傷跡は今なお──内戦後も続くシリアの医療危機 地域とともに目指す再建

2026年10月02日
国境なき医師団(MSF)が支援するシリア南部ダラア県のナワ国立病院で、新生児病棟に入院し治療を受ける赤ちゃん=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF
国境なき医師団(MSF)が支援するシリア南部ダラア県のナワ国立病院で、新生児病棟に入院し治療を受ける赤ちゃん=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF

2024年に14年近く続いた内戦が終結したシリア。しかし、その影響は未だ色濃く残り、医療サービスは著しく低下したままだ。南部ダラア県では、多くの医療施設が医療従事者や医薬品、医療資材の不足に直面しているほか、不安定なインフラやぜい弱な患者紹介システムといった課題を抱えている。

経済的な負担も大きく、受診料や薬代を賄えない人も少なくない。なかでも深刻な影響を受けているのは妊産婦と新生児だ。さらに、心のケアや慢性疾患の治療も十分に行き届いていない状況が続いている。

MSFが支援するシリア南部ダラア県のナワ国立病院の周辺の様子=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF
MSFが支援するシリア南部ダラア県のナワ国立病院の周辺の様子=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF

増え続ける医療ニーズ

保健省の推計によると、ダラア県ナワ地域では約9万500人が医療サービスを必要としており、そのうち約2万3000人が妊娠・出産可能年齢の女性、約1万8000人が5歳未満の子どもだ。さらに、長年の避難生活から帰郷する人びとが増えており、すでにひっ迫している医療サービスへのニーズは一層高まっている。

2026年には、ダラア県全体で約60万4000人が医療支援を必要とすると推定されている。また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、9月3日時点で同県への帰還者は14万9682人に上る。

こうした状況のなか、国境なき医師団(MSF)が支援するナワ国立病院は、ダラア県および隣接するクネイトラ県の住民にとって重要な医療機関だ。地域住民への診療に加え、二次医療を必要とする患者を受け入れる紹介先病院としても機能しており、両県を含む周辺地域の約120万人を支えている。

シリア南部のタル・シハブで暮らす人びとは、医療を受けるためにナワ国立病院まで長距離を移動しなければならない。

「家計がとても苦しく、妻の帝王切開にかかる費用を負担することができませんでした」と、ナワ国立病院で子どもを授かったビラル・バシュンディさんは話す。

MSFが支援するナワ国立病院では無償で医療を受けられるため、私たちはタル・シハブから車で約1時間半かけて来ました。

ビラル・バシュンディさん ナワ国立病院で生まれた赤ちゃんの父親

ナワ国立病院で無事に生まれ、父親のビラルさんに抱かれる赤ちゃん=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF
ナワ国立病院で無事に生まれ、父親のビラルさんに抱かれる赤ちゃん=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF

診療から地域の活動まで──多岐にわたる医療の再建

MSFはナワ国立病院への支援開始以来、保健省と連携しながら、医療サービスの拡充に取り組んできた。さらに、院内の主要な診療スペースの改修・再編やエレベーターの修理、医療機器や医療資材の提供など、病院の運営体制の強化も行っている。

2026年は手術室の再編に加え、薬局や病院支援サービスのさらなる改善を進めている。また、清掃や消毒、医療器具の滅菌などの感染予防・管理を支援しているほか、洗濯業務や滅菌室、入院患者に食事を提供する厨房の運営も支えている。

診療面では、産婦人科と新生児科を支援している。自然分娩や帝王切開による出産、産前・産後ケア、家族計画サービス、新生児ケア、そして医療スタッフへの研修も行っている。

「この1年で、いくつかの医療サービスは大きく改善しました」と、MSFで副医療チームリーダーを務めるタリク・アル・ムハマドは言う。

以前は機能していなかった新生児科は、今では専門医による診療が行われ、必要な医薬品や医療機材も利用できるようになりました。サービスが着実に向上していると感じています。

タリク・アル・ムハマド MSF副医療チームリーダー

MSFが活動を開始してから1年の間に、ナワ国立病院の産婦人科では7100人以上の妊産婦を受け入れ、3140件の出産(うち794件は、帝王切開など外科的処置を必要とするケース)を支援した。また、新生児科では315人の新生児が入院し、治療を受けた。
 
