【動画】「住所を知られると殺されるかも」 分断されたハイチ首都…妊産婦死亡率は米州地域で最悪、女性たちを阻む幾重もの壁

2026年08月27日
(動画:1分3秒)

ハイチの首都ポルトープランスでは、街の中を移動するだけでも危険が伴う。

診察を受ける、避妊薬や避妊具を手に入れる、妊婦健診に通う、性暴力を受けた後のケアを受ける──。何千人もの女性にとって、こうした医療にたどり着くまでにいくつもの壁が立ちはだかっている。

武力衝突によって、もともと不十分だった医療体制がさらに揺らいでいる。女性の健康を守るために欠かせないリプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)へのアクセスが、ますます困難になっている。

崩壊する医療体制

ある朝、意識がもうろうとした女性(29)が、国境なき医師団(MSF)の支援するイザイ・ジャンティ産科病院に運び込まれた。

女性は数時間前に自宅で出産した後、けいれん発作を伴う産後子癇(しかん)を発症していた。すぐに治療しなければ命を落としかねない、深刻な合併症だ。

義父は、生まれたばかりの赤ちゃんを腕に抱き、女性をバイクに乗せて首都近郊のシテ・ソレイユから病院まで連れてきた。

約15人の女性が経過観察を受ける病棟で、義父はこう振り返る。

病院に着いたとき、私は震えていました。もう助からないと思ったんです。今朝は、まるで死んでいるかのようでした。でも、いまは笑顔さえ見せています。まるで生き返ったようです。

病院に搬送された29歳の女性の義父

自宅で出産後、産後子癇(しかん)を発症し入院した女性の赤ちゃん(左)とその心拍を確認する医療スタッフ=ハイチの首都ポルトープランスにあるイザイ・ジャンティ産科病院で2026年5月 © Laora Vigourt/MSF
自宅で出産後、産後子癇(しかん)を発症し入院した女性の赤ちゃん(左)とその心拍を確認する医療スタッフ=ハイチの首都ポルトープランスにあるイザイ・ジャンティ産科病院で2026年5月 © Laora Vigourt/MSF

予防できるはずの合併症が命を奪う

ハイチの妊産婦死亡率は、米州地域の国の中で最も高い。世界保健機関(WHO)の推計によると、2023年には出生10万人当たり328人に上った。世界平均は197人、米州地域では58人だった。

こうした数字は、医療体制が徐々に崩壊してきた現実を物語っている。武装勢力の支配地域の拡大、政治・行政の不安定化、公共サービスの慢性的な資金不足が、そのぜい弱さに拍車をかけてきた。

実際、ポルトープランスでは多くの医療施設が閉鎖され、必要不可欠な医療を受ける機会が大幅に失われている。とりわけ、女性たちがリプロダクティブ・ヘルスケアを受けることは非常に難しくなっている。

武装勢力が支配し、銃撃戦が頻発する地区。使われなくなった学校で国境なき医師団(MSF)が移動診療を実施し、妊産婦医療などを求める女性らが順番を待っている。活動できるのは安全を確保できる数時間だけに限られる=ハイチの首都ポルトープランスで2025年12月19日 © Jelle Krings
武装勢力が支配し、銃撃戦が頻発する地区。使われなくなった学校で国境なき医師団(MSF)が移動診療を実施し、妊産婦医療などを求める女性らが順番を待っている。活動できるのは安全を確保できる数時間だけに限られる=ハイチの首都ポルトープランスで2025年12月19日 © Jelle Krings


専門知識を持つ医療従事者による妊婦健診を受けられない女性は多く、医療者の立ち会いがないまま自宅で出産するケースも相次ぐ。必要な医療をすぐに受けられなければ、子癇や出血、感染症、新生児の状態悪化などの発見が遅れかねない。

MSFの移動診療で働く助産師は、こう話す。

あるとき、妊娠8カ月の女性を別の医療施設へ搬送しました。子宮内で亡くなった赤ちゃんを出産するためです。その女性は、それまで一度も妊婦健診を受けられていませんでした。防げるはずの合併症によって命が奪われる事態は、本来は起きてはならないのです。

MSFの移動診療で働く助産師

病院までの道のりも命懸け

多くの女性にとって、医療施設までたどり着くこと自体が困難だ。

武力衝突、絶えず変わる前線、検問所、山積みのごみによって封鎖された道路、交通費の負担、避難生活。そのすべてが、女性たちの受診を難しくしている。

MSFの助産師、ナオミー・リュバンはこう説明する。

MSFが支援するイザイ・ジャンティ産科病院の助産師、ナオミー・リュバン。生まれて間もない赤ちゃんを腕に抱いてほほ笑んだ。ナオミー自身も49年前、この産科病院で生まれた=ハイチの首都ポルトープランスで2026年3月 © Marx Stanley Léveillé/MSF
MSFが支援するイザイ・ジャンティ産科病院の助産師、ナオミー・リュバン。生まれて間もない赤ちゃんを腕に抱いてほほ笑んだ。ナオミー自身も49年前、この産科病院で生まれた=ハイチの首都ポルトープランスで2026年3月 © Marx Stanley Léveillé/MSF

