地中海:「私たちが活動するのは、欧州各国政府が責任を果たさないからです」避難民救助船スタッフの訴え

2020年11月12日
ゴムボートから救助船へと乗り移る避難民の男性 この後医師による健康観察が行われる © Chris Grodotzki
ゴムボートから救助船へと乗り移る避難民の男性 この後医師による健康観察が行われる © Chris Grodotzki

国境なき医師団(MSF)とドイツのNGO「シーウォッチ」が共同で運航する、地中海を渡る難民や移民の捜索救助船「シーウォッチ4号」が、イタリア・シチリア島のパレルモで出港差し止めを命じられてから2カ月近くが経過した。

船の所有者であるシーウォッチはイタリアの行政裁判所に提訴し、長引く差し止めに異議を唱えたが、状況は依然として変わらず、船が押収されて以来少なくとも80人が地中海中央部で亡くなっていることが報告されている。

この現状に誰よりも憤り、強い抗議の声を上げているのがシーウォッチ4号に乗船したMSFスタッフだ。暴力や迫害から逃れるために、命の危険を冒してまで地中海を渡ってきた人びとを救助し、医療ケアを提供したスタッフは、避難者が強いられてきた苦難を目の当たりにしている。

再び救助活動に戻れるめどが立たない中、人道問題渉外担当イリーナ・アンジェロヴァと日本人助産師の小島毬奈の2人が、船上での体験と今の状況に対する思いを語った。 

救助された後も続く避難民の不安──イリーナ・アンジェロヴァの証言

レスキューした人の中には、リビアのトリポリで起こった爆発で家族を失い、自身も体にまだ破片が残ったままだという男性、食べ物を手に入れるために歩いていたところを銃で撃たれ、病院では黒人だという理由で治療を拒まれた10代の少年、砂漠で武装勢力が子どもを生き埋めにする様子を目撃した女性など、壮絶な経験をしてきた人がたくさんいました。

人びとを海上で救助した後、イタリア当局から下船許可が出るまでの11日間は本当につらい時間でした。ある日、一人の女性が取り乱した様子でやってきて、私の手をぎゅっと握りながら「教えて!私たちをリビアに連れ戻すの?」と何度も聞いてきたのです。普段の彼女は物腰の柔らかい、落ち着いた人だったのですが、その目には不安と恐怖がありありと浮かんでいました。

また親のいない子どもや10代の少年少女の中には、不安のあまり不眠に陥ったり食事をとらなくなってしまった子どもたちもいます。 

救助した人びとに話を聞く人道問題渉外担当アンジェロヴァ © MSF/Hannah Wallace Bowman
救助した人びとに話を聞く人道問題渉外担当アンジェロヴァ © MSF/Hannah Wallace Bowman
夜を迎えた船内 大勢の人が折り重なるようにして眠る © MSF/Hannah Wallace Bowman
夜を迎えた船内 大勢の人が折り重なるようにして眠る © MSF/Hannah Wallace Bowman

「極度の疲労でスタッフ全員が限界でした」小島毬奈の証言

8月29日に別の団体が運航する救助船「ルイーズ・ミシェル号」から150人余りを受け入れたのですが、その後の3日間はあまりにも忙しく、よく思い出せません。いつ上陸できるのかも分からず、全く見通しの立たない状況の中、毎日350人分の検温、体調管理、食事の支度に清掃、深夜の船内見回りと、常に動き回っていました。睡眠もろくに取ることができず、極度の疲労によってスタッフ全員が気力・体力ともに限界でした。

そんな状況の中、救助した女性たちのこんな会話が印象に残っています。
「ヨーロッパに行ったら何がしたい?」
「お菓子屋さんで働きたい」
「私は家政婦になりたい」
「車関係のエンジニアになるための勉強したい」

この船に乗っている多くの人たちの体には暴行ややけどの痕があり、壮絶な体験をしてきたことが見て取れます。それでも生きてここまでたどり着き、未来のことまで考えているその強さを、私は心から尊敬しています。

まだ救助活動に戻れるめどは立っていませんし、いま現在船には患者さんがいないので、医療チームとしての仕事がないのが現実です。でも船あっての捜索救助活動ですから、船のメンテナンスなどを手伝うことも自分の仕事の一部だと思っています。イタリア政府が活動を妨害する行為は許せませんが、今できることを精一杯やるだけです。 

赤ちゃんの体温を測る日本人助産師の小島毬奈 © MSF/Hannah Wallace Bowman
赤ちゃんの体温を測る日本人助産師の小島毬奈 © MSF/Hannah Wallace Bowman

人道危機に背を向ける欧州各国政府

アンジェロヴァは語る。「船を降りる前、私のところへ来て『これからも海上で人命救助を続けるのか』と尋ねてきた人がいました。『もちろんそのつもりです』と言いかけた言葉を飲み込んだのは、それが守れない約束だと分かっていたからです。一度イタリア領に入れば、再び出港できる望みはほとんどありませんでした。そしてその懸念通り、人びとが下船して15日後にシーウォッチ4号は行政による出港差し止めを受けたのです」

「そもそも私たちがこの活動をしているのは、欧州各国政府が地中海中央部における人命救助の責務を果たさないからです。自分たちでやらないというのなら、せめて私たちに活動させてください。今すぐシーウォッチ4号の差し止めを解除するよう、イタリア政府に求めます」 

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