イスラエルはジェノサイドをやめよ──パレスチナ・ガザ地区で広がる死と破壊 国境なき医師団日本・会長の訴え

2025年09月11日
ガザ市の破壊された通り。がれきの中、女性が子どもを抱えて家路につく=2024年9月23日 Ⓒ MSF
ガザ市の破壊された通り。がれきの中、女性が子どもを抱えて家路につく=2024年9月23日 Ⓒ MSF

2023年10月以降、パレスチナ・ガザ地区ではイスラエル軍による攻撃が激化し、多くの民間人が命を奪われている。攻撃や封鎖により、ガザの人びとは食料や水など生きるために必要不可欠な暮らしの基盤すらも奪われ、深刻な危機に直面している。

中嶋優子 Ⓒ MSF
中嶋優子 Ⓒ MSF
国境なき医師団(MSF)は、これまでに目撃してきた無差別攻撃や住民の強制移動、住宅やインフラの破壊、封鎖による食料や水、医薬品の遮断などは、ガザの人びとに対する集団的懲罰に該当するとみている。そして、今ガザで起きていることは「ジェノサイド(集団殺害)」であり、イスラエルはそれを今すぐやめなければならないと、改めて訴える。 
 
ガザで起きているジェノサイドとは何か。MSF日本の会長で、2023年11月から12月にかけてガザ南部で医療援助活動に入った救急医・麻酔科医の中嶋優子が伝える。

Q1. ガザでは今、どのような状況が続いていますか。

ガザでは、2023年10月以降、イスラエル軍による激しい攻撃が続いています。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、2025年8月時点で、死者数は6万2000人を超え、うち1万8000人以上が子どもです。負傷者は15万人以上にのぼり、推定4万4000人の子どもが孤児となりました。

これらの数字は、まだ行方不明で確認されていない人びとを含んでおらず、ガザで広がる死と破壊の全体像を語るにはあまりにも不十分です。

ガザ市内の自宅で空爆により負傷した4歳のジュリアさんを抱く父親のアフマドさん=2025年6月28日 Ⓒ Nour Alsaqqa/MSF
ガザ市内の自宅で空爆により負傷した4歳のジュリアさんを抱く父親のアフマドさん=2025年6月28日 Ⓒ Nour Alsaqqa/MSF


ガザに「安全な場所」は存在しません。

イスラエル軍による意図的かつ無差別で容赦ない攻撃は、ガザの住民すべてを「正当な標的」とみなし、集団的懲罰を加えていることを物語っています。民間人への攻撃は繰り返され、爆撃によって地域一帯はがれきと化し、一世帯がまるごと消えてしまう──。そんな惨状が日常となっています。イスラエル軍は、病院、避難所、学校、浄水施設などの不可欠なインフラを次々と破壊しています。

パレスチナ人が生きるための暮らしの基盤そのものを、意図的かつ体系的に消し去ろうとしているのです。

Q2. ガザの医療体制とMSFの活動を教えてください。

2023年10月以降、ガザの医療体制は壊滅的な打撃を受け、ほぼ崩壊しています。現在ガザで完全に機能している病院は一つもありません。2025年8月9日時点で、36カ所ある病院のうち18カ所が部分的に稼働しているのみで、絶え間ない攻撃の中、必要とする人びとに医療が届かない状況が続いています。

また、イスラエル軍の攻撃により、およそ1580人の医療従事者が殺害されました。その中にはMSFの同僚12人も含まれています。

攻撃を受けたナセル病院の前に立つMSFスタッフ=2025年3月24日 Ⓒ MSF
攻撃を受けたナセル病院の前に立つMSFスタッフ=2025年3月24日 Ⓒ MSF


現在MSFはガザで、日本からの派遣を含む国際スタッフと現地スタッフ計1000人近くが医療援助にあたっています。

私自身も救急医・麻酔科医として、2023年11月から12月にかけてガザ南部のナセル病院で活動に従事しました。爆撃を受けて運ばれて来る人びとの命を必死でつなぎましたが、空爆などの攻撃の圧倒的な破壊力を前に援助の限界を感じる日々でした。

ガザ南部ナセル病院の手術室で術後の重傷乳児を診る中嶋=2023年11月20日 Ⓒ MSF
ガザ南部ナセル病院の手術室で術後の重傷乳児を診る中嶋=2023年11月20日 Ⓒ MSF

