「弟はどこ?」多くの患者が運び込まれた救急室で男性は尋ねた──レバノン攻撃で多数の死傷者、市民保護は急務
2026年04月14日
イスラエル軍は4月8日、レバノン各地で大規模な空爆を行った。イランと米国、イスラエルの停戦が発表されて10時間もたっていなかった。一方で報道によると10分間で100回以上の空爆が行われる激しい攻撃だった。その多くは人口が密集する住宅地を標的としており、事前の通告や警告はなかった。
国境なき医師団(MSF)の医療コーディネーター補佐で看護師のサファ・ブレイクはその時、MSFが医療スタッフを派遣する、首都ベイルートの公立病院にいた。次々と患者が運び込まれ混乱する現場で、彼女は何を見たのか。
突然の煙、そして救急車のサイレン
私はMSFの救急医と共に、定期視察のため訪問中でした。そのままならば、ごくありふれた1日になっていたはずです。しかし突然、白い煙とちりがあたりを覆い尽くしました。
何が起きているのかしばらくの間、誰も理解できませんでした。そして、救急車が到着し始めました。
救急車と患者の流れは止まりませんでした。
家族を探す人が次々と
最初に搬送されてきた患者は、ガラスや金属、がれきの破片が体に刺さり重度の頭部外傷を負っていました。多くが意識不明の状態でした。到着後間もなく亡くなる人もいました。状況を把握する余裕などありませんでした。ただ動くこと、対応すること、そして彼らの命を救おうとすることだけで精いっぱいでした。
救急救命室は間もなく、行方を探す人びとであふれるようになりました。負傷した親が子どもたちの名前を叫び、子どもの写真を手に「この子はいないか」と尋ねる人もいました。
重度の頭部外傷と腹部に破片が刺さった状態で搬送されてきた男性の出血を止めようとしていると、スマホを手にした若い男性が私に近づき、写真を見せました。弟の写真だといい、「この人を見かけませんでしたか」と尋ねてきました。
私には答えられませんでした。しかし、救急医が傷の手当てや患者の容態の安定化にあたっている間、私もその男性と一緒に部屋を回り、患者の顔を確認しながら、弟さんを探しました。
すでに亡くなっている50人が一度に到着
数時間が、まるで何年もたったかのように感じました。患者は次々と運び込まれ、その多くが危篤状態でした。攻撃が始まってから4時間近くたった頃、20台近くの救急車が一度に駆けつけました。車内には50人ほどが乗っていましたが、全員がすでに息を引き取っていました。
ある若い男性のことが忘れられません。彼は両足を失い、腹部に破片が刺さっていました。私たちは容体を安定させ、出血を止め、縫合するために、できる限りのことを試みました。しかし命をつなぎとめることはできませんでした。今でも、彼の兄の叫び声が耳元で聞こえてくるようです。
救急室は対応しきれない状態でした。私は、疲れ果てながらも並外れた献身を見せる病院スタッフと共に走り回り、限られた物資で膨大なニーズに対応しようと、患者から患者へ、廊下から廊下へと移動していました。
素晴らしいことに、次々と医師たちが駆けつけてきました。医師会が全病院に支援要請を出したため、外科医や内科医といった各地の専門医が波のように病院に押し寄せ、誰もが患者の命を助けようとしていました。信じられないほどの連帯感がありました。
しかし救急室の備蓄品はすぐに底をつき、ストレッチャーは満杯になりました。重体あるいはすでに息絶えた状態で搬送されてくる患者が、あまりにも多かったのです。
民間人の保護は急務
私たちがその日、目にしたのは、単なる医療上の緊急事態ではありませんでした。民間人、住宅地、家族、子どもたち、そしてほんの数時間前まで平穏な生活を送っていた人びとに対する攻撃がもたらした結果を目の当たりにしたのです。
この病院だけでなくレバノン全土で、各病院のスタッフらは大量の患者搬送に直面する中、できる限りのことを行いました。ラフィク・ハリリ病院では、並外れて献身的な姿勢を目にしました。人びとは疲れ果てるまで自分を追い込み、他者のケアに当たっていたのです。しかし、これだけの数の負傷者が発生する状況では、「献身」だけでは不十分です。
MSFは病院を支援し、可能な限り対応しています。
しかし、この日改めて痛感したのは、民間人の保護が極めて重要で、緊急を要するものだということです。サファ・ブレイク MSF医療コーディネーター補佐、看護師
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