傷跡は今なお──内戦後も続くシリアの医療危機 地域とともに目指す再建
2026年10月02日
経済的な負担も大きく、受診料や薬代を賄えない人も少なくない。なかでも深刻な影響を受けているのは妊産婦と新生児だ。さらに、心のケアや慢性疾患の治療も十分に行き届いていない状況が続いている。
増え続ける医療ニーズ
保健省の推計によると、ダラア県ナワ地域では約9万500人が医療サービスを必要としており、そのうち約2万3000人が妊娠・出産可能年齢の女性、約1万8000人が5歳未満の子どもだ。さらに、長年の避難生活から帰郷する人びとが増えており、すでにひっ迫している医療サービスへのニーズは一層高まっている。
2026年には、ダラア県全体で約60万4000人が医療支援を必要とすると推定されている。また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、9月3日時点で同県への帰還者は14万9682人に上る。
こうした状況のなか、国境なき医師団(MSF)が支援するナワ国立病院は、ダラア県および隣接するクネイトラ県の住民にとって重要な医療機関だ。地域住民への診療に加え、二次医療を必要とする患者を受け入れる紹介先病院としても機能しており、両県を含む周辺地域の約120万人を支えている。
シリア南部のタル・シハブで暮らす人びとは、医療を受けるためにナワ国立病院まで長距離を移動しなければならない。
「家計がとても苦しく、妻の帝王切開にかかる費用を負担することができませんでした」と、ナワ国立病院で子どもを授かったビラル・バシュンディさんは話す。
MSFが支援するナワ国立病院では無償で医療を受けられるため、私たちはタル・シハブから車で約1時間半かけて来ました。
ビラル・バシュンディさん ナワ国立病院で生まれた赤ちゃんの父親
診療から地域の活動まで──多岐にわたる医療の再建
MSFはナワ国立病院への支援開始以来、保健省と連携しながら、医療サービスの拡充に取り組んできた。さらに、院内の主要な診療スペースの改修・再編やエレベーターの修理、医療機器や医療資材の提供など、病院の運営体制の強化も行っている。
2026年は手術室の再編に加え、薬局や病院支援サービスのさらなる改善を進めている。また、清掃や消毒、医療器具の滅菌などの感染予防・管理を支援しているほか、洗濯業務や滅菌室、入院患者に食事を提供する厨房の運営も支えている。
診療面では、産婦人科と新生児科を支援している。自然分娩や帝王切開による出産、産前・産後ケア、家族計画サービス、新生児ケア、そして医療スタッフへの研修も行っている。
「この1年で、いくつかの医療サービスは大きく改善しました」と、MSFで副医療チームリーダーを務めるタリク・アル・ムハマドは言う。
以前は機能していなかった新生児科は、今では専門医による診療が行われ、必要な医薬品や医療機材も利用できるようになりました。サービスが着実に向上していると感じています。
タリク・アル・ムハマド MSF副医療チームリーダー
心のケアが求められる理由
また、長い避難生活を経て故郷に戻った人びとは、変化した地域社会のなかで新たな生活を築かなければならない。その過程で、社会的、経済的、そして心理的な困難に直面する人も少なくない。
MSFはナワとタシルで、地域に根ざした活動をはじめ、個人や家族への相談サポート、専門的なケアなど、心のケアと心理社会的支援を提供している。
「今の地域社会には、心のケアが必要です」と、ダラア県でMSFの心のケア活動マネジャーを務めるユセフ・ハヌーは話す。
人びとは長年にわたる内戦で、心に深い傷を残す出来事を何度も経験してきました。
ユセフ・ハヌー MSF心のケア活動マネジャー
地域とともに築く医療の再生
シリア国外で何年も暮らした後に故郷へ戻る人もいる。しかし、彼らを待っているのは、損傷したインフラや限られた公共サービスなど、かつてとは大きく様変わりした生活環境であることも少なくない。
こうした変化に適応しなければならないことに加え、経済的な困難や過去に経験したトラウマの影響が重なることで、人びとの心の健康はさらに損なわれる恐れがある。
MSFの健康推進・地域連携チームは、ナワやタシル、その周辺地域で、健康教育や地域代表者との定期的な会合、グループ・ディスカッションなどを実施している。
これらの活動を通じて、医療へのアクセスを阻む要因や医療サービスに関する懸念を聞き取り、改善に向けて住民の声を集めている。
「地域との連携における主な成果の一つは、ナワとタシルで地域保健担当者のネットワークを立ち上げたことです」と、MSFの健康推進チームリーダーを務めるムハマド・アバジドは言う。
地域保健担当者は、それぞれの地域に暮らす人びとに担ってもらいました。同じコミュニティの一員だからこそ、住民との関わりを深め、参加を効果的に促すことができるからです。
ムハマド・アバジド MSF健康推進チームリーダー
【ナワ国立病院周辺で発生した爆発事故に関して】
シリアではこうした爆発事故が今なお人びとの命を脅かしており、内戦によって大きな打撃を受けた医療体制の回復にもさらなる負担を与えている。MSFは引き続き、緊急事態への対応力強化と医療アクセスの整備に取り組んでいる。