Q3.ガザの封鎖は、人びとにどのような影響を与えていますか。

2025年3月2日以降、ガザはイスラエルによって厳しく封鎖されており、食料、医薬品、燃料などの物資の搬入が極端に制限されています。市場に出回る食料も非常に高価で、住民の多くは手にすることができません。
 
国連の推計によると、2023年以前からガザの人口の約80%が外部からの援助に頼る生活をしていたといわれ、物資の遮断は事実上の「死刑宣告」を意味します。

ガザ北部で食料にする野草を探す女性=2025年3月11日 Ⓒ Nour Alsaqqa/MSF
ガザ北部で食料にする野草を探す女性=2025年3月11日 Ⓒ Nour Alsaqqa/MSF


MSFの診療所では、幼児と妊婦の4人に1人が栄養失調と診断されています。これは「意図的につくられた飢餓」と言える深刻な状況です。

食料、水、電力などの基本的な援助が断たれたことで、人びとの間には本来防げたはずの死や栄養失調、深い心の傷が広がっています。

イスラエル当局が搬入物資を完全に管理しているため、ガザの人びとの暮らしと命は、その裁量に委ねられているのです。こうした状況は、今を生きる人びとだけでなく、次世代にも深い影響を残すことになるでしょう。

ガザ南部ハンユニスのMSF診療所で3カ月になる栄養失調の娘を抱く母親=2025年8月12日 Ⓒ MSF
ガザ南部ハンユニスのMSF診療所で3カ月になる栄養失調の娘を抱く母親=2025年8月12日 Ⓒ MSF

Q4.「ガザ人道財団(GHF)」による食料配給は機能していますか。

イスラエルと米国が主導する「ガザ人道財団(GHF)」が2025年5月に始めた食料配給では、国連機関が主体になっていたころは400カ所以上あった配給拠点が、わずか4カ所に減少しました。食料を求めて集まった人びとがイスラエル軍に銃撃される事例も繰り返し報告されています。

人道援助が紛争の道具として利用され、人びとは「飢えるか撃たれるか」の選択を迫られているのです。MSFはこの仕組みの解体を求めています。

「ガザ人道財団」の配給所で命がけで食料を得ようとする人びと=2025年7月25日 Ⓒ MSF
「ガザ人道財団」の配給所で命がけで食料を得ようとする人びと=2025年7月25日 Ⓒ MSF

Q5. MSFがイスラエル当局の行為を「ジェノサイド」と表現するのはなぜですか。

私たちMSFがこれまでにガザで目撃してきたことは、イスラエル当局による「ジェノサイド」です。ジェノサイドとは、第2次世界大戦のホロコーストを繰り返してはならないと作られた国際条約で、特定の国民や民族、人種、宗教の集団を破壊する意図をもって殺害したり危害を加えたりする行為と定義されています。

「ジェノサイド」の認定は司法機関が行うものであるため、医療・人道援助団体であるMSFはこの言葉を使用することに慎重であり続けました。しかし2年近くにわたり、イスラエル軍による大規模な殺害や破壊、民族浄化をガザで直接目撃してきて、今、「ジェノサイド」と呼ばざるを得ないという決断に至りました。

イスラエル当局が、ガザからパレスチナ人を消し去る意図で残虐行為を行っているのは明らかです。

この状況に対し私たちは現場を目撃した者として声を上げる責任があると考えます。

破壊されたガザ北部ベイト・ラヒヤ=2025年2月3日 Ⓒ Nour Alsaqqa/MSF
破壊されたガザ北部ベイト・ラヒヤ=2025年2月3日 Ⓒ Nour Alsaqqa/MSF

Q6. MSFの訴えを教えてください。

私たちはこのように訴えます。

  • ガザでのジェノサイドの停止
  • 民族浄化と強制移動の停止
  • 即時かつ持続的な停戦の実現
  • ガザ封鎖の解除と独立した人道援助の大規模な実施
  • 医療施設への攻撃の停止
  • 飢餓を紛争の手段として使うことの禁止
  • 「ガザ人道財団(GHF)」の解体
  • ガザで治療を受けられない患者の緊急医療搬送(ただし人びとの「帰還の権利」を尊重し、ガザの医療体制の再建を前提とする)
  • 各国に対し、民間人や患者を危険にさらすイスラエルへの武器輸出の停止

ガザで起きている悲劇は、政治的決断で止められるものです。

イスラエル当局は、ガザにおけるパレスチナ人へのジェノサイドをやめなければなりません。また、日本政府を含む国際社会は、物資搬入や人道原則に則った援助の提供、緊急を要する患者の医療搬送の拡大を直ちに実現させる必要があります。

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