ナワ国立病院に加え、MSFはタシル診療所で基礎医療も支援しており、タシルとその周辺地域の人びとが、自宅に近い場所で医療を受けられるよう取り組んでいる。また、心のケアや健康推進活動、地域住民との連携を強化する活動も実施している。

ナワ国立病院の産婦人科病棟の様子=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF
ナワ国立病院の産婦人科病棟の様子=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF

心のケアが求められる理由

長年にわたる内戦の影響は、身体面にとどまらない。繰り返される暴力や避難、経済的困難、生活環境の大きな変化により、人びとの間では心のケアや心理社会的支援へのニーズが高まっている。

また、長い避難生活を経て故郷に戻った人びとは、変化した地域社会のなかで新たな生活を築かなければならない。その過程で、社会的、経済的、そして心理的な困難に直面する人も少なくない。

MSFはナワとタシルで、地域に根ざした活動をはじめ、個人や家族への相談サポート、専門的なケアなど、心のケアと心理社会的支援を提供している。

「今の地域社会には、心のケアが必要です」と、ダラア県でMSFの心のケア活動マネジャーを務めるユセフ・ハヌーは話す。

人びとは長年にわたる内戦で、心に深い傷を残す出来事を何度も経験してきました。

ユセフ・ハヌー MSF心のケア活動マネジャー

ナワ国立病院に届いた医療物資を運ぶMSFスタッフら=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF
ナワ国立病院に届いた医療物資を運ぶMSFスタッフら=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF

地域とともに築く医療の再生

シリア国外で何年も暮らした後に故郷へ戻る人もいる。しかし、彼らを待っているのは、損傷したインフラや限られた公共サービスなど、かつてとは大きく様変わりした生活環境であることも少なくない。

こうした変化に適応しなければならないことに加え、経済的な困難や過去に経験したトラウマの影響が重なることで、人びとの心の健康はさらに損なわれる恐れがある。

MSFの健康推進・地域連携チームは、ナワやタシル、その周辺地域で、健康教育や地域代表者との定期的な会合、グループ・ディスカッションなどを実施している。

これらの活動を通じて、医療へのアクセスを阻む要因や医療サービスに関する懸念を聞き取り、改善に向けて住民の声を集めている。

「地域との連携における主な成果の一つは、ナワとタシルで地域保健担当者のネットワークを立ち上げたことです」と、MSFの健康推進チームリーダーを務めるムハマド・アバジドは言う。

地域保健担当者は、それぞれの地域に暮らす人びとに担ってもらいました。同じコミュニティの一員だからこそ、住民との関わりを深め、参加を効果的に促すことができるからです。

ムハマド・アバジド MSF健康推進チームリーダー

このほかにも、MSFは院内の感染予防・管理体制の強化を進めている。また、水と衛生チームは、毎月約7万リットルの安定した給水の確保や医療廃棄物の適切な処理を支援している。こうした取り組みにより、病院の運営体制が強化され、医療サービスの質の向上にもつながっている。
 
ダラア県の医療サービスはこの1年で回復の兆しが見え始めた。しかし、依然として多くの課題が残されている。人びとが自宅近くで安定して質の高い医療を受けられるようにするためには、今後も継続的な支援が欠かせない。

ナワ国立病院の外観。MSFは2025年7月から同病院の医療サービスを支援している=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF
ナワ国立病院の外観。MSFは2025年7月から同病院の医療サービスを支援している=2026年8月23日 © Oday Alshobaki/MSF

【ナワ国立病院周辺で発生した爆発事故に関して】

9月24日、ナワ国立病院から350メートルほど離れた場所で爆発が発生した。MSFは保健省と連携して5人の負傷者を受け入れ、このうち2人を専門医療機関へ搬送したが、1人は搬送中に亡くなった。

シリアではこうした爆発事故が今なお人びとの命を脅かしており、内戦によって大きな打撃を受けた医療体制の回復にもさらなる負担を与えている。MSFは引き続き、緊急事態への対応力強化と医療アクセスの整備に取り組んでいる。

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