停戦下でも深まる人道危機──いますぐ援助の拡大を:レバノン

2026年04月23日
レバノンの首都ベイルート中心部にあるアザリエ避難所。元は商業施設だったが、今は多くの人びとがここで避難生活を送っている=2026年4月16日 © MSF
レバノンの首都ベイルート中心部にあるアザリエ避難所。元は商業施設だったが、今は多くの人びとがここで避難生活を送っている=2026年4月16日 © MSF

一時的な停戦が発表されたレバノン。人びとの間にはかすかな安堵感が広がったものの、それを上回る不確実性と警戒感が依然として強く残っている。

人道・医療ニーズは、いまなお極めて深刻だ。首都ベイルートの南部では、人びとが避難先と自宅を行き来しながら、持ち出せるものを集め、情勢が再び悪化した場合に備えて、いつでも避難先に戻れるよう準備している。

とりわけベイルート南部、ベッカー県、南レバノン県では、イスラエルの継続的な攻撃により、多くの人びとが住まいや生計手段、愛する人を失い、100万人以上が強制的な避難を余儀なくされている。

レバノン全土で人びとの避難が続く中、国境なき医師団(MSF)は事態に柔軟に対応し、ニーズの評価を行っている。そして、人道援助の緊急かつ大規模な拡充と、援助への妨げのないアクセスが確保されるよう強く求めている。 

ベイルートにある学校も、今は避難所として機能している=2026年4月17日 © MSF
ベイルートにある学校も、今は避難所として機能している=2026年4月17日 © MSF

停戦の陰で続く危機

レバノン南部へ帰還する人びとで渋滞する道路 © MSF
レバノン南部へ帰還する人びとで渋滞する道路 © MSF
南へ向かう人びとは、渋滞で足止めされている。先行きは不透明で、自宅が残っているのか、破壊されているのか、多くの人びとは分からないままだ。 
 
停戦は多少の安堵をもたらしたものの、人びとの人道的ニーズはいまなお切迫しており、甚大だ。その中には、殺害や避難、生活必需品にアクセスできないことによって引き起こされた、数カ月に及ぶ深い心理的トラウマも含まれている。

3月初めに事態が悪化する以前から、いわゆる「停戦」は名ばかりに過ぎず、イスラエル軍による攻撃は繰り返され、人びとの生活は破壊され続けてきた。

レバノン南部では侵攻と占領により、6万4000人以上が国内避難民となったほか、再建に必要な機材や民間施設への攻撃が続いたことで、多くの地域で復興は進まなかった。

地元の保健当局によると、3月2日から4月10日の間に2000人以上が死亡し、7000人以上が負傷した。とりわけ4月8日に起きたレバノン全土への大規模な攻撃での死傷者は、3月初旬以降に記録された死傷者全体の約5分の1を占めている。

MSFは、ベイルートのラフィク・ハリリ大学病院およびティールのジャバル・アメル病院で、緊急のニーズに備え現地の医療体制を支援している。病院の医療スタッフや職員とともに、手足の切断や重度の臓器損傷など、重傷を負った患者の治療にあたっている。

一方で、人口密集地におけるイスラエル軍の無差別的な攻撃は、民間人を容赦なく巻き込み、さらに医療施設への攻撃によって、医療従事者も死傷している。

避難所で荷物を運ぶ人びと=2026年4月17日 © MSF
避難所で荷物を運ぶ人びと=2026年4月17日 © MSF

避難がもたらす心の傷

強制的な避難を強いられている人は100万人以上に上っている。多くの人びとが、家や家財道具をそのまま置いて、着の身着のまま、ほとんど何も持たずに逃げざるを得ない。

過密状態の避難所や、路上に設置された仮設テントでの生活は、劣悪な衛生環境、不十分な住居、そして長引く精神的苦痛により、人びとの健康状態をさらに悪化させている。

戦時下での避難がもたらす影響は、人びとが故郷へ戻ろうとした時点で終わるわけではない。家を破壊され、帰る場所そのものを失った人びともいれば、占領により南部国境沿いの村に近づくことすらできない人びともいる。

経済的な困難や仕事の喪失、突然の避難によるトラウマ、将来への不安、そして安全が確保されない状況は、人びとの心に深刻な影を落としている。人びとの多くが、強いストレスや不安、うつ、さらには重度の心的外傷ストレス症状に苦しみ続けている。

アザリエ避難所に身を寄せる女性=2026年4月17日 © MSF
アザリエ避難所に身を寄せる女性=2026年4月17日 © MSF

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