患者の搬送は極めて困難です。利用できる交通手段は限られ、産科・新生児医療を提供できる施設も非常に少なくなっています。

MSFの助産師 ナオミー・リュバン

さらに、別の問題もある。居住地区を知られることを恐れ、自分の地区から出るのをためらう女性がいるのだ。

ポルトープランスでは、武装勢力の支配する地区と、当局の管理下にある地区で街が分断されている。住所を知られただけで偏見の目を向けられたり、武装勢力とのつながりを疑われたりする恐れがあるのだ。そのため、病院へ行こうと自分の地区を出ることが、命に関わる危険な行動になり得る。

MSFの患者の女性(38)はこう話す。

2歳の子どもはこの1年半、一度も予防接種を受けられていません。住所を知られれば殺されるかもしれず、身分証明書を持って地区の外に出ることが怖いからです。

MSFの患者で2歳の子どもの母親

MSFが実施する移動診療を訪れ、妊産婦医療などを求めて順番を待つ女性たち=ハイチの首都ポルトープランスで2025年12月19日 © Jelle Krings
MSFが実施する移動診療を訪れ、妊産婦医療などを求めて順番を待つ女性たち=ハイチの首都ポルトープランスで2025年12月19日 © Jelle Krings

危機の中でも医療を届ける

こうした状況を受け、MSFは地域の人びとに医療を届けるため、移動診療を続けている。

毎週、ポルトープランスにある複数の地区を訪れ、かつて学校や教会として使われていた建物で数時間にわたって基礎医療を提供する。2026年上半期にはリプロダクティブ・ヘルスケアの診療4500件を実施した。

教会で移動診療をするMSFスタッフたち。医薬品の箱を運び入れている=ハイチの首都ポルトープランスで2026年5月 © Laora Vigourt/MSF
教会で移動診療をするMSFスタッフたち。医薬品の箱を運び入れている=ハイチの首都ポルトープランスで2026年5月 © Laora Vigourt/MSF


MSFはさらに、長期的に切れ目のない医療を提供できる体制を整えるため、シテ・ソレイユにある公立のイザイ・ジャンティ産科病院の改修にも取り組んでいる。ハイチ保健省と連携し、帝王切開を含む緊急産科医療のほか、避妊に関するケアや、性暴力サバイバーへの医療を提供している。

2026年上半期には、929件の出産を介助した。このうち285件は緊急帝王切開だった。また、重篤な合併症に対応するため、患者257人とその新生児をより適切な治療を受けられる別の医療施設へ紹介・搬送した。

前夜に生まれた双子の赤ちゃん。MSFが支援するイザイ・ジャンティ産科病院で母親のそばで眠る=ハイチの首都ポルトープランスで2026年5月 © Laora Vigourt/MSF
前夜に生まれた双子の赤ちゃん。MSFが支援するイザイ・ジャンティ産科病院で母親のそばで眠る=ハイチの首都ポルトープランスで2026年5月 © Laora Vigourt/MSF


しかし、MSFがこうした活動を続けても、医療ニーズはいまだに極めて大きい。治安の悪化により、患者と医療従事者の移動も引き続き制限されている。

MSFのハイチ活動責任者、ディアナ・マニラ・アロヨは話す。

私たちの医療施設が衝突の影響を受ければ、活動を中断し、施設から退避しなければなりません。過去2カ月だけでもそうした事態が2度ありました。活動の中断によって患者の紹介・搬送先は大幅に狭まり、緊急の産科症例をはじめ、リプロダクティブ・ヘルスケアのさまざまなニーズへの対応が難しくなります。

MSFのハイチ活動責任者 ディアナ・マニラ・アロヨ

ポルトープランスで暮らす何千人もの女性と少女の健康と命を守るために、こうした医療へのアクセスを絶やしてはならない。

MSFが教会で実施する移動診療。流れ弾から身を守るために積まれた土のうの前で、助産師が配布する医薬品を確認している=ハイチの首都ポルトープランスで2026年5月 © Laora Vigourt/MSF
MSFが教会で実施する移動診療。流れ弾から身を守るために積まれた土のうの前で、助産師が配布する医薬品を確認している=ハイチの首都ポルトープランスで2026年5月 © Laora Vigourt/MSF

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