治療を受けるため、命がけで移動する──ハイチ 分断された町で生きる人びと
2026年07月31日
ハイチの首都ポルトープランスでは、多くの人びとがそのような厳しい選択を迫られている。武装集団と政府・その支持勢力との戦闘が続くなか、人びとの移動は著しく制限され、医療を受けることさえ命がけだ。
国境なき医師団(MSF)の運営する病院のあるシテ・ソレイユ地区では、34の地域すべてが武装集団の支配下にあり、住民は検問や道路封鎖、暴力の脅威にさらされながら、必要な医療を求めて危険な移動を余儀なくされている。
「発作が起きても外に出られない」
しかし、ロナルドさんにとって治療を受け続けることは容易ではない。治療費の負担に加え、ポルトープランスで続く武装集団間の戦闘によって移動が制限されるためだ。発作時にはMSFの救急外来で治療を受けたが、戦闘が激化すると病院へたどり着くことさえできなくなる。
治安が悪化して銃声が響いているときは、ぜんそくの発作が起きても外に出ることができません。
ぜんそく患者 ロナルドさん(仮名)
銃撃下で医療を届ける難しさ
ハイチにおけるMSFの現地活動責任者、トマ・キュルビヨンは、2026年5月上旬にシテ・ソレイユ地区とクロワ・デ・ブーケ地区で発生した激しい戦闘をこう振り返る。
「12時間もたたないうちに、私たちのチームは40人を超える銃創患者を治療しました。さらに、病院敷地内では警備員1人が流れ弾に当たっています」
この間、スタッフやその家族、近隣住民など多くが病院に避難した。急激な治安悪化を受け、MSFは5月11日、患者とスタッフの安全を確保するため活動の一時停止を余儀なくされた。
病院は約3週間閉鎖され、活動再開は6月1日となった。シテ・ソレイユでMSFが医療活動を停止したのは、この3年間で3度目だ。
「外来診療では通常、1日約150人の患者を受け入れており、病床使用率が80%を超えることも珍しくありません。活動が数週間中断すれば、地域住民への影響は非常に大きくなります」とキュルビヨンは説明する。
たとえ病院が開いていても、シテ・ソレイユで戦闘が発生すると、患者は銃撃を恐れて受診を控える。その結果、特に慢性疾患の患者は治療を継続できなくなる。戦闘は医療施設の運営だけでなく、患者の医療へのアクセスにも深刻な影響を及ぼしている。
さらに、2026年6月にはシテ・ソレイユとMSFが支援するイザイ・ジャンティ産科病院周辺で暴力が再び激化し、MSFは数週間にわたり活動を停止した(※)。妊婦や新生児を含む多くの人びとが、必要な医療から取り残された。
※2026年7月現在、MSFは武力衝突により停止していたイザイ・ジャンティ産科病院での活動を段階的に再開している。
限界まで追い詰められた医療制度
世界保健機関(WHO)によると、国内で完全に機能している医療施設は全体の26%にとどまる。多くの施設は閉鎖されたり略奪の被害を受けたりしており、人員や医療機器の不足、安全上の問題から十分な医療を提供できていない。
シテ・ソレイユに暮らすロズミーさん(仮名、76歳)も、その影響を受ける一人だ。地域の病院は破壊され、設備や物資も略奪された。最近糖尿病と診断されたが、MSFの病院を受診した時には病状が進行し、歩くこともできない状態だった。
ハイチにおけるMSFの現地活動責任者のサラ・シャトーは次のように説明する。
「保健省の予算は極めて限られており、ハイチの人道危機に対する国際的な資金援助も長年不足しています。このような状況では、慢性疾患の患者が治療を継続できる可能性は低く、病状が悪化すれば命に関わることもあります」
慢性疾患──ハイチにおける主要な死因
病院で医療チームリーダーを務める医師のジェローム・フリッチは、その理由を次のように語る。
「亡くなる患者の多くは医療施設の外にいます。暴力によって移動できなかったり、交通費を負担できなかったりするためです。また、治療が受けられないまま病状が悪化し、重篤な状態に陥る人もいます」
慢性疾患の患者が直面するこうした状況を改善するため、MSFは2026年3月からハイチ糖尿病・心血管疾患財団(FHADIMAC)との連携を開始した。高血圧や糖尿病の患者を対象に、急性期治療だけでなく、その後1年間の継続的なフォローアップ医療を提供している。
フリッチは、「救急外来で治療を受けて症状が安定しても、その後の治療を継続できず再び病状が悪化する患者は少なくありません。この悪循環を断ち切りたいと考えています」と語る。
しかし、継続的な診療体制が整いつつある一方で、専門的な治療への道は依然として限られている。
「例えば高血圧の患者は、適切な経過観察や治療を受けられなければ脳卒中を起こすことがあります。しかし、ポルトープランスでも、そのような患者に対応できる医療機関はほとんどありません」とフリッチは話す。
暴力や貧困、医療体制の崩壊により、ハイチでは慢性疾患の患者が必要な治療を継続して受けることが極めて難しい。MSFは現地団体と連携しながら継続的なケアの提供に取り組んでいるが、多くの患者にとって状況は依然として厳しいままだ。
生活費の高騰と偏見──医療を阻むさらなる障壁
シテ・ソレイユでMSFの副プロジェクト・コーディネーターを務めるフランソワ・バティスタンは、「私たちの提供する医療は無料です。しかし、病院までのバイクタクシー代さえ払えず、受診を諦める人びともいるのです」と状況を語る。
さらに、シテ・ソレイユの住民は、居住地を理由とした強い偏見にも直面している。
地区の外へ出ると、武装集団の構成員と疑われたり、警察から関係を疑われたりするおそれがあるためだ。
約30万人が暮らすシテ・ソレイユは、ポルトープランス都市圏で最も人口の多い地区の一つだ。しかし、武装集団の支配による負のイメージが定着し、基礎的な公共サービスや医療が十分に行き届いていない。
「シテ・ソレイユの住民は地区の外で治療を受けることに大きな困難を抱えています。一方で、地区外の人びとは、MSFの医療を受けるため危険を承知でここまでやって来るのです」とバティスタンは話す。
医療を受けることが命がけになる現実
シテ・ソレイユで15年にわたり活動してきたMSFのチームは、刻々と変化する危機的状況に対応するため、支援のあり方を絶えず適応させてきた。しかし、MSFだけで医療へのアクセスが崩壊し続ける現状を補うことはできない。
人びとが診察を受けたり治療を継続したりするために命を危険にさらさなければならない状況が続く限り、誰もが質の高い医療を継続して受けられるようにすることは、ポルトープランスにおける重大な人道上の課題であり続ける。




