シリア内戦で損なわれた医療の再建へ──10県で基礎診療所を支援、国境なき医師団

2026年10月30日
シリア南部ダルアー県ツィルで国境なき医師団が支援する公立家庭医療センターにおいて、娘(右)と共に診療を受けたハワス・アリさん=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF
シリア南部ダルアー県ツィルで国境なき医師団が支援する公立家庭医療センターにおいて、娘(右)と共に診療を受けたハワス・アリさん=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF

長年にわたる内戦や避難生活、医療体制の損壊により、シリアではいまも数百万人が必要な医療を受けることが難しい状況にある。

診療体制の不備や医薬品・医療機器の不足、医療施設の損傷は、地域の人びとが受けられる医療に影響を及ぼし続けている。紛争を乗り越え、暮らしを立て直そうとする人びとにとって、住まいの近くで受診できる基礎医療の機能回復が求められている。

国境なき医師団(MSF)はシリア各地で保健当局と連携し、地域に根差した医療体制の再建を支えている。

「診療所も病院もない」——故郷へ戻った住民が見たもの

「戻ってきたばかりの頃、街の至るところが破壊されていました」

こう語るのは、シリア西部のラタキア県サルマ出身のムハマド・ハレドさん。2014年に故郷を追われ、北西部のイドリブ県にある農村部で約10年間暮らした後、サルマへ戻った。街はひどく損壊し、診療所も病院もない状態だったという。

しかし現在では、基本的な公共サービスが少しずつ戻りつつあるとハレドさんは話す。長年の紛争で大きな被害を受けたサルマでは、住民の帰還が進んでいる。

MSFは2026年3月から、サルマで保健当局による基礎医療の提供を支援している。まず移動診療を始め、その後は基礎診療所の運営再開を後押し。さらに、人材や医療物資を提供するとともに、スタッフの能力強化にも取り組んでいる。

シリア西部ラタキア県サルマ。長年の内戦で家屋や基本的な公共サービスが損なわれたが、人びとが少しずつ戻って暮らしを立て直している=2026年9月27日 © Oday Alshobaki/MSF
シリア西部ラタキア県サルマ。長年の内戦で家屋や基本的な公共サービスが損なわれたが、人びとが少しずつ戻って暮らしを立て直している=2026年9月27日 © Oday Alshobaki/MSF

医療費を払えず、受診を諦める人びと

サルマで医療の再建が進む一方、シリア全体では、いまも多くの人びとが必要な医療を受けられずにいる。

世界保健機関(WHO)によると、2026年6月時点で、推定1280万人が保健医療上の支援を必要としていた。WHOの医療施設監視システム「HeRAMS」で調査対象となった施設のうち、全面的に機能しているのは基礎診療所で39%、病院で59%にとどまる。地域による医療体制の格差や物資不足も、受診を妨げている。

医療を受けられない理由は、施設や物資の不足だけではない。長引くインフレや失業、収入の減少により、基本的な生活費さえ賄えない家庭も少なくない。交通費や診察料、薬代、検査費の負担から、受診を先延ばしにしたり、諦めたりする人もいる。

デリゾール出身で、現在はダルアー県ツィル近郊で暮らしているハワス・アリさんはこう訴える。

民間の医師にかかるにはお金がかかります。何もかもが高いんです。

ダルアー県ツィル近郊の住民 ハワス・アリさん

シリア南部ダルアー県ツィルでMSFが支援する公立家庭医療センターにおいて、小児科医の診察を受ける6歳のジュードさん(右)と見守る父ハワス・アリさん(左)=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF
シリア南部ダルアー県ツィルでMSFが支援する公立家庭医療センターにおいて、小児科医の診察を受ける6歳のジュードさん(右)と見守る父ハワス・アリさん(左)=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF


こうした費用負担が受診の壁となる中、MSFはツィルの公立家庭医療センターで、保健当局のスタッフと共に、無償の一般診療、リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)、心のケア、医薬品の提供、他の医療機関への紹介などを支援している。

2026年9月までに、このセンターでは約1万5000件の一般外来診療、1500件を超えるリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の診療、240件以上の患者紹介を実施した。

