いてくれた石山さんの絵 © MSF
挑戦する過程では、思い通りにならないことや、うまくいかないこともたくさんあると思います。

私自身、中学生の頃から「海外に行きたい」という夢がありましたが、実現したのは大学生になってアルバイトでお金を貯めてからでした。簡単に叶(かな)うことばかりではありません。

それでも、希望を捨てずに、一緒に人道援助に携わってくれる仲間が増えたら、私はとてもうれしいです。今日より良い明日をつくるのは、きっとみなさんの世代です!


そして夢がかなったときに、「感謝を忘れないこと」も大切だと思います。頑張っているのは自分ですが、その機会に恵まれていること自体が、世界ではとても特別なことなんです。

応援してくれるご両親、叱咤激励(しったげきれい)してくれる友達や先生、仲間がいるからこそ、できることがたくさんあります!

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イラスト(しんぞー先生):Ayano Kinoshita

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