支配された町、繰り返される暴力、心に落とす影——マグナム・フォトの写真家が映し出す、占領の傷

2018年11月01日

パレスチナ人にとって、イスラエル軍の検問所でのチェックは日常の一部となっているパレスチナ人にとって、イスラエル軍の検問所でのチェックは日常の一部となっている

道沿いに立つ検問所、有刺鉄線の柵、高さ何メートルもあるフェンス。道端に転がる、焼け焦げたタイヤ——ここパレスチナ・ヨルダン川西岸地区(以下、西岸地区)ではありふれた光景だ。

この地区は、1993年のオスロ合意に基づきガザ地区と共に「パレスチナ自治区」になったが、イスラエル人入植者の侵入や軍による支配は今なお続く。長年続く対立や厳しい監視は、パレスチナ人の身体だけでなく心をもむしばんでいる。 

イスラエルとの境界にそびえる防護壁。移動の自由はなく、通勤や通学のため検問所付近を通らなくてはならないイスラエルとの境界にそびえる防護壁。移動の自由はなく、通勤や通学のため検問所付近を通らなくてはならない

国境なき医師団(MSF)は、西岸地区の南部ヘブロンの町で2001年からパレスチナ人に向けた心のケアを実施。紛争の影響で心の不調を抱えた住民に寄り添っている。

イスラエル軍による勾留・殺害、家屋への侵入や破壊、学校の襲撃、検問所での取り調べ、入植者と兵士による嫌がらせ……こうした日常が精神に与える影響は深刻だ。 

大人たちも何らかのトラウマを抱えており、子どもの精神疾患は見過ごされがちだ大人たちも何らかのトラウマを抱えており、子どもの精神疾患は見過ごされがちだ

世界的な写真家集団マグナム・フォト所属のフォトジャーナリスト、モイゼス・サマンは昨年MSFの活動地を訪れ、パレスチナの人びとの暮らしを克明に記録した。サマンが作品を通して伝えたいことは——。 

この数ヵ月間、西岸地区一帯で暴力行為が激しさを増しているこの数ヵ月間、西岸地区一帯で暴力行為が激しさを増している

「心の傷は、割れたガラスのよう」暴力でバラバラになった心を癒したい/メルヴァト・スヴォ

「トラウマを生む事件がたくさん起きています。被害者の多くは多感な10代の若者です。怒り、不安、絶望……こうした感情が彼らの中で渦巻いています。大人になっても影響が残るでしょう」こう話すのはMSFの心理療法士、メルヴァト。傷ついた子どもたちと向き合う彼女の思いは——。 

「あの日、息子は捕虜になった」我が子を奪われた苦しみ/ノラさん

2017年1月、ノラさんの息子はイスラエル兵に連行され、消息不明に。以来、ノラさんは悪夢や恐怖心、絶望感に襲われるという。心理相談に訪れたMSFに、苦しい胸の内を語った。 

家は爆破され、逃れた先で母の手を握り続けた/ユセフさん

「戦争しか知らない世代」のユセフさんは、幼い頃から暴力を目にして育ってきた。下校中に戦闘機の衝撃波で吹き飛ばされ、負傷したこともある。MSFに通い始めたのは、13歳のとき。自宅が爆破されたショックから立ち直るためだ。治療を受け、少しずつ元の自分を取り戻してきたユセフさんは打ち明ける。あの日、自分と家族に起きたことを——。 

MSFは今年、ヘブロンだけでも6400人余りの心理相談(個別およびグループ・カウンセリング)を受け、心理療法146件、カウンセリング60件、精神科19件の診療を実施した。不安や恐怖心、睡眠障害などの症状に加え、子どもの夜尿症や摂食障害も多くみられる。

一方で、心の不調を抱えていても、周囲に助けを求める人は少数派だ。2018年3月、MSFがヘブロンに住む15歳以上の943世帯4846人を対象に行った調査によると、33%超が調査の30日以上前から感情的な苦しみを抱いていることが分かった。そのうち4割近くが日常生活に支障をきたしており、悲しみ、怒り、不安といった不快な感情や睡眠障害があった。うち66%の人が「症状は半年以上続いている」と回答した。それにも関わらず、専門家に相談した人は約7%にとどまった。 

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