診察を受けられても、薬を買えない

患者の負担となる医療費は、診察料だけではない。公立の医療施設で診察を受けられても、必要な薬がなければ、民間の薬局で自費購入しなければならない。

ラタキア県アル・クタイリビヤの基礎診療所でも、MSFが支援を始める以前、医薬品の不足が患者の家計を圧迫していた。

診療所長のナガム・アル・アルーニ医師は、当時の状況をこう振り返る。

患者は公立の医療施設で診察を受けられても、薬の大半は薬局で買わなければならず、費用のほとんどを自身で負担していました。

ラタキア県の基礎診療所長 ナガム・アル・アルーニ医師

MSFは現在、この診療所で活動する保健当局に医薬品や医療物資、臨床検査サービス、研修を提供している。また、施設の改修やトリアージ、患者動線の改善も支援している。

さらに、糖尿病や高血圧などの慢性疾患がある人びとの継続診療にも取り組んでいる。こうした患者にとって、治療を中断せずに必要な薬を定期的に受け取れることは特に重要だ。

シリア西部ラタキア県アル・クタイリビヤでMSFが支援する基礎診療所。赤ちゃんが医師の診察を受けている=2026年9月29日 © Oday Alshobaki/MSF
シリア西部ラタキア県アル・クタイリビヤでMSFが支援する基礎診療所。赤ちゃんが医師の診察を受けている=2026年9月29日 © Oday Alshobaki/MSF

地域に医療を残し、必要な場所へ

アル・クタイリビヤでの取り組みのように、MSFは各地で保健当局と連携し、既存の医療体制を強化している。MSFによる直接支援が終了した後も、可能な限り地域で診療が続けられるようにするためだ。

アレッポ県ダラト・イッザでは、3年以上にわたって続けてきた基礎診療所への直接支援を、2026年3月に終了した。診療を保健省に引き継ぐにあたり、医療が途切れないよう、MSFは医薬品の供与などを行った。

スワイダー県でも同年6月、スワイダーとアルマンの基礎診療所における支援を終了し、診療を保健当局に引き継いだ。MSFは、引き継ぎ後も医療提供が続けられるよう支援した。

シリア南部ダルアー県でMSFが支援する医療施設へ向かうMSFスタッフ=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF
シリア南部ダルアー県でMSFが支援する医療施設へ向かうMSFスタッフ=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF


一方、医療を必要とする別の地域では、新たな支援も始めている。

2026年9月、MSFは保健局と協力し、シリア北東部ハサカ市のアル・ナシュワ基礎診療所を改修・拡張して開設した。以前は慢性疾患の診療が中心だったが、現在はリプロダクティブ・ヘルスや、性的・ジェンダーに基づく暴力を受けた人への支援など、より幅広いサービスを提供している。

デリゾールでは、ブクルス・フォカニ村にある既存の基礎診療所への支援を新たに始めた。MSFのチームは、保健局が行う外来診療やリプロダクティブ・ヘルスを支えている。

同年9月には、ダマスカス郊外県のサイイダ・ゼイナブ、ギズラニーヤ、ムレイハ、ハジャル・アル・アスワドにある基礎診療所4カ所への支援も開始した。

診療を保健当局へ引き継いだ地域、新たに支援を始めた地域──。取り組みの形は異なっても、MSFは人びとが必要な医療を身近な場所で受けられる体制づくりを目指している。
 
サルマでMSFの看護チームリーダーを務めるムハマド・ラハルは、こう話す。

医療は、人びとの帰還を後押しする最も重要な公共サービスの1つなのです。

サルマのMSF看護チームリーダー ムハマド・ラハル

シリア南部ダルアー県でMSFが支援する基礎診療所において、スタッフと話し合うMSFの心のケア活動マネジャー(左奥)=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF
シリア南部ダルアー県でMSFが支援する基礎診療所において、スタッフと話し合うMSFの心のケア活動マネジャー(左奥)=2026年8月24日 © Oday Alshobaki/MSF

シリアにおけるMSFの基礎診療所支援

MSFは2026年、保健当局と連携し、アレッポ、イドリブ、ラッカ、ハサカ、デリゾール、ホムス、ダルアー、ダマスカス郊外、ラタキア、スワイダーの10県で、計20カ所以上の基礎診療所を支援した。

同年1~9月の活動について、9月時点で集約できた各施設の報告では、一般外来診療は少なくとも21万6000件に上った。このほか、次の活動が報告されている。

・慢性の非感染性疾患に関する診療:2万5000件以上
・妊婦健診:6700件
・家族計画・避妊に関する診療:5200件
・個人・カップル・家族を対象とした心のケア:4100件
・グループでの心のケア:2600件
※施設によって報告対象期間は異なる。診療・相談件数は延べ件数。

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