名ばかりの「停戦」、続くイスラエル軍の空爆──レバノン南部の病院に相次ぐ死傷者
2026年05月13日
イスラエル軍は連日にわたって空爆し、すでに数百人が死傷。家屋や村の破壊も止まっていない。現在も退避命令は出ており、数千人が住み慣れた場所から追われている。
レバノン南部の病院には次々と負傷者が運び込まれており、国境なき医師団(MSF)は地元保健省と協力して患者の治療にあたっている。
停戦後も傷つく市民たち
そう話すのは、MSFの救急医ティエンミン・ディン。ディンは、ティール郡にあるカーナ病院とジャバル・アメル病院を行き来しながら診療している。
ある家族は、まだ幼い子どもが顔に深い傷を負い、4歳の姉は頭と手足の骨折や、肺挫傷を負っていました。父親は体の複数カ所を負傷し、母親も破壊された自宅の下敷きになっていました。両病院のスタッフたちは昼夜を問わず治療にあたっています。患者には軽傷の人もいれば、専門的な手術を必要とする重傷の人もいます。
MSFの救急医 ティエンミン・ディン
ジャバル・アメル病院には、4月18日~5月3日の間に173人の負傷者が搬送され、そのうち145人もの人びとが助からなかった。
数キロ離れたナバティエ郡でも、MSFが支援する病院2カ所で同じような状況が続いている。4月26日~5月3日、両病院には計65人の負傷者が搬送された。搬送後に2人が死亡。病院到着時に亡くなっていた人も26人に上った。
危険な搬送路、足りない医療物資
また、各医療施設では輸血バッグなどの重要な医療物資が不足し、患者を別の病院へ送らざるを得ないケースもある。
しかし、道中が危険なためそれすら難しくなっている。ナバティエのナジュデ・アルシャービーエ病院では先週、重傷患者2人を血液不足のため別の病院に移す予定だったが、搬送中に亡くなってしまった。
また、現地の医療チームは疲弊しきっている。2カ月以上に及ぶ攻撃にさらされ、休めるはずだった停戦も機能していないためだ。
大勢の人びとが医療を必要としており、南部にいる医療スタッフは最大36時間連続で働かざるを得ない。患者の容体が深刻な場合には、1人に対して複数の手術や処置を立て続けにしなければならないこともある。
こうした事態を受け、MSFは現地の病院スタッフを支援しようと、活動のあり方を調整している。
例えば、MSFのスタッフは、カーナ病院とナジュデ・アルシャービーエ病院で夜間シフトに入っている。医療体制を継続するとともに、常勤医師たちの負担軽減を図るためだ。
深まる心の傷
そう話すのは、レバノン南部から別の町に避難したサミアさん(仮名)。
停戦が発表されると、サミアさんはいったん自宅へと戻った。しかし、家は壊滅的な被害を受けていたという。
停戦前からつらい状態でした。でもいまは、その100倍つらいです。
レバノン南部からの避難民 サミアさん(仮名)
心のケアのニーズに応えるため、MSFはナバティエ県と南レバノン県で移動診療の回数を増やした。より遠隔地に暮らす人びとや、停戦発表後に自宅へ戻ることを決めた家族のもとを訪れているが、人びとの精神状態はますます悪くなっている。
ディンは、話を聴いたある女性患者についてこう振り返る。
その女性はシリアから身を寄せている難民で、数週間前に空爆で両脚を失いました。そのうえ8歳の息子を空爆で亡くし、娘も爆弾に巻き込まれて腸に穴が開いたそうです。この母親に、どうやってこの現実を受け止めろというのでしょうか。
MSFの救急医 ティエンミン・ディン
市民に届かない保護と医療
しかし、現実は違った。
MSFレバノンの活動責任者、ジェレミー・リストーはこう強調する。
暴力が激化してから2カ月がたち、状況はますます複雑になっています。確実に人びとが保護され、また医療が届く状況でなければ、避難したからといって安全になるわけではありません。現在の避難は、市民を守るものになっていないのです。
MSFレバノンの活動責任者 ジェレミー・リストー




